第143話 本宮花音は話したい
綾瀬に相談したその日、教室に戻ると花音はすでに帰宅していた。
翌日に話をしようとしたのだが……、
――タイミングが合わない。
朝に気まずいながらも挨拶はした。
しかし、休み時間は山村や中田と話すことがあり、なかなか花音と話すことができなかった。
そんな放課後のことだ。
「ねえ颯太くん。ちょっといい?」
「……ええと、どうかした?」
「どうかしたじゃなくて、ちょっといいかなって」
「いいけど……、今日バイトあるんだ」
「私もバイトあるからあんまり時間は取らないから」
教室でそう声をかけられた。
今から帰るという時のことのため、周りからの視線は痛い。不思議そうに見てくるクラスメイトたちの視線を気にしないようにして、俺は虎徹に視線を向けた。
「……俺は一人で帰るから。ごゆっくり」
そう言うと荷物を手に取り、虎徹は足早に去っていった。
……薄情者と言いたいところではあるが、虎徹のことだから何かを察してあえてそうしたのだろう。
「とりあえず教室出よっか」
「……はい」
花音のこめかみには怒りマークがついているような気がした。
帰り道。
俺は花音の家の方に向かっている。
話をするのかと思ったが、ただ「着いてきて」と言われてから無言である。
そしてそうこうしているうちに花音の家に着いてしまう。
「……上がって」
「えっ?」
「いいから上がってって」
怒っている口調の花音に逆らえるはずもなく、俺は花音の言葉に従った。
部屋に通されると、俺は座って待たされる。
怒っているのはわかるが、それでも律儀にお茶を準備してくれるあたり、花音の優しさを感じられる。
お茶を出されて花音も座り、ようやくひと段落といったところで花音は口を開いた。
「……なんで避けるの?」
――やはりそうか。
そのことだとわかっていた。
しかし今日に限っては避けているわけではない。たまたまタイミングが悪かったのだ。
それでも行動からして避けているというのは嘘くさいため、俺は誤魔化さなかった。
「今日に関してはタイミングが悪かったんだ。避けているように感じてるかもしれんないとは思ってた。……でも、避けてないのは信じてほしい」
「……本当?」
「本当だ。今日は話そうと思ってた。昨日に関しては話しにくくて避けちゃったのは……ごめん」
「……そう」
花音は冷たくそう吐き捨てる。
しかしそれは当然でもある。
告白してフラレ、それで避けているのだから花音も嫌な気持ちになるだろう。
親友と言って仲良くしていた人に裏切られた気分になってもおかしくはない。
俺は気持ちを正直に話した。
「……花音はさ、俺が告白してどう思ったの?」
「嬉しいよ。少なくとも今までの誰からの告白よりも。でも、それで避けられるのは……辛い」
「それはごめん」
素直に謝るしかないのだ。
しかし、俺も俺で難しい気持ちがあったことはわかってほしかった。
「俺さ、初めて人を好きになって、初めて告白して、初めてフラれて……どうすればいいのかわからない」
「……うん」
「花音は気にしないかもしれないけどさ、やっぱり気まずいんだよ。俺の勝手かもしれないけど、それはわかってほしい。花音が嫌いとか、フラれて腹が立ったとかじゃなくて……わからないんだよ」
俺の行動で花音を傷つけてしまったことには変わりない。
かと言って、少なくとも今の状態でいつも通りというのは無理があった。
……少しでも時間がほしかった。
伝えれば簡単なことを伝えなかったのは、単純に俺の問題だが。
「花音が俺に親友としての感情しか抱いてないのかもしれないけど、俺もすぐに切り替えれないんだよ」
「わかってる。……でも、勘違いしないで」
「うん、勘違いしない。だからすぐにはちゃんと話せないけど、少しずつ前みたいに話せるように気持ちの整理をつけるから」
諦めたくない気持ちだ。
簡単に諦め切れるような気持ちなら、花音のことを好きにはならない。
ただ、花音を傷つけるのは、諦めることよりも耐え難いことだった。
そんな気持ちから出た言葉だ。
しかし花音は納得してくれない。
「そうじゃなくって……! だから、勘違いしないでって!」
「勘違いしないように……ってもうしちゃってるけど、これからは気持ちに整理をつけたいってことで――」
「――そうじゃない!」
俺の言葉を遮るように、花音は激昂した。
何が違うのか、俺にはさっぱりわからなかった。
「あっ……、ごめんなさい……」
「いや、大丈夫。俺が悪いから」
「ううん。……ごめん。私が悪いの。わかってる。……素直になれなくて、ちゃんと自分の気持ちを伝えられないから」
「……どういうこと?」
花音の言葉には裏がある。その言葉でそれだけはわかった。
ただ、俺にはその裏の意味を理解できない。
「わからないの。自分の気持ちをどう伝えればいいのか。……勝手なのはわかってる。でも、どうやって伝えればいいのかわからない」
絞り出すような言葉に、俺は困惑してしまっていた。
「私はめんどくさい女だから、颯太くんに好かれるような人間じゃない」
「それは違う。……それは言ってほしくない」
「……ごめん、そうだよね」
告白の一件で、花音は相当無理をしていたのかもしれない。
それが今爆発したのだ。
考えてみればわかることだ。
いつものように振る舞っている花音だが、実は悩んでいたということくらいわからないはずがなかった。
……花音は猫をかぶるのが得意なのだから。
「……上手く気持ちの整理がつかない。ちゃんと伝えたいけど、わかってほしいとも思っちゃうの」
花音は察してほしいのだ。
普通ならめんどくさく感じるようなことだが、今の俺にとってはそんなことを気にも留めない。
――だって俺はそんな花音のことが好きなのだから。
「私も色々と考えたい。……でも、颯太くんと付き合えないし、颯太くんと仲良くいられないのは嫌だ。まったく同じは無理でも、もっと話したい」
「そっか……。それは大丈夫だよ。これからは話したいって思ってたから。さっきも言ったけど、タイミングが悪かっただけで今日はちゃんと話したかったんだ。気まずいけど、いつもみたいに話せるようになりたい」
俺がそう言うと花音は納得したようだ。
無言のままだが、首を縦に振る。
「……少し早いけど、今日のところは帰るよ」
悲しい顔をする花音に俺の胸は痛む。
タイミングが悪いが、仕方のないことでもあった。
「バイトがあるしさ。ちょっと早いし急げばもうちょっといれるけど、今日は少し時間をくれないかな?」
「……本当に今日だけ?」
「うん。明日からはいつもみたいに話そう」
「……わかった」
まるで幼くなったような声色の花音。
不安があるのだろう。
だから嘘はつけなかった。
「俺はちゃんと花音のことが大切だよ。だから時間がほしい」
「うん。……じゃあまた明日」
「うん、また明日」
微妙な空気は漂っていたが、俺は花音の家を後にした。
それから一度帰宅してバイトに向かうのだが、心情は複雑だ。
それでも翌日からは話しかけていた。
ぎこちないかもしれないけど、だんだん前のように戻ってきている。
ちゃんと話せている。
しかし、花音への気持ちは消えるどころか増す一方だ。
そんな中で、俺たちは修学旅行を迎えていた。
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