第133話 かのんちゃんは回りたい!

 それぞれが屋台での食べ物を楽しんだ後、俺たちは再び合流しると文化祭を回り始めた。


「どこがいいかなー」


 文化祭のパンフレットを見ながら、花音は楽し気に考えている。


「近いし、まずは体育館でバンドとかは?」


「うーん……、あんまりわからないし、クラスの出し物が良いかな。……颯太くん、凪沙ちゃんのところはどうだったの?」


「あぁ、文化祭にしてはいい出来だったし、普通に楽しめたよ。射的はないけど代わりにボール投げとか、輪投げとかあったし」


「第一候補だね。他はどうだろう」


 そう言いながら、花音はいくつかの候補を出し、流れに沿って回ることとなった。

 まずは美術室の展示、教室を使った脱出迷路、凪沙たちのクラスの縁日など、あまり長い時間はできなかったものの楽しむことができた。

 また、若葉の希望でバンドも少しだけ見に行った。バレー部の部員がバンドを組んで出演するためだ。


 バンドが終わり、俺たちは再び校舎に戻る。

 すると、前方には見慣れた人物……そして少しばかり変わった、去年までこの校舎で一緒に過ごしていた美咲先輩が目に映る。

 美咲先輩も俺の方に気付いたようで、驚いた表情を見せると笑いかけてきた。


「みんな、揃ってるね」


「何ですかそれ」


「君たちはだいたいいつも一緒にいるからね。わかりやすい」


「そうなんですか?」


「今日も何回か遠目に見かけてたよ。人混みもあったし、声は掛に行けなかったけど」


 確かに夏海ちゃんからは、美咲先輩が来ていることを聞いていた。しかし、広い校舎の中でも、意外にも近くにいたというのだから驚きだ。

 俺としては忙しい美咲先輩のことだから、すでに帰っていてもおかしくないと思っていたのだ。


「連絡くれたらよかったのに」


「最初は来る予定じゃなかったからね。双葉に呼ばれて、半強制的にって感じだよ」


「そこは夏海ちゃんじゃないんですね。というか、双葉にそんな強制力があったとは……」


「まあ、ちょっと話しておきたいことができたから、無理やり時間を取って来たってところだよ」


 以前から双葉と美咲先輩が仲良くなっていたことは知っていたが、そこまでの影響力があるとは思っていなかった。

 予定を変えてまで来たということは、それほど大切な用事だったのだろう。


「あ、うちのクラス来てくれました?」


「行ったよ。でも颯太くんたちはいなかったね」


「俺たちは昼くらいまでしかシフトじゃなかったですから、昼過ぎとかですかね?」


「そうだね。……っと、あんまり長く話していてもあれだし、私はこの辺で失礼しようかな」


 そう言って美咲先輩は、俺の後ろにいる三人に目を向けた。

 三人は美咲先輩と話さないこともないが、特に話すのは俺のため二人で話し込んでしまっていた。


「それじゃあ、また」


「うん。四人とも、最後の文化祭楽しんで」


 美咲先輩はそう言うと、人混みの中に消えていった。


「……美咲先輩、雰囲気変わったね」


「確かにそうかも」


「高校生になってからもそうだけど、今は特に。中学時代って、もっとキリっとしたイメージだったけど、何かあったのかな?」


「……どうだろう?」


 俺には心当たりがあったが、とぼけたように返事をする。しかし、三人ともそれには気付いていない様子だ。

 ……美咲先輩が変わった理由。自惚れでなければ、卒業式の後のことが関係していると俺は思っていた。


「そう言えば双葉ちゃんの話出たけど、双葉ちゃんたちのクラスって明日行くんだよね?」


「うん。今日はお互いにクラスでの仕事の時間が被ってたからな。明日は夕方らしいし、俺たちは午前中だから、丁度いいんじゃないかって」


「なるほどね」


 明日は午前中に双葉が俺たちの和装喫茶に来てくれる。そして俺たちも、双葉たちのクラスに行くという話になっていた。


「……それで、双葉ちゃんのクラスってお化け屋敷だったよね?」


 花音は恐る恐る聞いてくる。

 そうだ。双葉のクラスの出し物はお化け屋敷だった。


「あれ、花音ってお化け苦手?」


「暗いところとかは平気なんだけど、驚かせに来る前提だからあんまり得意じゃないんだよね。もちろん楽しみだけど」


「本宮、考えてみろ。お化け屋敷は怪我とかしないように作られてるから、むしろ安全だぞ」


「そういうことじゃないから! それに、それって遊園地とかのお化け屋敷の話だよね!?」


 遊園地のアトラクションなどのお化け屋敷は、怪我人が出たら営業停止となってしまう危険があるため安全だと主張する人がいる。

 実際にそうなのだろうが、文化祭レベルのお化け屋敷と一緒にしてはならない。

 もちろん細心の注意は払っているだろうが、商業目的と学校の催事では全く別物なのだ。


「……っていうか、怪我とかそういうことを気にしてるわけじゃないからね?」


「なんだ。そうなのか」


「それに藤川くん。安全とか言うなら絶叫マシンも安全だから」


「馬鹿言え。俺が怖いのは危険だからとかそういうのじゃない」


「虎徹……、ブーメラン刺さってるよ……」


 こうやって会話をしながらもしばらく文化祭を回る。

 時間は早いもので、気付けば一日目が終わりを迎えようとしている。

 もう夕方。まだ九月の下旬に差し掛かったところのため、日は長い。それでも時間が来れば文化祭は終わるのだ。


「あ、先輩たちじゃないですか」


「お、双葉か」


 夕方になって初めて、先ほど話にも出た双葉と遭遇した。

 双葉はお化け屋敷の名残なのか、軽めのゾンビメイクをしていた。


 文化祭を回る時間帯はほぼ一緒のはずだが、こうも会わないというのは不思議だ。


「今日、全然会わなかったな」


「色々回ってましたけど、ちょっと野暮用で回ってなかった時間もあったので」


「そうなのか。……あ、美咲先輩とも会ったけど、双葉が呼んだらしいな」


「そうなんですよー。野暮用って言ったのも、実はさきさき先輩と話したいことがあったって感じです」


 どうやら二人はすでに会っていたらしい。

 美咲先輩からは聞いていなかったが、話す理由もないため納得する。


「あ、先輩方、明日は来てくださいねー」


「う、うん……、そのつもり」


 花音は震えながら答える。

 虎徹は高見の見物と言わんばかりに愉快そうだが、気付いた花音がすごい目で見ていたため何も言わないでおこう。


「おっと、私はそろそろ行きますね!」


「何かあったの?」


「ゾンビみたいに徘徊して、お化け屋敷を宣伝してるんですよー」


 ――メイクはそのためか。


「もう夕方だから意味なくないか? そもそも徘徊するだけで宣伝になるか?」


「大丈夫ですよ……ほら!」


 そう言って双葉はドヤ顔で背中を見せる。

 背中には『2ー6お化け屋敷!』と張り紙が貼られていた。


「罰ゲームみたいだな……」


「さっきジャンケンして負けた罰ゲームですよー」


「罰ゲームだったか……」


 不憫に思ったが、双葉は楽しそうなので何も言うまい。


 双葉は「では!」と言い立ち去ろうとしたが、再び立ち止まった。


「あっ、颯太先輩。文化祭の期間、練習できないので後で付き合ってください!」


 そう言うだけ言うと、返事を聞く前に去っていく。


「……ドンマイ」


 虎徹に肩を叩かれる。

 ただ……、


「まあ、想定内なんだよなぁ……」


 長い付き合いだ。

 双葉の考えることがわかってきている自分に笑えてくる。

 そして、実は俺も乗り気で準備をしてきていた。

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