第135話 春風双葉は解っている

 双葉の告白は、俺の中の気持ちを熱くさせる。

 今までに感じたことのない、湧き上がるような感情だった。


 正直に言うと、全く予想していなかったわけではない。

 しかし、いざ実際にされるとなると、また話は違う。


「先輩、どうしましたか?」


「え?」


 俺が驚きのあまり呆けていると、双葉は俺の顔を覗き込みながら様子を窺っていた。

 その表情は不安そうな表情だ。


「急に固まったので、どうしたのかなと」


「え、いや、え? そりゃあ、驚くし。え?」


「先輩、驚きすぎですよー?」


「驚くなって方が無理だと思うぞ?」


 告白されたはずの俺が動揺していて、告白したはずの双葉はあっけらかんとしている。

 本当に告白がされたのか疑わしいほど、いつもと変わらない様子だ。


 しかし、告白はやはり現実だった。


「それで先輩、どうなんですか?」


「うっ……」


「大丈夫です! 一思いにやってください!」


 明るい表情でそう言う双葉。

 そんなことを言われても、俺は簡単に答えることができなかった。


「……双葉、俺が聞いていいことなのかわからないけど、なんで俺なんだ?」


 俺がそう尋ねると、双葉は少し考えた後、さも当然かのように答えた。


「私が人生で出会った人で、先輩が一番素敵な人間だからですよ」


「……それは言いすぎじゃないか?」


「そんなことないですよ? ……あ、親とかはもちろん除きますけども」


「まあ、それは」


「私が一番尊敬していて、一番大好きな人が先輩なんです」


 そうやってストレートに言われると、嬉しい気持ちとむずがゆい気持ちが混ざり合う。


 俺は双葉のことが好きなのだ。だから、そういう感情を向けられて嫌な気持ちなんてあるはずもない。


「先輩は私に色々と教えてくれました」


「色々って……バスケの基礎くらいだろ?」


「先輩から伝えられてのはそうですね。……でも、私に恋を教えてくれました」


 双葉の言葉に俺は押し黙った。


 双葉のことは可愛い後輩で、可愛い女の子だと思っている。

 しかし、バスケを教えただけで、そんな感情を抱かれるとは予想はしていない。

 俺は微塵も下心なんてなかったのだ。ただ、頼ってくれる後輩の面倒を見るのが楽しかっただけなのだから。


「私、先輩がいなかったらバスケ辞めてました」


「えっ……、なんで?」


「今は純粋にバスケが好きですけど、最初は不純な動機でしたから」


 自虐するような乾いた笑い声を上げ、双葉は続けた。


「最初から好きとかそう言う感情はなかったです。先輩も知っての通り、私ってダサダサのダサ子だったじゃないですか?」


「ま、まあ……」


 謎の言い方に少し笑えてしまうが、確かに双葉が言うとおりダサかった。

 休日に出かけるのにジャージなんて、中学生の頃の俺でもしなかったことを当時の双葉は平然としていた。


「恋愛なんて考えたこともなかったです。……でも、先輩に可愛いと思ってもらいたくて、私も勉強したんです。おしゃれだって、メイクだって」


 俺のために変わってくれた。

 別に望んだわけでもなく、双葉自身が勝手にしたことだ。

 それでも俺は、嬉しくてたまらない。

 自分のために可愛い女の子がそんなことをしてくれるのは、嬉しくないわけがなかった。


「わかってると思いますけど、私が先輩にバスケを教えてもらってたまたまでした」


「俺が居残ってたからだったよな」


「そうですね。……それで、最初に上手くなりたいと思ったのは、周りに置いて行かれるのが嫌だったからです」


 それは知っている。中学生の頃に聞いていた。

 負けん気の強い子だと思っていたのを今でも覚えており、それは今でも思っていることだ。


「バスケを教えてくれて、途中からは先輩に褒められたり、認めてもらうことが嬉しかったです。カッコいいなとか、自分を変えたいなとかそんな理由でバスケ部に入りましたけど、先輩のおかげでだんだんバスケが好きになっていきました」


「そう言えば、昔は今ほど好きって感じじゃなかったよな」


「そうです。先輩のおかげです」


 双葉が中学に入ってすぐの頃……、俺がバスケを教え始めてすぐには、そこまでバスケが好きだったわけではなかった。普通に少し好きくらいだ。

 今のバスケが大好きなイメージが強く、そんなことも忘れていた。


「先輩のおかげで、バスケが好きになりました。……そして、先輩のことも好きになったんです」


 今日何度目だろうか。何度伝えられても慣れる気はしない。

 俺は顔が熱くなっていた。


「すっと好きでしたし、これからも好きです。私は今までバスケが好きだったのもありますけど、先輩のことが好きだから続けてこれました。私のモチベーションでした。先輩はもう辞めましたけど、今日みたいにできるだけでも幸せです」


「……そうか」


「だからこうして、一生先輩とバスケがしたいです」


 それはもう、そういうことだ。

 双葉のような根が真面目な子が告白してくるくらいなのだ、今だけではなくこれからのことも考えているのだろう。

 遊びのような軽い気持ちではないことははっきりとわかる。


 これからも一緒にバスケをする。俺にとってもこれ以上ないほど嬉しい誘いだった。


「先輩、改めて答えを聞いてもいいですか?」


「……そうだな」


 こんなにも慕ってくれていて、俺のことを想ってくれる。

 性格面でも、間違いなく容姿も可愛いと言える後輩。大切な後輩。


 俺は答えた。


「悪い、双葉とは付き合えない」


 俺は双葉のことが好きだ。

 しかしその感情は女の子に対しての恋愛感情ではなく、一人の後輩……一人の人間としての好きという気持ちだった。


「……正直、気持ちが揺れなかったわけじゃない。付き合ってみてもいいかなって思ってもいたよ。でも、やっぱり駄目だと思った」


「わかってました」


 双葉は涙を一切流さずに、淡々と言っていた。


「先輩は、好きな人がいますもんね」


「……え?」


 突然のことに俺は声が出たのかもわからない。

 理解ができなかった。


「いや、先輩に好きな人がいるのはわかってましたから、断られるのは承知の上ですよ」


「……別に好きな人なんていないけど?」


 俺はそう答えたが、双葉は呆れたようにため息をいた。


「本当ですか? 正直に言ってください」


 いつにも増して双葉の圧がすごい。

 告白を断ったことに関しては納得いっている様子だったが、俺に好きな人がいないということにはやけに突っかかってくる。


「本当にいないなら、私と付き合ってください。わがままかもしれないですけど、譲れません」


「譲れないって……」


「私の考えている人なら、正直敵わないと思っています。でも、それ以外の人は我慢なりませんから」


 そう言われて、俺は見当がついていた。

 見当がついてしまう時点で、好きだと思っているようなものだ。


 今まで自分自身隠してきた気持ち。

 認めたくなかった気持ち。

 いや……、したくなかった気持ちだ。


 俺はもう、好きになってしまっていた。


「俺は……、花音のことが好きだ」


 俺がそう言うと、双葉は満足そうな表情を浮かべた。


 自覚したくなかった。だからこそ考えないようにしていた。

 ……違う。怖がっていただけだ。


 だから俺はそう口にしてしまった途端、溢れ出る思いが止まらなかった。

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