第132話 かのんちゃんは選びたい!

「ねえ颯太くん……」


「花音……? どうした?」


 真剣な眼差しで見つめられ、俺は緊張感で喉が詰まる。

 そして花音の口から出た言葉は……、


「たこ焼きか焼きそばどっちがいいと思う?」


 どうでもいい話だった。




 四人で文化祭を回り始め、真っ先に向かったのは食べ物が売っている屋台だ。


 文化祭というだけあって、屋台には様々な食べ物が売っている。

 そして、花音はそんな食べ物の中から絞りに絞って、たこ焼きと焼きそばで悩んでいたのだ。


「花音って祭り好きだよな……」


「だってさ、今まで行くことってそんなになかったし、『お祭りと言えば』っていうものにテンション上がっちゃうんだよ!」


「わからなくもないけどさ……」


 ――真剣な表情で言われたら勘違いするだろ!


 文化祭での浮かれた気分が伝染したのか、俺もどうやら浮かれているらしい。

 花音の一挙一動にドギマギさせられていた。


「うーん……、やっぱりフランクフルトも鉄板だよね」


「それなら全部食べればいいじゃん……」


「流石に食べれ……なくはないけど、太っちゃうしなぁ。颯太くん、半分こしない?」


「なんで俺なんだ。若葉は?」


 俺がそう尋ねると、花音は無言で視線を別の方向に向ける。その視線を追うと、若葉は虎徹と仲良く半分こしていた。

 幼馴染という長い付き合いの二人はシェアすることは慣れている。それに付き合っているなら、こういうことをしてもおかしくはない。


「はあ……、別にいいけど」


「よし、じゃあ全部買って来る!」


「お、おう。……って早っ!」


 食べると決まったら花音はすぐに屋台の列に並び始めた。

 いつもの流れからすると、半分払うと言っても受け取ってくれなさそうだ。

 せめてと思い、俺も別の屋台に並ぶ。


 屋台は人の割には回転率が早く、予想よりも早く順番が回ってきた。

 並んでいるのはたこ焼きで、一気に作るからだろう。動き出すと早かった。


 しかし、ちょうど俺の前で作り置きがなくなった。


「いらっしゃい! ……って、青木くんか」


「お疲れ様」


「いやー、ここ暑くてたまらないよー。あ、ちょっと待ってね、今焼いてるから」


 残暑と調理の熱で、屋台の中は暑いのだろう。綾瀬は額から汗を滲ませていた。


 俺は代金を支払いながら、綾瀬に労いの言葉をかける。


「青木くんは私のために買いに来てくれたのかなー?」


「並んでる途中には気付いたけど、並ぶ前は気付かなかったぞ」


 からかうように笑っている綾瀬に対して、俺は冷静に返した。

 そんな綾瀬は「つまんないのー」と唇を尖らせている。


「そうだ、青木くんって空いてる時あったりする? せっかくだし一緒回りたいなって」


「うーん……、今日は無理だけど、明日の昼前なら時間あるかな」


「了解。じゃあまた回ろー」


 明日も今日と同じような時間帯でクラスの和装喫茶の仕事がある。そのため、今日と同じくらいの時間の余裕はあった。


「碧ー、できたー」


「はーい。……へい、お待ち」


「ありがと。じゃあ綾瀬、頑張って」


「ありがとー」


 俺はたこ焼きを受け取ると列から外れる。待っている間ならまだしも、用が済んだのに長々と話してあると迷惑になってしまう。


 そして買った後に花音を探すと、焼きそばとフランクフルトを買い終えており、両手が塞がっている。


「……祭りを満喫してる子供みたいだな」


「高校生なので、まだ子供ですよー」


「まあ、間違いないけども」


 未成年という点では子供だが、そんなマジレスが返ってくるとは思ってもなかったため苦笑いする。


「代金半分払うけど……」


「私が食べなかったので受け取りません」


「……言うと思った。明日なんか奢るからな」


 普通なら逆なのだろうが、何故か俺たちはお互いに奢り合おうとする。

 そんなやりとりもこれはこれで楽しいのだが。


「じゃあこれ、フランクフルト。あーん」


「あーん。……って食べるか」


「えー」


 そんなことをしたら周りの男子からどんなことをされるかわからない。

 半分こ……つまり間接キスをしてしまうだけでも視線が怖いのだ。

 現に花音と話しているだけでも、周りの視線は十分痛かった。


「どこか座る?」


「そうだな。……って、虎徹と若葉は?」


「あっち行ったよ」


 両手が塞がっている花音は視線で方向を示す。

 少し離れたところで二人は満喫していた。


「邪魔するわけにはいかないしな」


「そりゃあね。ちょっと離れたところだけど、体育館裏なら座れるかも」


「……そうだな」


 体育館の入り口付近は段差があり、小さな階段となっている。そこなら座れるだろう。


 しかし、つい先ほど夏海ちゃんに告白された場所ということもあり、俺はもやがかかったような気分になる。


 もちろん花音はそんなことを知らない。虎徹と若葉にメッセージだけ送ると、俺は何を言うこともなく体育館裏に向かった。




「ねえねえ、颯太くん」


「どうした?」


「何かあった?」


 花音はたこ焼きを「あちち」と頬張りながら、そう尋ねてきた。


「なんでそう思ったんだ?」


「いや、なんかさっきから微妙そうな顔してるから。私は心当たりないし。私が何かしてたならちゃんと謝りたいしさ」


「……花音が悪いとか、そういうのじゃない」


「そう? でもその言い方だと、私に関係してることってことだよね?」


 俺は返答に困っていた。

 花音が言うように微妙な気持ちになっているのは確かで、その大部分は夏海ちゃんの告白によるものだ。

 しかし、いつものことのはずなのに、花音が告白されたということも複雑な心境だった。


「……花音はさ、俺に彼女ができたらどう思う?」


「……告白でもされた?」


「まあ、そんな感じ」


「そっかそっか。……応援はする、かも? でも遊び辛くなるのは嫌かな。相手が双葉ちゃんとかならみんなで遊べたりもするし、いいのかも」


「そう、か」


 なんとなく、嫌な気分になった。

 何故かはわからない。……いや、わかりたくもない。


「颯太くん、彼女できたの?」


「できてない。文化祭で付き合うとかそういうの多いし、ふと気になっただけ」


「確かに告白とか多いよねー、私もさっきされちゃったし。もちろん断ったけど」


 わかってはいたが、その一言だけで俺はやけにホッとしていた。


「この人しかいないってくらいの人だったらまだしもさ、適当に付き合ったりしたら今の四人の関係壊れちゃうし」


「それもそうだよな」


 虎徹と若葉は付き合うべくして付き合った。

 さっき花音が言ったように、俺たちの輪に入れる双葉のような人ならまだしも、他の人であればどこかで問題が起こるのは目に見えているのだ。


「颯太くんがどうしても彼女ほしいって言うなら応援するけどさ」


「別にそういうわけじゃないけど……」


「そう? まあ颯太くんって、私のこと大好きだもんね」


「はいはい」


「適当だなぁ」


 花音の冗談を流しながら、俺は残りを食べ進めた。


 そして俺は、やけに晴れやかな気分になっていた。

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