第139.25話 本宮花音はクリぼっち

 クリスマスが楽しい思い出だったのはいつだろうか。


 私はここ数年、クリスマスを楽しんだ記憶がない。

 ……いや、中学一、二年生の頃は楽しかったけど、その頃の友達とは仲違いしていて苦い思い出になっている。


 少なくとも、家族で過ごしたのは小学生に入るかどうかくらいの頃の記憶しかなかった。


「まあ、所詮クリスマスだし」


 恋人と過ごすという人が多いクリスマス。私は告白されていても恋人というものとは無縁だ。

 だから、クリスマスなんて今はただの三百六十五日のうちの一日に過ぎない。


 そんな今日は誕生日でもある。

 でも、ただ虚しく一人で過ごすだけだった。




 二十四日はバイトがあった。

 喫茶店で働いているため忙しい。デートに訪れる客は多く、店としては稼ぎ時だとわかっているため、特に予定がなかった私はシフトに入っていた。


 それでも二十五日。クリスマスと誕生日の日は何かに期待をして、バイトには入らず一人で街を散策していた。


「……あれ?」


 見覚えのある後ろ姿。同じクラスの青木颯太くんだ。

 青木くんとはあまり話さないけど、藤川くんや別のクラスの井上さんと話している姿を見ていると、羨ましいと思っていた。

 人との距離の測り方がわからない私でも、その輪の中に入りたいと思ってしまった。


「……っと」


 私は声でもかけてみようか悩んだけど、隣には中学生くらいの女の子がいた。親し気に話している姿を見るに、妹かもしれない。

 その真実はわからないけど、私は片手に持っているアニメショップで買った戦利品を見られたくないため、声はかけずに逆方向に歩き始めた。


 それからは特にやることもなく、家に帰る。

 途中でバイト先に寄って、あらかじめ予約しておいた持ち帰りのショートケーキを受け取った。


 イチゴの乗ったショートケーキ。

 私は家に帰ってから一人寂しくそれを食べていた。


「ハッピーバースデーメリークリスマス。……って、しょうもな」


 自分で言っておいて悲しくなってきた。

 一人でのクリスマスなんて慣れているけど、楽しそうな人たち……しかも同級生を見た後だと、どうしても虚しさがこみ上げてくる。


 まるで自分一人だけ、この世の者ではないのかと思えてしまう。


 そんな時、私の携帯が震えた。


「……もしもし」


『……花音か』


「まあ、私の携帯ですし」


『……それもそうだな』


 珍しい父からの電話だ。

 父が今どこで何をしているのかは知らないけど、たまに家に帰ってきたり、こうして電話をかけてきたりする。

 タイミングは不定期だから、気まぐれかもしれない。


「何か用ですか?」


『……いや、クリスマスだからな』


 どういう風の吹き回しだろうか。

 思い返すと去年も電話をもらったけど、大した話もせずに電話を終えた記憶しかない。


 父が仕事で忙しいのは知っているが、あまりにも冷たいと感じていた。仮にも娘の誕生日を電話一本で済ませるのだから。


『花音。何か欲しいものはあるか?』


「別にないですけど」


『本当にか?』


 何故聞き返してくれるのだろうか。

 ないと言ったらないのだ。


 求めているものはあるけど、もし私がここで『幸せな家庭が欲しい』なんて言ったらどんな反応をするのだろうか。

 少し試してみたくもなった。……言わないけど。


『ゲームでもぬいぐるみでもいいぞ』


「ぬいぐるみって……」


 この年にもなって……とは言わない。好きな人はいつになっても好きだから。

 私も可愛いものは好きだけど、集めているというわけでもない。

 見かけて可愛いものがあったら欲しいけど、わざわざ探してまで欲しいかと言われると少し違う。


「私、もう高校生ですよ?」


『……そうだな、悪い』


 まだ小さい子供か何かだと思われていそうだ。


「特に不自由もしてないので、大丈夫です」


『そうか、わかった』


「では……」


 私はそう言って電話を切ろうとすると、電話の向こうから『ちょっと待て』と呼び止められた。


「何ですか?」


『……いや、十六歳の誕生日おめでとう。それじゃあ』


 唖然としている私をよそに、父は電話を切った。

 一瞬何を言われたのかわからなかった。だから私がようやく言葉を理解した時には、「ツーツー」という通話終了の音だけが聞こえていた。


「……なんなの」


 父のことは好きではない。

 どちらかと言えば嫌いな方でも、感謝をしている部分もあった。


 だから私は自分勝手な父に怒っている。


 ……口元が緩んでいることになんて気が付かなかった。




 高校一年生の頃のこと。

 私と颯太くん……青木くんたちが仲良くなる、約一年前のことだった。

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