第142話 綾瀬碧は呆れない
文化祭は金、土曜日だったため、月曜日は代休だ。
二日間の休みが明けた後の火曜日……、
――気まずい。
俺は花音に話しかけられないでいた。
教室に入ってすぐ、普段なら花音に話しかけにいくことも多いのだが、今日ばかりは真っすぐ自分の席に向かう。
一緒に来た虎徹には事情を話しているため何も言わない。
そして自分の席で荷物を下ろした。
席は何度か変わっているため、虎徹や若葉とも離れている。完全に一人の空間だ。
しかし…、
「颯太くん、おはよう!」
「お、おはよう……」
花音は元気に話しかけてきた。
まるで告白なんてなかったかのように振舞っている。
告白してフラれたことが夢なのかと思ってしまうが、そんなことはない。確かに記憶の中にあるのだから。
「また受験のこと考えるの憂鬱だよねぇ……」
「そうだな……」
受験も憂鬱だが、現状も憂鬱だ。
花音と仲良くしたい気持ちは変わらないため、こうして話しかけてくれるのは嬉しい。しかし、どうしても気持ちの整理はまだ着いていなかった。
「それでね……」
「あ、ごめん。ちょっとトイレ」
「うん、行ってらっしゃい」
何の疑いもなく花音は見送ってくれる。
別にトイレに行きたくて言ったわけではない。
明るく話してくれる花音に嘘をつくことははばかられるため、俺は行きたいわけでもない本当にトイレに行く。
そのままホームルームの少し前まで時間を潰し、少しだけ話をするだけとなった。
それからも花音は話しかけてくるが、俺はどうにも話す気分にはなれない。
かと言って花音が悪いわけではないのだ。当然悪いのは俺で、告白しておいてフラれたからと避けてしまっている。
休み時間も昼ご飯も、何かにつけて避けてしまっていた。
「うん。だからってなんで私っ!?」
「言える相手がいないんだよ……」
俺は綾瀬に話をしていた。
フラれてしまってからも花音の態度は変わらず、俺が一方的に気まずく思っているということだ。
「まあ……、言いづらいけど青木くんが悪いよね。いや、告白したこと自体が悪いとかじゃなくて、かのんちゃんも気を遣ってくれてるんだろうしさっ」
「そうなんだよ……、わかったはいるんだ……」
「割り切れないっていうのはわかるよ」
綾瀬は俺の言葉に頷いた。
虎徹や若葉は事情を知っている。
双葉はどうか知らないが、どちらにしても告白された直後のため話しにくい相手でもある。
つまり、三人とも話しづらい立ち位置だということだ。
しかし綾瀬は花音と仲が良いわけではなく、それでいて俺たちの関係を知ってくれている。
好きな女の子にフラれてことを一度フった女の子に相談するというのはいかがなことかと思ったが、話す相手は綾瀬しかいなかったのだ。
最低だという自覚はあるが、そこは許してほしい。
「……ていうか、青木くんって結構女々しいところあったんだね」
「そりゃあな。……いや待て、そもそも俺って男らしくないんだけど」
「そんなことないよ? 私としては男らしいと思う。それに、頼りなくてもギャップだからそれはそれでいいけども」
そんなことを言われて気恥ずかしくなる。自分で思ってなかったところを褒められて、俺は嬉しく思っていた。
しかし、それ以上の気持ちは動かない。
今までなら少しでもぐらついていたかもしれないが、花音に告白したからなのか他の女子に揺れることは一切なかった。当然かもしれないが、花音のことだけを考えてしまっていた。
……いや、花音のことばかり考えすぎて気持ち悪いかもしれないと、自分で自分にツッコミを入れる。
「どういうやり取りがあったのか……っていうのは教えてくれないよね?」
「まあ、花音のことだから勝手に話すのはな」
「そうだよねぇ」
簡潔に話して入るが、詳しい内容ややり取りまでは話していない。
もちろん一言一句覚えているわけではないが、俺が勝手に話していいのかわからなかったため、そこだけは線を引いていた。
それのせいで綾瀬は答えに困ってしまっているのだ。
「……でもちょっと不思議なところはあるね」
「……と言うと?」
「いや、気まずいだろうけど、かのんちゃんの方は普通過ぎるかなって。もちろん実は青木くんが意識しすぎて普通だと感じてるすれ違いはあるかもしれないけどさっ」
「虎徹や若葉から見ても普通に見えるらしいから、少なくとも表には出てないんだと思う」
「じゃあ、なんでそこまで普通でいられるんだろうなってのは気になっちゃうよね」
確かにそれはある。
美咲先輩に告白をされたときは、時間が経っていても意識してしまっていた。
夏海ちゃんに告白されたときは、……最初は軽いものでも意識してしまい、文化祭に告白された後はそもそも会っていない。それは気まずいということもあったからだ。
綾瀬に告白されたときは、そもそも付き合うということを強く望んでいなかったため、あまり気まずくはならなかった。少しだけ意識するくらいのため、ほとんど影響はなかっただろう。
双葉に告白された後は意識しすぎて仕方なかった。最初から諦めていた双葉でも、長い付き合いということで気まずさを感じていた。しかし、双葉が気にしないように話しかけてくれたこともあって徐々に普段通りに戻っていった。
今回は今までの逆だ。
告白されたのではなく、した方だ。
だから気持ちの整理もなかなかできないのだろうが、それにしても花音の切り替えが早いというのは感じていた。
告白されすぎていて、気にしなくなったのかもしれないが……。
「綾瀬なら、なんだと思う?」
「えぇ……、そんな場面になったことないからわからないんだけどなぁ……。ただ、何か理由はありそう」
何か理由があるのかもしれないというのは思っていた。
ただ、自分以外の誰かに言われると、それは勘違いではないと背中を押されているように感じた。
「かのんちゃんの本当の気持ちを確かめないと話は始まらないよね」
「……そうだよな」
ちゃんと話せていない。
告白のことを触れてもいいのかわからないということもあるが、触れたくなかったのだ。
結局、それは俺が怖がっていたのだ。
「ちゃんと確かめるよ」
「うん、そうだね」
綾瀬は笑って俺の背中を押してくれた。
「何かあったら相談に乗るよ」
「……お願いする」
「じゃあ、いってらっしゃい」
「いってきます」
一度気合を入れ直し、俺は廊下を進んだ。
後ろで綾瀬が涙を流していることに気が付かなかった。
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