第147話 青木颯太は勘違いをする

「結婚……?」


 俺の言葉に花音がそう呟いた。


 突拍子のないことかもしれない。

 それでも俺が出した答えが結婚ということだった。


「ああ、結婚だ」


 言っておいて徐々に照れが出てくる。

 しかし、花音に向けた目線を逸らすことはしない。


 それに結婚ということは、簡単に言ったわけではない。

 まだ学生でこれからのことなんてわからないけれど、それでも花音と一緒にいたいという気持ちがあるのだ。

 花音は四人でいることを望んでいる。それならば、形は変わってしまうとはいえ、俺の本気の気持ちを伝えようと考えた。


「軽く付き合おうって思ってるわけじゃない。学生の頃の思い出にしたいわけじゃない。これからもずっと一緒にいたいんだ」


「ずっと……」


「ただ言葉だけの付き合うって言っても、別れるかもしれない。そういうことじゃなくて、ちゃんと将来を考えて付き合いたい」


「……そっか」


 花音の表情からは考えな全くわからない。

 それでも俺は目線を逸らさない。

 ……何故なら、ここで逃げてはいけないから。


 前の告白の時は、躊躇や誤魔化しもなかった訳ではない。

 軽い気持ちで言ったわけでも適当な気持ちでもなかったが、本気で伝えてフラれた時に関係が変わるのが怖かった。だからこそ、無意識のうちに逃げようとして曖昧にしてしまっていた。

 その時は気付かなかったが、俺は文化祭の後の告白を後悔していたのだ。


「花音の気持ちを聞きたい」


 花音は神妙な面持ちになると口を閉ざした。

 そしてしばらく考えると、ゆっくりと口を開く。


「……関係が壊れるのは嫌だ」


 手が震えて止まらない。

 それは俺も花音も一緒だが、まったくもって意味が違っていた。

 俺は緊張からくる震え。そして花音は……答えを出す勇気だ。


「関係……か」


「うん。颯太くんとは一緒にいたい。もちろん若葉ちゃんとも、藤川くんとも」


「それはそうだ。……でも、俺は花音が俺のことをどう思っているのかを知りたい」


 俺のことを恋愛対象として見られないのなら、それは仕方のないことだ。

 しかし、花音は今まで明確な言葉で答えをくれていない。

 付き合えないことや今の関係を壊したくないことは伝えられている。ただ、花音が俺をどう思ってくれているのかは、一度も花音本人の口から聞いていなかったのだ。


 屁理屈かもしれないが、ハッキリと聞きたかった。


 花音を真っ直ぐに見つめる。花音も俺に目を向けると、逸らさなかった。


 そして花音は……涙を流した。


「……好きだよぉ」


「花音……」


「ずっと好きだったよ……。いつかわからないけど、いつの間にか好きになっちゃったの。私、颯太くんのこと好きなんだよ……」


「ず、ずっと……?」


「そうだよぉ。……最初に勘違いしないでって言ってさ、私の方が勘違いしちゃったの。でも前も言ったけど関係壊したくないし、別れるとか怖いし、だから告白するつもりもなかったし、告白されても誤魔化したの」


「それじゃあ、勘違いしないでってのは……」


「最初はそのままの意味だけど……、前に告白されたのは好きだけど付き合えないって言いたかったの。でも言えないから、遠回しに言っちゃって……」


 執拗に『勘違い』と強調していたのはそういう理由からだったのだ。

 俺も正直なところ、そうなのではないかと思っていたところはあった。しかし、そんなことを聞けるほど自意識過剰ではいられない。


 だからこそ『結婚』と言ったのだ。

 ただ付き合うだけよりも、結婚を意識すると関係が壊れたり別れたりすることから遠い話になるから。


「今すぐは無理だけど、大学を卒業してからか、就職して安定してからでもいい。……結婚しよう」


「うぅ……」


「花音、好きだよ」


 ここまで言うことを言っていて、今さら恥ずかしがる理由なんてない。……いや、恥ずかしいのは恥ずかしいのだが。

 タガが外れた何度も何度も、気持ちを伝える。


「……花音、好きだ。付き合ってください」


「ま、待って……。ちょっと今ダメだから」


 顔を真っ赤にした花音は耳元まで赤い。

 それを隠すように、顔を手で覆う。


 ――少しやりすぎたか。


「……曖昧な返事ばっかりしちゃってごめんね」


「いや、うん。……大丈夫」


 ショックではあるが、花音なりに考えがあったからこその答えだったのだ。


「だからさ、ちゃんと言う。……私も颯太くんが好き。よろしくお願いします」


 その言葉は俺にとって、飛び上がりそうなほど嬉しいものだった。


 意識したのは最近。まだ一ヶ月も経っていない。

 それでも無意識のうちに、花音に好意を持っていた。

 親友というだけでなく、恋愛感情を抱いていたのだ。


 そんな気持ちが実ったことで、俺は花音を抱きしめたくなる衝動に駆られるが、気持ちを確認し合ってすぐにそんなことができるはずもない。

 俺は衝動をグッと堪えた。


「あー、熱い。……もう十月だよ?」


 熱くなった顔を冷ますように、花音は手で顔を仰いでいる。


 花音は可愛い。

 ただ、その照れて顔を赤くし、恥ずかしがっている表情がいつもよりも可愛く感じた。

 たまらなく可愛い。

 一度は我慢したが、耐えられるはずがなかった。


「……花音」


「ん? ……えっ!?」


 俺は花音を抱きしめた。

 この行為に下心なんてない……なんておかしな話だが、本当に下心なんてなかった。

 ただ花音が愛おしく、抱きしめたい衝動が抑えきれなかった。


 最初は驚いて固まっていた花音だが、少しすると花音の方もゆっくりと俺の背中に手を回していた。




 しばらく抱き合った後、ゆっくりと離れる。

 名残惜しさもあったが、お互いに徐々に冷静になると恥ずかしくなってきたのだ。


「……恥ずかし」


「……なんかごめん」


「いや、嬉しいは嬉しいよ。……やっぱり照れちゃうなって」


 そう言いながら照れている花音を見ると、もう一度抱きしめたい衝動に駆られる。

 しかし、流石に俺もいっぱいいっぱいになっており、そんなことができる気力も残っていなかった。


「とりあえずさ……、これからよろしく」


「うん。よろしくね」


 初恋が実って初めての彼女ができた。

 花音を意識してからというものの、この一ヶ月足らずで状況が急転しすぎている。


「初めての彼女が花音って……なんか色々ヤバいな」


「やばいって?」


「周りに恨まれそう」


 今まで数多あまたの男たちを振ってきた花音が付き合うのが俺なのだ。広まった時が怖いなんて贅沢な悩みだった。


「……でも、颯太くんもモテるじゃん」


「いやいや、俺なんて……」


「双葉ちゃんに夏海ちゃんは? あと、綾瀬さんも怪しいと思ってるよ」


 花音の勘は鋭かった。唯一、美咲先輩のことは知られていないようだが。

 しかし、俺は今まで付き合ったわけでもなく、しっかりお断りを入れているのだからやましいことはない。

 ……やましいことはないのだが、反論はできなかった。


「私も初恋だし、初彼氏だからね」


「そうなの?」


「好きになった人じゃないと付き合わないからね」


 ――好きになっていても断られたが?

 そうツッコミたくもなるが、色々と難しいのは難しいため心の中に留めておいた。


「それにさ、私が告白されるのってワンチャン付き合えたらいいなっていうのが多いと思うんだよね。でも、颯太くんは心の底から好かれてると思う」


「そう……なのかな?」


「人となりをよく知ってから告白されるでしょ?」


「そんなこと……なくはないけど」


 双葉にしても美咲先輩にしても長い付き合いだ。

 綾瀬や夏海ちゃんに関しては出会ってから告白まで早かったが、それでも距離が縮まってからも俺のことを好きでいてくれた。

 花音の言うことはあながち間違えでもなかった。


「あっ! ……色々話したいこともあるけど、そろそろ時間やばいかも」


「えっ? ……マジだ」


 携帯を開くと、若葉からメッセージが届いていた。

 最初に駅での集合時間を送られてきていたが、返事をしなかったからかホテルで集合と書かれていた。

 まだ間に合う時間だが、急がないといけない。


「……てか、二人には言わないとだな」


「そりゃあねぇ……。あっ、こういうのはどう?」


 花音は提案しながらも恥ずかしがっている。

 ただ、口でいきなり言うよりも、まだマシかもしれない。


 俺たちはケーブルカーとロープウェイを乗り継いで下山すると、ホテルの最寄り駅まで電車で移動した。

 そして改札をくぐると……俺たちは手を繋いだ。


 それから虎徹と若葉と合流するのだが、問い詰められたのは言うまでもない。

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