第139話 かのんちゃんは怖がり!
「さ、さーて、どこ回ろうかなぁ!」
元気よく声を上げる花音に、俺たちは冷たい視線を投げかけた。
どこに行くのかなんてもう決まっているのだ。現実逃避をするあまり、記憶喪失にでもなったのだろうか。
「花音。双葉のとこ行くぞ」
「え? なんだって?」
「本宮が難聴系主人公みたいになってる……」
虎徹がわかりにくいツッコミをするが、なんとなくわかってしまうあたりアニメに毒されているのかもしれない。
花音は目線を泳がせながら、明後日の方向に向かおうとしている。
「かのんちゃん! それでいいの!?」
花音を後ろから羽交い絞めにする若葉。そんな若葉から逃げ出そうとしてもがく花音の姿は、去年の今頃に知っていた花音の姿とは程遠かった。
それだけ馴染んでいて素が出せているのだと思うとそれも嬉しかったりもするが。
「私ね、みんなのこと好きだよ」
「お、おう、うん……」
「それは嬉しいなぁ…」
「だから見逃してくれない?」
どうしても逃げようとする花音に、俺たちはほとほと呆れていた。
しかし花音が本気で言っていないということをは俺たちは知っている。
双葉のことを妹のように……少し行きすぎなのではないかと思うくらい可愛がっているのだ。
そんな花音が双葉に来るように頼まれて、逃げ出すなんてわけはない。
あわよくばくらいは思っていそうだが……。
「怖い……」
「大丈夫大丈夫! 四人もいたら怖いものなんてないよ!」
「これはまたベタなフラグを……」
「まったくだ」
若葉が言うように、四人では入れたなら怖さも軽減されるだろう。
もし四人で入れたらの話だが。
「えっ!? 四人はダメなの!?」
そんなことだと思っていた。
文化祭に限らず、お化け屋敷は二人までの制限がかかっていることが多い。規模の問題もあるだろうが、特に文化祭のように教室を利用していれば道は狭いのだ。
「まあ、そうなるよな」
虎徹は呆れたようにため息を
しかし……、
「虎徹、喜んでる?」
「はあ?」
淡々と言っているようで、どこか動揺しているように見える。
「いや、だって若葉と二人きりだし……」
「別に、そんなことないぞ」
「ツンデレかよ……」
虎徹のツンデレなんて若葉くらいにしか需要はないだろう。
クラスの出し物での仕事もあったため、四人で回っていれば虎徹と若葉が二人きりで文化祭を過ごせる時間はそう多くはない。
それを考えると貴重な時間で、しかもお化け屋敷なんてカップルが行きそうな場所は、二人にとって良い雰囲気で過ごせる時間でもあった。
「とりあえず、俺と花音、虎徹と若葉で分かれるか」
「う、うん……。颯太くん、守ってね……」
「お、おう……」
上目遣いをしながら目に涙を浮かべている花音を見て、俺は思わず顔が熱くなる。
芽生えたばかりの恋心……意識し始めたばかりの気持ち。そんなものを持ったまま花音と二人きりでお化け屋敷に入るということにようやく気が付き、俺は頭の中が花音のことでいっぱいになってしまっていた。
いざ入るとなると、緊張は更に高まる。
暗い中で二人きり。性格にはお化け役の生徒やもう少し前方には虎徹と若葉も歩いている。それでもやはりこの空間は意識せざるを得ない。
「颯太くん……いるよね?」
「腕掴んでるじゃん……」
「お化けかもしれないし……」
「お化けなら物理的に触れないのでは?」
冗談なのか本気なのかよくわからないことを言っている花音。
俺は平然とした顔で平然と返しているつもりだが、何とは言わない、若干当たっているのだ。
声も顔も、明るい場所でいつも通りの花音であれば気付かれていたかもしれない。
お化け屋敷さまさまだ。
そんなことを考えていると……、「ドタドタドタッ!」と音が鳴り響く。
お化け屋敷でよくある音を立てて脅かすやつだ。
「ヒャッ!」
可愛い声を上げて、花音はさらに体を寄せてくる。
――煩悩退散煩悩退散煩悩退散っ!
恐怖よりも緊張で心臓が破裂しそうだ。
音はすぐに鳴り止むと、次は壁から手が生えてくる。……もちろん本当に生えてくるわけではなく、元々空いていた穴から出しているだけだが。
「ぴゃあ!」
まるで何かの鳴き声なのかと思うような声を上げながら、花音はしがみついてくる。
俺にとって怖いのは、ある意味花音の方だ。
それからしばらく進むと、「ミシミシッ」と言う音や、「シャランシャラン」と鈴のような不気味な音が鳴る。
できることが限られている文化祭では、音系が多いのだろうか。
多分一人であればそこそこ怖いと思うクオリティーだが、今の俺にとっては花音の隣にいるというだけでそれどころではないのだ。
そしてもうすぐ出口というところ。
「……すいません。探し物をしているんですけど」
「はっ、はい! 何ですか!?」
制服を着て俯いている女生徒に話しかけられた。
「その……、私の目、見ませんでしたか?」
「きゃーーー!」
女生徒はお化けで、片目がない。……もちろんメイクだが。
そして余裕のない花音は気付かなかったようだが、その女生徒は声も見た目も見覚えしかない。
血みどろなコスプレ用の制服を着た双葉だ。
「そ、颯太くん! 出たよ! 本物だよ!」
「……偽物だよ」
花音が涙目になりながら俺に縋るように訴えてくる。
その光景を見た双葉は複雑そうな表情を浮かべるが、すぐに表情を切り替えた。
「花音せんぱーい。私ですよー?」
「ふ、双葉ちゃん……?」
「双葉ですっ!」
双葉はお化けに似つかわしくないピースをしながら俺たちにアピールをしている。
「来てくれてありがとうございます。ささっ、出口へどうぞ」
「ありがとう……。それにしてもよくできてるね。手が生えてくるのも怖かったけど、家鳴りみたいなミシミシって音が地味に怖かったよ」
花音がそう言うと、双葉は首を傾げた。
「ミシミシって音なんて鳴りました?」
「……えっ?」
「そんなの用意してないんで、気のせいじゃないですか?」
「……えっ? ……えっ?」
「おい双葉。いじめてやるな」
とぼける双葉だが、その顔は悪戯を思いついた子どものような表情をしていた。
明らかに確信犯だ。
「バレました?」
「ニヤニヤしすぎだな」
「ちぇーっ」
不貞腐れたように唇を尖らせるが、目が笑っていて愉快そうだ。
長々と話していると後ろの人が来るため、俺たちは話をそこそこに出口に向かった。
しかしその最後だ。
「ひっ!」
横からヒヤッとした風が吹いてきた。
ただの扇風機の風だが、花音は涙目になって俺の方に視線を向ける。
「……怖い」
「……そうだな」
そんなことがあって、俺たちはようやくお化け屋敷から脱出することができた。
花音はもう力尽きている。
「楽しかったなー」
先に出ていた若葉は余程気に入ったのか、「もう一回入りたい!」と言う始末だ。そんな若葉の手を取って、花音は無言で首を横に振っていた。
こうして俺たちは、元々予定していたお化け屋敷を終えた。
もうすぐこの文化祭も終わりだ。
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