第141話 青木颯太は伝えたい

「あー、楽しかった!」


 そう言って伸びをしている花音の隣を俺は歩いている。

 逸らした胸が少し強調され、目線がいってしまうのは許してほしい。


「……どこ見てるの?」


「……いや? 道端に咲いてる花って綺麗だなって思って」


「颯太くん、そんなに花に興味ないでしょ?」


「……そんなことないよ?」


 男子からの視線はわかりやすいと聞くが、それは本当なのかもしれない。

 誤魔化すようにして視線を逸らしたが、わざとらしすぎたようだ。


「まあいいや。……わざわざ送ってくれてありがとね」


「いいよ。むしろあの空気で送らない選択肢はないから」


「それは確かに」


 俺が花音を送っていく空気ではなく、虎徹や若葉と一緒に帰る空気ではないということが正しい。


 なんだかんだで二人は上手くやっている。

 今日だって文化祭の残り香で良い雰囲気になっていった。


 一緒に帰るのは誘われたが、そんな空気の中に入っていけるほど俺は無神経ではなかった。


「あっ、実は私ともっと一緒にいたかったとか?」


 冗談混じりに……からかうように言う花音。

 そんな言葉でも、俺の心臓は跳ね上がった。


「えっと……、反応してくれないと本気っぽいんだけど……」


 あながち間違いではない。

 流れもあったとはいえ、一緒に踊ったことで舞い上がっていた部分もある。


 しかし、からかわれるのはしゃくで、俺は素直に認めたくなかった。


「……暗いから」


「え?」


「心配だから送りたかったんだよ」


「そ、そうなんだ。……でも、これくらいならいつも帰ってるよ?」


「文化祭帰りを狙う変質者がいるかもしれないだろ!?」


「い、いるのかなぁ……?」


 だいたいアニメなどでは、こういう時に不審者が活発に活動している。

 ……まあ、もちろん本気にしてはいないが。

 自分に言い訳をするために、俺はそんなことを考えていた。


 そして、一緒にいたいと認めるのは恥ずかしいこともあるが、花音を送るためという理由があればまだ正当な理由っぽいのだ。


「颯太くん、考えすぎじゃない?」


「考えすぎでも、考えないよりかはマシだろ?」


「それはまあ……」


 誤魔化したことや意識してしまうこと、そして後夜祭でのダンスもあって俺たちの間に微妙な空気が流れる。

 変なテンションになってしまっていた。


 楽しかった時間はすぐに過ぎるもの。

 ただ隣を歩いていただけなのに、気が付けば花音の家の近くまで来ていた。

 ……もちろん、不審者なんて現れない。


「じゃあ、ここで」


「あっ、うん」


 無言の時間が続いたこともあって、俺は我に返っていた。

 変な言い訳をしてついてきたことも今更ながら恥ずかしくなってくる。……花音はそんなことを気にしていないようだが。


「じゃあまた来週」


 そう言って花音は離れていく。


 この時間、この空気、この気持ち……俺はどうやら耐え切れなかったようだ。


「花音!」


「……どうしたの?」


 首を傾げる。

 そんな彼女が愛おしい。


「好きだ」


 俺はそう言いながらも、黙り込む花音の表情が見れなかった。

 ……怖かったのだ。


「好きだ。付き合ってほしい」


 もう一度言う。

 俺の気持ちを伝えたかったから。


 つい口からこぼれた気持ちではあるが、それで後悔するなんてことはない。

 いずれは伝えたかった気持ちなのだ。それが自分で想っていたよりも早くなってしまっただけの話だった。


「……本当に?」


「本当だ」


「……そっか」


 花音はそう言って考え込んでいるのか、黙っていた。

 しばらくの沈黙が続くと、ようやく花音は口を開いた。


「……ありがとう」


 そう言う花音に、俺は少し舞い上がっていた。

 ――その後の言葉を聞く前に、勝手に喜んでしまったのだ。


「でもごめん」


「……え」


 期待していなかったわけではないが、期待しすぎていたわけではない。

 花音が俺にどんな感情を抱いているのかは知らないが、少なくとも一番仲が良い男子で好意的だと思っていた。

 だからこそ、可能性はあると思っていた。

 可能性は高いと思っていた。


「私、颯太くんと付き合えない。嫌じゃないし、颯太くんのことは好きだけど、……ごめん、付き合えない」


「……そっか」


 仕方ない。花音がそういう気持ちを俺に対して抱いていなかったというだけだ。


 軽く考えていたつもりはない。

 フラれる前提ではなかったとはいえ、フラれてからの不安はやはりあった。これから気まずくなってしまうのはわかっていたから。


 それに、花音は以前にも友達と思っていた人に告白されていた。そして断ったことが引き金となって孤立していた。

 俺は同じことをしてしまったのだ。


 しかし今の俺にはそんなことも考える余裕はなかった。


「ねえ颯太くん」


「何だ?」


「私最初に言ったよね?」


 最初に言われたこと。

 それはわかっていた。しかし、俺たちもその時とは関係が変わっていると思っていたのだ。


「勘違いしないでね」


 その言葉が俺の心に突き刺さった。


 誰にでも優しい花音。

 俺に対して間違いなく特別ではあった。

 しかしその特別は、俺の考えている意味ではなかったのだ。


「どういうつもりで告白してきたの?」


 そんなことを聞かれて、俺は戸惑ってしまった。

 答えは簡単だ。


「さっきも言ったけど、好きだから」


「……そっか」


 花音の表情はわからない。

 今の今まで、一度も顔を見れていないのだから。


「勘違いしないでね」


 念押しするように告げられた言葉。その言葉は俺の心臓を締め付けた。


「……うん」


「だから――」


「じゃあ、また学校で」


 花音が何かを言いかけたが、俺は聞くのが怖かった。


 親友同士として、恋愛感情が絡んでいない関係は心地よかったのだ。

 それは俺の告白によって崩れ去ってしまったが、これ以上悪化するのが怖かった。


 俺は振り向き、帰路を辿る。

 花音は俺を止めることなく家に帰っていった。


 この微妙な空気。

 時間が解決してくれるのを、ただ待つしかなかった。

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