第131話 城ヶ崎夏海は真剣に伝える

「そう言えば、お姉ちゃん来てますよー」


「そうなの?」


「はいー。さっきもお兄さんとは入れ違いですけど、うちのクラスに来てくれてましたー」


 美咲先輩からは特にそんな連絡はなかった。

 ただ、妹の夏海ちゃんに会いに来ただけだからだろうが、少し寂しくも思ってしまう。


「また見かけたら声でもかけてあげてくださいー」


「そうするよ」


 そう言いながら、俺はステージ上の面白いのかわからない漫才を見ていた。




 夏海ちゃんは体育館で行われているステージが見たかったようだ。

 ステージでは漫才をしたり、バンドをしたり、マジックをしたりと内容は様々だ。

 有志の生徒があらかじめ応募していて、文化祭の実行委員会がプログラムを組んでいる。中にはスペシャルゲストとして有名人も来るらしいが、まだ時間は当分先だ。……もっとも、一番人が来る時間でもあるため、俺は見に来るつもりはないが。


「二十分ってあっという間ですねー」


「もうそんな時間? って、まだ十五分くらいじゃん」


「そうですよー。でも別のところも回りたいので、ちょっと出ませんかー?」


 夏海ちゃんはそう言いながら俺の腕を掴むと、いざなうように引っ張ってくる。

 俺は夏海ちゃんに引っ張られるまま、体育館を後にした。


 それから夏海ちゃんが向かったのは、人が少ない体育館裏だ。このあたりは文化祭に使われていないため、ほとんど人は来ない。


「……なんでこんなところに?」


「人が多いの疲れたので、ちょっと休憩ですよー」


「そっか」


 文化祭では外部からも人が来ているため、とにかく人が多い。

 こういう場所でもなければ、休める場所はないのだ。


 完全に夏海ちゃんの言葉を信じていた俺だが、どうやら本当の理由ではないらしい。


「……っていうのは嘘で、話をしたくてー」


「話?」


「はいー」


 なんとなく想像はできている。それでも俺はとぼけるふりをした。

 ……叶うことなら、その言葉を聞きたくなかったから。


「お兄さんのこと好きなのでー、付き合ってください」


 俺はその言葉を聞いて黙り込んだ。

 ことあるごとに……と言うほどではないが、会うときの二回に一回くらいは告白をされている。

 ここ二カ月ほどは夏休みや文化祭の準備があったため、そんな機会もなかった。


 だからこそ、俺の気持ちに整理をつける時間もあったのだ。


「……ごめん。夏海ちゃんの気持ちには応えられない」


「そうですかー。じゃあ、また改めて――」


「悪いけど、改めても答えは変わらない」


「……っ!」


 今までは夏海ちゃんが好きでいたいからと言っていたため、強くは拒まなかった。

 俺に意識させるための先制攻撃だと夏海ちゃんは言っていた。


 しかし、俺の気持ちはもう固まっていたのだ。


「何を言われても変わらないよ。やっぱり夏海ちゃんの気持ちは受け入れることができない」


「そう、ですかー」


 いつものように間延びした口調の夏海ちゃんだが、そこに覇気はなかった。


「……でも、最後にもう一回だけ言わせてくださいー。私の気持ちを整理するために」


「……わかった。答えは決まってるけど、それでもいいなら」


「はいー。いいですよー」


 いつもの調子で夏海ちゃんは言った。

 そして、いつもとは違う真剣な眼差しで、俺の目を真っすぐに見て言った。


「颯太さん、好きです。付き合ってください」


「ごめんなさい」


 ゆったりとした雰囲気とは違った真面目な雰囲気は、姉妹というだけあって美咲先輩と似ていた。

 そんな視線を向けられて、俺は少しぐらついてはしまったところはある。

 好きな人じゃなければ付き合いたくないというこだわりさえなければ、付き合っていたかもしれないというほどには気持ちが傾いていたのだ。


「……もう好意は向けないので、先輩として話しかけてもいいですかー?」


「それくらいならいいよ」


 普通の先輩後輩の関係や、友人関係としては嫌いなわけではなかった。

 恋愛感情を向けられることはうんざりしていたところはあったが、それだけで夏海ちゃんのことを嫌いとは思えない。むしろ好きな方だ。

 決まった友達というものができない凪沙も仲良くしているのだ。それだけ夏海ちゃんが良い子だと言えるほど、俺は一人の人間として夏海ちゃんのことは好きだった。


 こうして、短くも長い約半年の恋心は、あっけなく文化祭の喧騒とともに消えていった。




「お待たせー」


「珍しく遅かったな。なんかあったか?」


「いや、人が多すぎて動きにくくて」


「颯太が遅れるほどって、よっぽどだねー」


 たった二、三分だが俺は四人での待ち合わせに遅れていた。

 夏海ちゃんからの本気の告白の後、しばらく一人で黄昏ていたのだ。

 感傷に浸っていたと言うべきだろうか。


「あれ、そう言えば花音は?」


 もう花音と若葉のシフトは終わっている。現に若葉は着替えを終えた状態で虎徹の隣を陣取っていた。

 しかしそこに花音の姿はない。


 そして俺がそう聞くと、若葉は微妙そうな顔をしていた。


「あー……、ちょっとね」


「ん?」


「まあ、本宮だからな。周りの男子も文化祭の雰囲気に充てられたんだろ」


「……なるほど」


 最近は少なくなったと言っていたが、花音が告白されるのは相変わらずだ。


 こういうイベントで彼女が欲しい……しかも花音のような美少女な彼女という気持ちはわからなくもない。

 ただ、花音ならお断りをするだろう。

 それでも花音もイベントごとということもあって、その空気に充てられているかもしれないという一抹の不安を感じていた。


 数分も待たないうちに花音は戻って来る。


「ごめんね、お待たせ。……颯太くんも戻ってたんだ」


「あぁ……、うん」


「どうかした?」


 変な反応でもしてしまっただろうか。

 自覚はなかったが、花音は俺の反応に疑問を持ったようで首を傾げている。


 やがて何かに勘付いたのか、口角を上げながら微かに笑う。


「あー、もしかして私が告白オッケーしてると思った?」


「……別に」


「私が誰かと付き合うんじゃないかって不安だったんでしょ?」


「……なんで俺が不安に思わないといけないんだよ」


「だってー、颯太くんって私のこと好きじゃんー?」


「……はぁ」


 馬鹿なことを言い出す花音に、俺はため息を吐いた。

 俺の反応を楽しみたいようだが、動揺していないことに気が付いたのか唇を尖らせる。


「……もうちょっと不安がってくれてもいいのになー」


「何? 嫉妬してほしいわけ?」


「あー! かのんちゃんってもしかして……」


 若葉が勘付いたように声を上げると、花音は勢いよく若葉に視線を向けた。

 ……少し目が怖かった。


「私をからかおうったって無駄だよ! 別に嫉妬してほしいわけでもないし、深い意味なんてないからね!」


 ……それなら言うなとツッコミたいのだが。


 しかし、このまま話が終わらないのは困るため、俺は口をつぐむ。


「とりあえず行かない?」


 俺がそう言うと花音は不満そうな顔をしていたが、渋々了承した。




 夏海ちゃんに改めて告白されたこと。

 花音が男子から告白されたこと。

 俺の感情はもうお腹いっぱいになっていた。

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