第138話 綾瀬碧は恋したい!

「さて青木くん、どこ回ろうか?」


「そうだなぁ……、俺はだいたい見て回ったし、特に行きたいところはないかな……」


「そっか、じゃあ私が選んで良い?」


「お任せします」


 クラスでの仕事を終えた俺は、約束通り綾瀬と一緒に文化祭を回ることとなった。

 綾瀬は「うーん……」と考えた後、思いついたように「あっ!」と声を上げる。


「演劇って見た?」


「見てないかな。二年生だっけ?」


「うん。二組の演劇なんだけど、どうかな?」


「いいな。あっ……、でも時間どうだ?」


「三十分くらいしか回れないんだよね? えっと……、ちょうどもうすぐ始まって時間も二十分くらいだから……いい感じかも」


「それならいいな」


 偶然……ではない。

 俺の仕事が終わったのが十一時前のため、ちょうど十一時に公演開始を見れるのは自然なことだった。


 そして演劇の内容はと言うと……、


「ロミオとジュリエット(現代版)……ってなんだ?」


「現代版だから、わかりやすいようにアレンジされてるとか?」


「まあ、それしかないよな……」


 俺も綾瀬も首を傾げているが、見ないことには始まらない。

 俺たちは公演時間に間に合うように二年二組の教室に向かうと、席のほとんどは埋まっている。

 何とか入ることはできたため、後ろの端の方の空いている席に腰を下ろした。


「楽しみだねっ」


「ある意味な」


 謎が多いからこそ興味がそそられる。

 静かに始まっていく演劇に、俺たちは視線を向けていた。




 演劇の内容は、冒頭から突拍子もないことだった。

 まず初めに、このロミオとジュリエットの舞台は中世でも何でもない。現代版という名前にふさわしく、現代の学校で過ごす二人という設定だ。

 それからはロミオとジュリエットというだけあって、身分違い……と言うか、スクールカーストが違う二人の恋愛模様が描かれている。一言で表すなら、ドタバタ青春学園ラブコメだ。


 二人は苦難や困難に阻まれながらもお互いに想いあっている。

 しかし、主人公が家庭の事情で引っ越しがあり、厳しい家庭に育つヒロインと連絡を取る手段がない。

 五年後に再会を約束して二人は離れ離れになってしまった。


 それから月日は流れて五年後、主人公は約束の場所にやってくる。しかしヒロインは現れない。夜になり、主人公は手紙を残して去っていってしまった。

 しばらく置いて走ってやってくるヒロイン。手紙に気付き読んでみると、『幸せになってください』と一言だけ書いてあった。

 すれ違った二人。連絡を取る手段がなく、ヒロインは泣き崩れてしまった。


 ロミオとジュリエットならここで終わるところだろう。

 しかし後日談として、この演劇には続きがあった。

 さらに五年後。二人が二十代後半になった時のことだ。

 お互いに恋人はいない。お互いにお互いを想い合った結果、一人で幸せにはなろうと思っていない。……そもそも、一人では幸せにならないのだ。


 二人は思い立って約束の場所に足を運ぶ。同じタイミングで、同じことを考えていた。

 十年越しに再会した二人。ヒロインはようやく家のしがらみから解放されていた。

 そして二人は結ばれる。


 そういう結末を迎えた。


 最初は突拍子もない始まり方に戸惑いはあったものの、結果としては面白い演劇だと思った。

 文化祭の出し物とは思えない。本物の演劇……は見たことないが、演劇部の演劇と言われても信じられる完成度と言えた。


「……あー、感動した」


「そうだな、面白かった。綾瀬に誘われなかったら来なかったかも。ありがとう」


「いやいや、私が青木くんと見たいなって思っただけだよっ!」


 綾瀬はそう言った後、ため息を吐きながら呟いた。


「あーあ、劇みたいな恋がしたいなぁ……」


 そう言われてしまうと俺もドキッとする。

 なんせ、一度告白を断った相手なのだ。


「……あっ、なんかごめん。別に青木くんにどうこう言いたいってわけじゃないからね?」


「ああ、うん」


 少し気まずい沈黙が流れる。

 ただ、綾瀬の意見には同感だ。


 内容とは少し違うが、元々スクールカーストが違うというのは俺と花音に重なるところがあった。

 目立つわけでも目立たないわけでもない俺と、クラスどころか学校でも人気だった花音。

 花音の気持ちを確かめないことにはわからないことはわかっている。それでも俺は花音のことを意識してしまっていた。

 初恋を自覚してしまい、演劇と重ねて浮かれているのだ。


「……青木くん、どうかした?」


「いや、何も」


 芽生えたばかりの恋心を誤魔化しつつ、俺と綾瀬の文化祭は終わりを告げた。

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