第134話
放課後、俺は花音、虎徹、若葉の三人を見送って、下駄箱で暇を持て余していた。
しばらくすると、待ち合わせをしていた人物が息を切らしながら現れる。
ジャージ姿に着替えた双葉だった。
「先輩! お待たせしました!」
「おう、全然いいぞ。なんかあったか?」
「いや……、まあ、ちょっと」
曖昧に濁しながら双葉はそう答える。理由はあまり言いたくはなさそうだ。
ただ、元々少し遅くなるということはメッセージで伝えられていたため問題ない。
「……? まあいいか。行くぞー」
「は、はい。行きましょう! ……ってあれ?」
「どうした?」
「それって……」
双葉は俺が持っているシューズケースに視線を向け、呆けた表情をしていた。
「ああ、どうせ双葉は練習に付き合ってって言うと思ってな」
「流石先輩! 私のことわかってる!」
「ってか、ジャージにも着替えてるぞ」
「た、確かに!」
双葉を待っている間、俺は動きやすいようにジャージに着替えていた。
半袖半ズボンだが、それは文化祭を回っている時も半袖と制服のズボンを折り曲げているため見た目的には似ている。それもあってあまり気にしていなかったのかもしれない。
「まったく……、なんで双葉はこういう時に俺を誘うのか……」
普段は凪沙を誘っていることが多いが、何故かイベントごとの時は俺が誘われている。
今回の場合、凪沙はクラスの中心として、率先して出し物に関わっているため忙しいといた。そのため俺を誘ってくるだろうという予測がついていたのだ。
「先輩のことが好きですからねー!」
「あー、はいはい。行くぞー」
「ちょっと、先輩!」
ふざけた口調で笑っている双葉を置いていこうとすると、焦ったように追いかけてくる。
まるで親鳥の後ろを追いかける雛鳥のようで、俺はたまらず笑ってしまった。
俺たちは学校を後にし、いつもと同じバスケットゴールのある公園に足を運んだ。
少しずつ体を動かし、俺たちはボールを触り始める。
双葉との練習は、練習というだけあって遊び感覚は一切ない。そもそも本気でしなければ、現役でしかも全国区の双葉には敵うはずもないのだ。
徐々に体が温まってくると、俺たちは自然な流れで1ON1を始める。あまり頻度は高くないが、練習に付き合う時の流れはこんな感じだ。その流れに沿った感じとなっている。
俺は受験が控えているとはいえ……むしろ、受験を控えているからこそ気分転換にバスケをすることが増えた。
体を動かして、
そしてしばらく俺たちは1ON1を続け、だんだんと息が切れ始める。序盤は軽めだったため、アップに近い感じだ。
「先輩ー」
「なんだ?」
「今日はちょっと本気でしたいんですけど、いいですか?」
「……体力が持つならな」
いつも本気に近いが、怪我をしない程度にセーブはしている。
そう言うということは、俺にも本気でかかってこいということだろう。
体格は俺の方が有利だが、所詮俺も男子の中では平均……バスケット選手と比べると小柄な方。
双葉も同じくだ。
しかし、お互いにプレースタイルは、その小柄ということを活かしたプレーをする。
元々双葉に教えたのは俺だが、すでに俺は超えられているだろう。
だからこそ、
「じゃあ、行きますよ……」
双葉の攻撃から始まる。
想像よりも上、という想像はしている。
だからこそ、俺は気を抜かずにディフェンスする。
しかし、双葉はその想像よりも上だった。
「私の得点ですねー」
視線でフェイクをかける……というフェイクだと思わせて、フェイクではなかった。……と思わせるフェイクだ。
ややこしいが、結局は視線を向けた方向とは違う方向が、双葉の進んだ方向だった。
「次は俺だな」
俺はドリブルをしながらゆったりと進み始める。
そして……、
「えっ!?」
突然シュートを放つ。
やや遠い距離だが、揺るぐことなくボールはリングの中に落ちた。
今からバスケ部に入るなんてことはもちろん考えていないが、俺がバスケをする大半の理由は双葉だ。
双葉の練習相手になるために、俺は新しいことに挑戦してみたいと思ったため、一人で体を動かすときは徹底的にロングシュートの練習をしていた。
元々それなりに得意だっただけに、現役の時より精度は落ちているがそこそこ決まる。さらに体格差があるため3、シュートを撃てば双葉は止められなかった。
「体格差がある相手との一対一。双葉の弱点だな」
「むむむ……。やったりますよ!」
そして俺たちは、心行くまでこの1ON1を楽しんでいた。
「はあ、はあ、……先輩卑怯ですよ!」
「体格差で、勝てないならまだまだ、だぞ」
お互いに良きが切れて座り込んでいる。
俺なんかは特に体力がないため、そのまま後ろに倒れこんだ。
「俺くらいの身長なら、全国にはいくらでもいるだろ?」
「そうかもですけどー」
俺の身長は170センチ程度だ。男子的には平均辺りで女子的にはあまりいない。しかし、バスケやバレーなどをしている人は、特に全国レベルとなると高身長の人が多いのだ。
双葉そんな相手と戦うため、俺くらいの相手がちょうどいいとも言える。
「でも、ちゃんと勝ってるじゃん」
「ギリギリですけどねー」
俺と双葉の対戦の結果は、15対13で俺が負けていた。
双葉の弱点を攻めたとはいえ、俺もパワープレーは得意ではない。ロングシュートの調子は良かったが、体力が落ちてくると極端に精度が悪くなるのが難点だ。
「先輩に勝てると、やっぱり嬉しいですね」
「前から勝ててただろ」
「そうですけど、ちゃんと練習した先輩って久しぶりじゃないですか」
「確かに。……まあ、ちゃんとって言っても週に一、二回くらい軽くだけどな」
そうは言ったものの、確かに練習しているのと練習していないのではやはり違う。
双葉の動きに、多少なりともついていけるようになっているのだ。
「先輩。勝ったので何かご褒美ください」
「ご褒美って……なんだ、ジュースでも奢ればいいか?」
俺はそう聞き返しながら起き上がる。
「いえ、ちょっと聞いてほしい話があるんですよ」
「何? 相談とか?」
「いえ、違いますけど……。話を聞いてくれるだけでいいんですが……」
歯切れが悪く、口ごもっている双葉に疑問を覚える。
何か言いたいことがあるにしても、俺は双葉の様子が不自然に感じていた。
そして、もじもじとしながらも、双葉は口を開いた。
「だいぶ前の話ですけど、聞いてほしいことがあるって言ったこと覚えてますか?」
「ああ、確か前もこうやってバスケしてた時だったよな?」
「そうです。最初は中学生の時に言ってたことですけど」
「そうだったな」
もうあれから半年以上は経っている。確か冬くらいだっただろうか。
その後もクリスマス前に話が出た気もする。
「その話をしたいってこと?」
俺が尋ねると、双葉はこくりと頷いた。
「答えはわかってるんですけどね」
「そうなのか?」
「はい」
わかっていて話すということは、何故なのだろうか。
そもそも、話と言っているが俺が答えを返すこととなると……。
俺は緊張で、体を動かしたのとはまた別の汗が噴き出してくる。
また、違う意味で体中……胸の底から熱くて仕方なかった。
「先輩……。好きです。付き合ってください」
双葉の口から溢れた言葉。
恥ずかしそうに頬を赤らめている、その表情と真っすぐな視線。
綺麗で濁りのない眼差しに、吸い込まれそうになっていた。
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