第130話 城ヶ崎夏海は回りたい
「暑い……」
「同感だ……」
俺と虎徹は教室の端……しかも
今日から二日間は文化祭だ。
俺たち四組は和装喫茶となっており、目玉メニューとして用意された抹茶のパンケーキを焼いている。……パンケーキが洋菓子というツッコミはなしだ。
やはりこういう喫茶店で集客するには女子の力は絶大で、元々理系ということもあって女子が少なめの四組は、ほとんどの女子が接客をしている。男子は一部以外は裏方が多めとなっていた。
俺と虎徹ももれなく裏方で、花音と若葉は接客。唯一の救いは四人で文化祭を回れるように、一日目も二日目もある程度シフトの時間を被らせることができたことだ。
「颯太くん、藤川くん。パンケーキ四枚追加でっ!」
「よ、四枚!? 了解!」
次から次へと注文が入ってくる。
席数を確保するために調理場は教室の端で、調理器具やアイスやドリンクを保管する冷蔵庫が置いてあるため四人で手一杯なのだ。
「青木ー、藤川ー、がんばー」
「……後で覚えとけよ」
「藤川が言うとシャレになんねぇよ」
一緒に裏方になっている山村と中田はアイスとドリンク担当のため、出すだけでいいこともあって余裕の表情だ。
……後で交代した時に痛い目を見ればいい。
「颯太ー、虎徹ー、二枚追加ね!」
「マジかよ」
「文句言わないのー。裏方はシフト短めだからまだいいじゃん」
「仕事量が半端ないんだって」
俺と虎徹は絶望しかなかった。
接客に比べて短めのシフトだが、休む暇もなく二人でパンケーキを焼くというのは苦行でしかないのだ。
ようやく一段落して俺たちは仕事を終える。
「……いつものバイトのがマシだった」
「……マジでな」
解放されたところで動く気にはなれないが、やはり文化祭は楽しみたいと思ってしまう。
「とりあえずどっか回る?」
「いや、俺は休憩するよ。颯太は凪沙のところに行くのか?」
「そうだなー。縁日やってるらしい」
「そうか。……本当に兄妹仲良いよな」
「そうなのかなぁ……」
「兄弟いないから知らんけど、普通なら来るなって言われるだろ?」
確かに年頃の女の子のように毛嫌いされることはない。
アホなことをすれば冷たい目で見られるが、基本的には慕ってくれる。
「大切な妹だしなぁ……」
「シスコンかよ」
「これでシスコンとか、笑わせてくれるな」
「いや、まごうことなきシスコンだぞ」
何故か俺はシスコン認定されてしまう。
……確かに凪沙に彼氏ができたら心を痛めそうだ。それでも幸せならいいとは思っているが。
「まあ、俺はちょっとだけ回っとくよ。四人で行ってもいいけど、せっかくだから一人で見てもいいかもだし」
「そうだな。また若葉と本宮が終わったら待ち合わせするか」
虎徹は疲れ切っているため、どうしても動きたくないらしい。
短い時間だが、俺は一人で文化祭を回ることになった。
「あ、おにい。来てくれたんだー」
凪沙はクラスTシャツの上に法被を着て、頭には鉢巻をしている。完全に祭りムードの装いだ。
「おう、お疲れ。あんまり時間はないけどな」
「いいよいいよー」
花音と若葉のシフトが終わるまでだ。だいたい三十分と少しくらいだろう。
ただ、四人で回る時にも時間があればまた来てもいいかもしれない。簡易的なものだが、結構祭りの雰囲気が出ているため、結構楽しめそうだ。
「凪沙は何をしてるんだ?」
「私? 総監督みたいな感じ」
――よくわからん。
「まあ、売り上げ管理とか忙しい時のヘルプだね。見ての通り平和だからそんなにやることないけど」
祭りと言うにはあまり賑わっていない。完成度が高いだけにもったいない気もする。
「あっ、そういえば夏海ちゃんは輪投げの当番してるよ」
言われる前から気付いていた。
夏海ちゃんは「へい、らっしゃいー」とのんびりとした口調で普段は言わないような言葉を言っている。祭りではあるが、普段の話し方の癖が抜けないのだろう。
そして俺の視線に気がついたのか、満面の笑みで手を振ってくる。
せっかくだ。凪沙も仕事に戻らないといけないため、俺は夏海ちゃんが当番をしている輪投げのところに向かう。
「お兄さん、来てくれたんですねー」
「凪沙の様子を見にだけどね」
「なるほどー。私たちはなぎの下っ端でありやすー」
「なんだその話し方」
なんと言うか、時代劇で日本語を覚えた外国人のような話し方だ。
「そんなことよりお兄さんー」
「お、おう?」
とてつもない急カーブのような話の切り替わり方だ。
「このあと暇ですか?」
「ええと……、二十分くらいなら」
早めに戻ることを見越して、俺はあえてゆとりを持って時間を申告する。実際には三十分近くあるが、念のためだ。
何故か夏海ちゃんは、俺に時間があると知ると満足そうな表情を浮かべていた。
「それならー、一緒に文化祭回りませんかー? もうすぐ交代の時間なのでー」
「……時間までなら」
拒否する理由は特にない。俺は夏海ちゃんの提案を受け入れた。
……ある意味良い機会でもあったから。
「とりあえず、輪投げ一回やっていい?」
「まいどー」
俺がお金を渡すと、眠たくなるような声で夏海ちゃんは言う。
輪投げは一回百円。一見安く思えるが、ハズレの場合は数十円の駄菓子のため、なかなかに高い買い物になりそうだ。中には高価な景品もあるが、十回投げて九個ある棒に全て入れなくてはいけない。
あくまでも遊戯代と考えておいた方がいいだろう。
ビンゴをしたらちょっといいお菓子のため、せめてそれくらいは狙いたいところ。
しかし一投目、二投目と外してしまう。三投目でようやく入ると、そこからは入ったり外したりの繰り返し。
結果的にはビンゴを二つ作れて、なんとも言えない景品をもらえた。
「ポテトチップスか……」
好きだが、スーパーで買ったら百円はしないだろう。
ただ、絶妙に難易度がある輪投げ自体は楽しかったため、これはこれでアリかもしれない。
「そろそろ時間なので、ちょっと待ってて下さいー」
「了解。外で待ってるよ」
他ももう少し見たいところだが、それはまた四人できた時でもいいだろう。
そう思った俺は、ポテトチップスが入ったビニール袋を片手に、教室の前で待っていた。
数分もしないうちに夏海ちゃんはやってくる。
法被は脱いでいたが、クラスTシャツを着ている。……それは俺も同じだが。
「じゃあ、行きましょー」
俺たちは、夏海ちゃんが行きたい希望通りに文化祭を回り始めた。
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