第140話 かのんちゃんは踊りたい!

 文化祭の二日目。

 日程が終了した後も、まだ少しだけ文化祭は続く。

 それは後夜祭が残っているからだ。


「キャンプファイヤーねぇ……」


「颯太は相手いるのか?」


「いないに決まってるだろ?」


「……とか言って誘われてはいるんだろ?」


「……まあな」


 後夜祭ではキャンプファイヤーが上がる。

 その際に周りではダンスを踊るのが恒例となっているのだが、それは意味を持つものとなる。

 友達同士というのもなくはないが、恋人同士で踊ることが多い。そんな行事に誘うということは、告白しているのも同然だ。


 俺は双葉や綾瀬など、誘われないわけではない。しかし、断っていた。

 もちろんそれは、変な意味を持たせないためだ。はされたくない。


「虎徹は若葉と踊るんだろ?」


「まあな。……正直こういうの苦手だから嫌だったんだが、若葉が泣くからな」


「あー……」


 恋人同士のはずなのに断られれば、それはそれでショックだろう。

 虎徹がこういう場が苦手ということがわかっていても、若葉としてはなんとしても踊りたいと考えているのだ。それは二人の気持ちの確認や、周りに対するアピールと牽制の意味を持つ。


 苦手であってもなんだかんだで付き合うあたり、虎徹も若葉には甘かった。


「じゃあ、行ってくる」


「おう。頑張って」


 俺は消沈している虎徹を見送ると、暇を持て余してキャンプファイヤーの周りをうろついていた。




「……俺と踊ってくれませんか?」


「ごめんなさい」


 花音は即答で断りを入れる。

 そんな場面を俺は目撃してしまった。


 誰かわからないため他の学年だろうが、男は肩を落としてとぼとぼと歩きながら去っていく。


「……むごいな」


「颯太くん。見てたの?」


「暇だったからね」


「そっか。……変に期待させる方がむごいと思うから断ったの」


「それもそうか」


 花音は暇を持て余すようにして、グラウンドの端に腰を下ろした。

 視線を俺の方に向けてから、花音は自分の隣に視線を向ける。

 ……座れということだろうか。

 俺は花音の隣に腰を下ろすとどうやら正解だったようで、わずかに微笑んでいた。


「こういうの、楽しいけど苦手かも」


「なんで?」


「ここぞとばかりに言い寄られるから」


「……自慢にしか聞こえないんだが。まあ、花音にとっては嫌なのか」


「普段から距離を縮めようとしてこういう時に誘ってくるのはわかるんだけどね。顔も名前も知らない人に声をかけられるのは、いくら同じ学校の生徒でも怖いよ」


「それは確かにそうかもな」


「でしょ? まあ、普段から声をかけられたとしても、みんなと一緒の時間の方が楽しいから断ると思うけど」


「結局むごいんだが」


 俺がそうツッコむと、花音は笑っている。


「確かに矛盾してるね。でも、恋ってそういうもんじゃない? どれだけ好みの行動をされても一生好きになれない人なんているじゃん」


「それは間違いないかもな」


 好きになる理由なんて人それぞれだ。

 性格が好みだろうと顔が好みでなければ無理かもしれないし、逆も然り。どちらにしても、好きだとか付き合いたいだとかを思わせないと無理なのだ。


 花音はその求めるものが難しい。顔や性格などではなく、どちらかと言えば直感に近いのかもしれない。

 だからこそ、違うと思っている相手に応じることは決してないのだ。


「若葉ちゃんと藤川くん、楽しそうだよね」


「虎徹のやつ、文句言いながらも付き合いは良いんだよな」


 楽し気に踊っている二人の姿が、俺と花音の目には写っていた。

 正直羨ましいとさえ思っている。

 隣にいる花音と踊れたら……なんてことも考えてしまう。


「ねえ、踊ってみる?」


「……え?」


 そんな願望が通じたかのように、花音からのお誘いがあった。

 俺の心臓は跳ね上がり、うるさすぎて仕方がない。

 普通に座っているだけなのに、全身が脈を打っているのがわかる。


「あっ、勘違いしないでね?」


「……わかってるよ」


「颯太くんと踊りたいと思ったんだ」


 その言葉に、俺は固まってしまう。

 勘違いしないでというのは、好意の否定なのだと思っていた。

 しかし花音は俺と踊りたいと言ってくれたのだ。


「……どういう風の吹き回しだ?」


「親友と踊りたいと思うのってそんなにもおかしい?」


「おかしくないけどさ。花音のことだから、他の人から誘われないためだと思って」


「それもなくはないよ。でも颯太くんと踊りたいと思ったのは本当。……毎年周りから見てるだけで寂しいとは思ってたし、高校最後の文化祭くらいはね?」


「……そうか」


 期待しなくもない。

 しかし、俺はどうしても嬉しく思ってしまった。


 親友だと区切られているのはわかる。

 それでも、俺は花音に誘われるだけで嬉しくて飛び跳ねそうだ。

 初恋に浮かれているのは、痛いほどわかっていた。


 俺は立ち上がると、花音に向けて手を伸ばした。


「……踊るか」


「……うんっ!」


 顔が熱い。体も……心も熱かった。

 この熱さはきっと、キャンプファイヤーのせいだ。

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