第137話 青木颯太は気にしてる
「せんぱーい! お疲れ様です!」
急に調理場から呼び出されたと思ったら、今か今かと待ち構えていた双葉がそこにいた。
気まずい微妙な気持ちになりながらも、俺は注文された抹茶のパンケーキと抹茶アイスをテーブルに置く。
俺の指名が入ったと花音から伝えられた時、まさかとは思った。
かれこれ三年も仲良くしていた後輩から告白された翌日、俺は普通に接することができないのだ。
「……じゃあ、ごゆっくり」
「待ってくださいよー」
そう言って腕を掴まれて引き留められるが、俺は双葉の顔を見れないでいた。
「離せっ! 俺は仕事に戻らないといけないんだ!」
「大丈夫ですよ、花音先輩が代わるって言ってましたから。それに朝イチなんで混んでないですよね?」
「くっ……」
確かにまだ文化祭が始まってすぐのため、この教室……それどころか学校内に外部の客は多くなく、客足はまばらだ。
それに言われてみると、俺を呼ぶために調理場に入ってきた花音は、俺が双葉のところに来てからも出てきたところを見ていない。
教室内にはいないため、まだ調理場に残っているのだろう。
「こんな勝手なことしていいのかよ……」
「十分だけならいいよって言ってました。まあ、座ってくださいよ」
「俺らの教室なんだけど……」
言われるがままに双葉の前に座る。
俺はもう諦めていた。
「先輩、まだ気にしてますか?」
「気にしない方が難しくないか?」
「それもそうですね。私もちょっとドキドキしてます」
そう言われて横目に双葉の顔を確認すると、いつもよりも僅かに頬は赤らんでいた。
今までまともに顔を見れなかったため、気づかなかったのだ。
「別にこれ以上は先輩にアピールするつもりはないんで、安心してください。隙あらばワンチャン狙ってますし、好きなことには変わりないですけど、迷惑はかけたくないので」
「……そうか」
そっけなく返すが、俺の内心は何とも言えない変な気持ちだった。
こんなに一途に想ってくれている後輩の告白を断ってしまうのがもどかしい。
それでも受け入れられないものは受け入れられない。
俺は静かに目を伏せていた。
「先輩を呼んだのは、それを伝えるためです。ギクシャクするのは嫌ですから」
「……そうだな」
「ちなみに花音先輩には言いました」
「おい、なんで言った!?」
「お世話になってる先輩ですし。花音先輩だけじゃなくて、若葉先輩と藤川先輩にも言うつもり……というか、花音先輩に言ってもらおうかなぁと」
「なんでだよ……」
双葉の気持ちなのだ、俺がとやかく言う必要はない。
しかし、当然のように双葉にも理由があった。
「先輩が誰かと付き合うにしても、隠してはいけないと思ったので。だって、付き合ってる人が告白してきた……つまり少なくとも片方に恋愛感情があった相手と仲良くしてたら嫌じゃないですか?」
「……まあ、それは」
「言ってしまえば許可が欲しいので。先輩が花音先輩と付き合ったとして、私が仲良くしていいのかっていう。黙ったまま仲良くしてるのは違うなって思いました」
「そうか、確かに隠してたらやましいことがあるって思われても仕方ないしな。……って、なんで花音と付き合う前提になってるんだ?」
「いい感じだと思ってるので、告白しても断られないかなぁと」
「そ、そうなのか? ……ってか、ここで話すことじゃない気がするんだが」
「だからちゃんと小声なんですよ?」
花音の話が出始めてくらいから、双葉は小声で話してくれている。一応気を遣ってのことだ。
……それならここで話してほしくないとは思うが。
「まあ、そういうご報告です。事後報告ですけど」
「……まったくだよ」
事前に教えてもらいたい……と思わなくもないが、やはり結局は双葉の問題というのが大きい。
恥ずかしいとはいえ、告白した側の双葉の方がもっと恥ずかしいのだから。
「じゃあ、もう戻ってもいいか?」
「大丈夫です! ありがとうございます。……あっ、ちゃんとお化け屋敷も来てくださいね!」
「ああ、行くよ」
こうやって話していると、俺は少しばかり気まずさもマシになっていた。双葉が出来る限り普通に接してくれているおかげだ。
俺は調理場に戻る。花音はせっせと俺の代わりにパンケーキを焼いていた。
「かのんちゃんやばっ! このまま調理場にいてほしい……」
「それな。暑いけどここがオアシスだ……」
「ありがとっ」
和装しているまま、暑い調理場で汗を流している。そんな花音を山村と中田はチヤホヤとしていた。
まんざらでもなさそうな花音にこのまま代わってもらいたいくらいだが、俺が接客に出ても誰にも喜ばれない。花音の方が人気があるのだから。
それに、そもそも俺の和装は用意されていない。
「花音、戻ったぞ」
「おかえりー」
「……おう」
好意を自覚してから……そして改めて双葉と話をしてしまい、俺は花音の顔を見れずにいた。不自然にならないように、花音の向こう側に目線を向けて顔を見ているフリをする。
「颯太くん」
「な、なに?」
「良かったの?」
――何が?
抽象的すぎて実際にわからない。
聞き返したいがこの場では話せないことだということはわかる。だからこそ濁しているのだろう。
山村と中田は首を傾げている。虎徹はすでに知っているのか察しているのか、無言のままだ。
「まあ、おいおい話すよ」
「……そっか」
曖昧に濁しながら俺は花音の問いに答えた。
納得したのか、花音は俺と入れ替わりにホールに戻っていく。
俺たちはそれぞれ持ち場に戻ると、仕事を再開する。
すると今度は虎徹が小声で問いかけてきた。
「何かあったのか?」
「まあ、ちょっとな」
「そうか」
話は聞いていなささそうだが、もう察してはいるのだろう。それだけ言うと手先に集中を戻した。
文化祭二日目。
しかし俺にとっての文化祭は、まだ始まったばかりだった。
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