第145話 綾瀬碧は撮り合いたい
修学旅行二日目。
今日の午前中は修『学』旅行というだけあって、勉強を兼ねた場所を回っていた。
主に北海道の歴史的な場所を回ったり、ガイドの人に解説してもらったりといった流れだ。
午前中から昼過ぎにかけてはそのように勉強を交えた場所を回るが、昼過ぎからはまた自由行動となった。
しかも今度は夜の七時まで時間が設けられており、ありがたいことに時間は十分にあるのだ。
しかし……、
「足りないね……」
「うん、足りないよ!」
六時間近くある自由時間だが、北海道は広いのだ。
広い北海道を回ろうと思うと、半日では時間が足りなかった。
「範囲は決まってるけど……、移動時間考えたら楽しめないよね」
「そうだね。……札幌辺りを重点的に回った方が効率良いかな」
花音と若葉は二人で相談している。
俺も虎徹も特にここが回りたいというところはなく、すべては女子二人に任せていた。
「とりあえず、ご飯食べないか?」
「そうだね」
俺はお腹が空いており提案する。
一時前に自由時間が始まったが、まだ昼ご飯は食べていない。
夜は自由時間が終わった後にホテルで全員そろってのご飯となっているが、昼ご飯は自由だ。
俺たちは手軽に食べられるラーメンの店に入っていった。
昼食後、その足で近くの喫茶店でデザートを満喫している。
しかし目的はそれだけではない。
「……とりあえず行きたいところの優先順位をリストアップして、それから順番決めていくしかないよね」
「……これは戦いだよ!」
喫茶店でお茶をしながらも、北海道を回る戦略を立てていた。
本来なら事前に決めておくものだ。
もちろん俺たちも決めてあった。
しかしこうなったのは、若葉の可愛いわがままが原因でもある。
せっかくの修学旅行にも関わらず、虎徹と若葉は二人で行動する時間は少ない。
三日目の午後に少しある自由時間は二人で回ることになっているが、二日目のように時間はさほど多くない。
それに、二日目は夜まで自由時間がある。
二人で北海道の夜景を見たいと思い立った若葉は、勝手な話ということを承知の上で俺たちに提案してきた。
もちろん俺と花音は反対する理由もない。虎徹と若葉を応援しているため、直前に予定を変更することとなった。
そしてあらかた予定を立て直すことができ、俺たちがまず最初に訪れたのは……、
「こんな感じか?」
「もうちょっと手上げて! ……そうそう、そんな感じ!」
北海道でも有名な像の前でそれぞれ記念撮影していた。
主にノリノリなのは若葉だが、思い出の修学旅行ということもあって虎徹もなんだかんだで乗っていた。
「修学旅行楽しいね」
「……そうだな」
「また大人になってから四人で来てもいいかも」
「確かにな。今日だけじゃ時間足りないし」
願うことなら四人でずっといたい。
しかし、この関係がいつまで続くのかわからない。
……俺は関係が壊れるかもしれない行動をしていて、まだ諦めきれていないのだ。
「かのんちゃん! 颯太! 二人もこっち来て、四人で撮ろ!」
若葉によって呼ばれ、俺たちは虎徹と同じように像の近くに並ぶ。
四人で撮るためには他の人に撮ってもらわないといけないため、俺たちと同じように像を見に来た同じ学校の生徒に若葉は声をかけた。
そしてその声をかけた生徒というのが……、
「写真撮ってくださーい……って、あっ、碧ちゃん!」
「若葉ちゃん! ってことは……やっぱり青木くんも一緒かっ」
「そうだよー! 碧ちゃんって、最近颯太と仲良いんだよねー?」
「うん、体育祭でちょっと、ね」
通りすがりの綾瀬だった。
綾瀬は同じクラスの生徒と一緒に回っており、たまたま似たようなルートを辿ったのだろう。
そもそも学校全体で札幌のホテルに泊まったため、スタート地点はそこだ。大半の生徒たちはまだ札幌にいるため、遭遇することは何も不自然ではなかった。
「私たちも写真撮ってほしいし、とりあえず撮るよっ」
「お願いします!」
若葉は携帯を綾瀬に託し、何枚か写真を撮る。
その代わりに若葉は綾瀬に携帯を渡され、綾瀬たちの写真を撮った。
俺としては何とも不思議な感覚があった。
同じ学年で同じ学校とはいえ、四人でいる時に綾瀬と話をしたことがない。
夏祭りの時は花音と二人の際に会ったことはあったが、四人という場面ではなかった。
コミュニケーション能力の高い若葉の交友関係は広いため、綾瀬と仲が良いのは不思議でない。しかし、実際に話を聞くことはなかったため、どうもソワソワしてしまうのだ。
「……颯太くん、どうかしたの?」
「い、いや、なんでも……」
「ふーん……?」
花音に不思議そうな目で見られる。明らかに不自然だったのだろう。
よく考えてみれば、綾瀬には見苦しいところを見せてしまった。しかもそれは花音に関連することだ。
綾瀬のことを信じていないわけでもなく、話したことでスッキリとしたところがあるため後悔しているわけではない。
ただ、何となく落ち着かなかった。
少しの間、若葉と綾瀬は話をしたが、時間があるわけではない。五分もしないうちに話を終え、次の場所に向かおうと動き始める。
そんな時、最後尾を歩こうとしていた俺の袖が引っ張られた。
「青木くん、青木くん」
他の三人に聞こえないように、綾瀬は小声で呼び止めてきた。
そして耳元に顔を近づけて囁いた。
「頑張ってねっ?」
「え!? ……な、なにを?」
「……なんとなく。女の子の勘ってやつ」
そう言った後、綾瀬は笑顔を向けながら手を振ると去っていった。
耳元に息のかかる感触が残っている。
しかし、俺は何故かそれがまったく嫌ではなく、まったく気にならなかった。
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