第148話 かのんちゃんは続けたい

 ついに最終日、修学旅行三日目となった。


「……なんか、恥ずかしいねー」


「……だな」


 昨日のことがまるで夢みたいで、朝起きたら実は夢だったなんて考えてしまっていた。

 だからなのか、朝起きてすぐはお互いに気まずい空気だったが、今となっては微妙な距離感でお互いに照れていた。付き合い始めたことを実感しているのだ。


 午前中は学年全体で観光地を回っていたため、顔を合わせる機会はさほど多くなかった。男子は男子、女子は女子で固まっていたためだ。

 しかし午後からは自由時間だ。帰るため長い時間ではないが、北海道を満喫できる最後の時間だった。

 虎徹と若葉は当初の予定通り二人で回る。そして俺たちも二人で回る予定だが、約束をした時は今のような関係ではなく、お互いに意識してしまっていた。


「……ま、まずどこ回ろっか?」


「……か、花音はどこがいい?」


「……ど、どこでもいいかなぁー?」


 付き合うというのはどういうものなのだろうか。

 お互いに初めて同士でわからず、探り合っている気がする。

 せっかくの自由時間というのに、ほとんど動かずに過ごしていた。

 ただ……、


 ――この時間も苦痛ではない。


 むしろ好きな時間だ。そう思えるのは、付き合いたてだからなのかもしれないが。


「とりあえず、喫茶店でも入る?」


「う、うん」


 何もせずに時間を終えるのは惜しい。この時間も悪くはないが、貴重な時間を満喫したかった。


 しかし、喫茶店に入ったはいいものの、緊張して話は弾まない。

 注文したケーキとコーヒーを黙々と食べ進めている。

 今まで普通にしていた会話が、俺たちにはできなかったのだ。

 そんな沈黙が続くと、花音は苦笑いしながら言う。


「……なんか、付き合う前の方が仲良かったね」


 花音の言う通りかもしれない。

 ……言う通りかもしれないが、だからといって別れたくはない。


「しばらくすれば慣れるんじゃ……ないかな?」


「うん。……あっ、別に別れたいとかそういう話じゃないからね?」


「そ、そっか……」


 俺の表情が暗かったのか、花音は慌てるように弁解する。

 実際に少しショックを受けていたため、花音が別れるつもりがないと言ってくれたことに安心していた。


「……付き合うって、何すればいいんだろ」


「うーん……」


 俺も花音も頭を悩ませている。まともに恋愛経験がないため、お互いにわからないことだらけだった。


「デートしたりとか?」


「……やったな」


「ペアのもの揃えたり?」


「花音にペンもらったから、なくはないな」


「じゃあ……き、キスしたり、あとはまあ色々と……」


 そこまで言うと花音はモゴついている。


「ゆくゆくはなぁ……」


 流石に段階が飛びすぎている。

 健全な男子高校生のため興味がなくはないが、それはまだまだ先の話だろう。


「結局、当分は今までと変わらないな」


「そ、そうだね」


 それなら何で付き合ったのか……と思うかもしれない。

 ただ、しばらくは変わらなくても心理的には変わっていた。


 付き合わないままいれば、花音が誰かと付き合ってしまうのではないかという不安もあった。

 だからこそ、今付き合っているという事実があるだけで、安心感があるのだ。


「あんまり意識しすぎないようにしよっか。私たちは私たちのペースでいいし」


「流れに身を任せるって感じだな」


「そういうこと」


 ここまで話すと、お互いに落ち着いたのか徐々に会話が増え始める。

 普段とは変わらないが、たわいもない話をしながらも俺たちは喫茶店での時間を過ごしていた。




 喫茶店を出ると、特に当てもなく街を散策していた。

 元々行きたいところはなかったため、お土産を買う目的で目についた店に入っている。


「これ美味しそう!」


「いいな。凪沙に買ってこうかな」


 変に意識をしないようにすると、普段通り話せるようになっている。付き合っているということを考えないようにすれば楽な気持ちで話せていた。


 ただ……、


「こういうのって、どうかな……?」


「い、いいかも」


 花音がペアのキーホルダーを持ってくると、変に意識はしてしまうこともあった。


 そういった付き合いたての甘酸っぱい雰囲気も楽しみながらも、自由行動の時間は徐々に終わりが近づいてくる。

 特別何かをしたわけではないが、楽しい時間を過ごしていた。

 ……それでも、やはり少しばかり特別な時間がほしいとも思っていた。


 その時、俺は一つの店が目についた。

 そして、花音もちょうど目に入ったようだ。


「……指輪かぁ」


 今まで縁がなかったようなアクセサリーショップを目にして、小さく花音はつぶやいた。

 昨日付き合って今日のことだ。まだ時期は早いとは思っている。


 しかし、『結婚』という簡単ではない言葉を口にした俺は、指輪も遠い話ではないとも考えていた。


「見てく?」


「えっ?」


「結婚……の指輪とかはまだ無理だけどさ、それっぽいのだけでもって思って」


 結婚指輪はもちろん、婚約指輪なんて買うお金はない。正確な金額は知らないが、数十万するなんて話を聞く。

 安いものなら買えなくはないかもしれないが、それよりも身の丈にあったペアリングなら……と思ったため口にしていた。


「……それじゃあ、見てみたいかな」


「……おう」


 緊張はするが、意を決して店に入る。

 店内は目が眩みそうなほど煌びやかで、花音と付き合わなければ確実に来ることのなかった店だ。


「……どういうのがいい?」


「えぇ……、シンプルなの? 颯太くんはどういうのがいいとかあるの?」


「俺もシンプルなのかな? 見てみないとわからないけど」


 そう言いながら店内を見ていると、こういう店なのだから当然のように店員が声をかけてくる。


「何かお探しでしょうか?」


 俺たちは高校生カップルだ。一見冷やかしにも見える状況だが、店員は嫌な顔もせず……むしろにこやかに声をかけてきた。


「あ、えっと、ペアリングを探してて……」


「でしたらこちらですね」


 案内されるまま移動すると、想像以上に様々な種類があった。


 指輪と言っても真っ直ぐなものだけでなく、ウェーブしたものもある。それに何も付いていないシンプルなものから、小さな宝石がいくつかついていたり、大きな宝石が一つ付いていたりと想像以上に色々とある。


「シンプルなのがいいよな?」


「うん。でもシンプルすぎたら寂しいかも」


「なら、こういうのは?」


 俺が指差したのは小さめの宝石が一つだけ付いているものだ。


「いいかもだけど、ペアリングのアピールすごいかなぁ……」


「まあ、確かに」


 誰かにアピールをしたくてつけるわけではない。

 言っておいてなんだが、俺も宝石が付いていると少し恥ずかしさはあった。

 慣れていないこともあるが、高校生ということもあって身の丈にあったものがいい。


「でしたらこちらはいかかですか?」


 そう見せられたのは、宝石が付いていないシンプルなものだ。


「外側には何も付いていませんが、内側にペアの宝石があります。別の種類でしたら、刻印やお互いの誕生石を入れることもできます。ただ、その場合はお日にちをいただきますが」


「……せっかくなら今日がいいよな?」


「まあ。……それに取りに来れないし」


「郵送も可能ですよ」


「うぅ……。ちょっといいなって思っちゃう」


 今日という日にこだわらなければ、さらにいいものにすることができる。

 もちろんその分、一日フルでバイトをしないといけないくらいの金額は飛んでいくが、それはどちらを選んでも一緒だ。


「つかぬことをお伺いしますが、お客様はお付き合いされて長いですか?」


「いえ。……結構最近です」


 恥ずかしいため……というよりも昨日の今日で指輪を買いに来たなんて言えるはずもなく、曖昧に濁しておく。


「失礼しました。かなり長いような、慣れている雰囲気がありましたので」


「そ、そうですか?」


「付き合うまでの仲良い期間は長かったかもですけど……」


「なるほど。信頼されているというか、付き合いたて……という雰囲気は感じなかったので」


 店員はそう言って笑いかけてくる。

 営業トークかもしれないが、その言葉は嬉しかった。


「まだ付き合って日が浅いのでしたら、刻印や誕生石はまたしばらくしてから……とシンプルなものをというお客様は多いですね。それで重ねてつけられるという方もいます。もちろんお好みですが」


「……それは確かに。せっかく今日来たし、俺はシンプルな方でもいいと思う。花音はどう思う?」


「私も一緒。それに届くとかより、そのまま持っていく方がなんか嬉しいから」


 花音はそう言って、頬を赤く染めた。

 店員もそんな花音を見て微笑ましそうに笑っており、俺は照れ臭くなった。


 決して安いものではない。大人になればもっと高いものを買うことになるが、今の俺たちには二、三万円の指輪でも十分高くて良いものだ。


「じゃあこれお願いします」


 多めに持ってきておいてよかった。

 そう思い俺は財布を取り出すと、花音も財布を取り出す。


「ここは俺が買うよ」


「それはダメ。私も半分出すから」


 花音を制止しようとしたが、断固として拒否される。


「私だって全部出したいけど、……お互いがプレゼントって形の方がいいなって思ってさ」


 赤い顔をして、そんな可愛いことを言うものだから、俺も自然と顔が熱くなる。


 店員が微笑ましそうに見てきていることに気がついていたが、俺は気がつかないフリをしていた。

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