第136話 春風双葉は恋をした
私はずっと先輩のことが好きだった。
もう三年以上想い続けていた片思いだ。
「……悪い、双葉」
「謝らないでくださいよー。さっきも言いましたけど、元々答えはわかっていましたから」
「なんでわかってたんだ?」
――なんでわかっていたか。
そんなの決まっている。
「好きだからですよ」
ずっと見ていたからだ。
だからこそ、私は先輩のことがわかってしまった。
私のことを先輩は好きじゃない。
他に好きな人ができていなくても、私のことを好きになってくれたかわからない。
今までチャンスはいくらでもあった。
それでも、先輩は私と付き合おうと思わなかったと思う。
だって、中学生の頃は全く意識してくれなかったし、高校生になってからようやく意識してくれたと思ったら花音先輩が現れたのだから。
でも、私は花音先輩のことを憎んだりはできない。
私が先輩に抱いた気持ちと同じように、先輩も花音先輩に対して同じ気持ちを抱いたのだから。
初恋という、最初で最後の気持ちを。
「先輩、これからも仲良くしてください」
「……良いのか?」
「私が頼んでるんですから。先輩のことはずっと好きですし、付き合いたいですよ。でも、尊敬しているので、今の関係も大切なんです」
本心からの言葉。
私はこみ上げる、縋りたくなるような気持ちを抑えてそう言った。
「じゃあ先輩。また明日、みなさんでうちのクラス来てくださいね」
「……わかった」
「楽しみにしています」
私はそう言うと、先輩はこれからどうすればいいのかわからないようにソワソワとしていた。
だから私が、「一人になりたいので、また明日です」と笑顔で伝えると、先輩は暗い表情で「また明日」と言って公園から去っていった。
私は付き合いたかった。
それでも無理なことはわかっていた。
私が告白しても成功したタイミングはなかったかもしれないけど、私は伝える前にこの気持ちを閉じ込めなくて済んだことに安堵していた。
だって、先輩が誰かと付き合ったら、そんな告白するチャンスすらあるはずもないんだから。
足に何かが当たる。
転がっているボールが私を慰めるようにすり寄ってきた。
「付き合いたかったなぁ……」
私はボールを拾い上げると、その場で何度かボールを突く。
手に程よく収まったボールを、私はゴールに向かって放った。
「……シュート、外れちゃった」
ボールはリングの中に納まり、ネットを揺らして落ちてくる。
普通のシュートは決まっても、大事なシュートが決まらないことに私は落胆してしまう。
「そろそろ泣いとく?」
「……泣かないよ」
物陰に隠れて見ていたさきさき先輩がようやく姿を現した。
今日、私がさきさき先輩を呼んだのはこれが理由で、見てもらっていたのは私が頼んだことだ。卒業式の時とは真逆で、今度は見守ってほしいかった。
……一人では勇気が出ないから。
「なんだ、私の胸を貸してあげようかなって思ったのに」
「何それ、嫌味?」
「これは失敬」
前まではそんなことを考えなかったかもしれない。さきさき先輩は年上の先輩だから。
でも、さきさき先輩が卒業してから、よく遊ぶようになった。
同じ人を好きなもの同士、砕けて話せるようになっていた。
さきさき先輩は大きい胸を見せつけるようにして胸を張っているため、私は叩きたい衝動に駆られる。
私が小ぶりなことをからかっているのか、さきさき先輩は覚えたてのいたずらっ子のような表情を浮かべる。
……腹は立つけど、遠慮はしない。
「まあ、せっかくだから借りるけど」
「素直じゃないなぁ」
私はさきさき先輩の胸に顔を埋める。
涙は出なかったけど、安心できる。私はさきさき先輩の胸に体を
「私、好きだった」
「知ってる」
「悔しい」
「わかるよ」
「辛い」
「そうだね」
涙は出ない。
それでも積もり積もった想いを吐き出すように、私は今の気持ちを一つずつ言葉にする。
「こんなに可愛い子を振った颯太くんは罪な男だ」
「さきさき先輩だって、可愛くて綺麗な人だし、やっぱり先輩って酷い人です」
そんなことを言っているけど、もちろん本心からじゃない。
先輩は素敵な人だ。
――だから、
「そんな先輩が好きなんだけどね」
「まったく……そうだな」
私たちはどうかしている。
好きな人でも……フラれても諦めきれない。
それほどまでに、私はあの人に恋をしてしまっていた。
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