第120.5話 春風双葉を祝いたい!

「何か欲しいものあるか?」


 六月上旬。

 次の授業のために教室を移動している最中の休み時間。双葉を見かけた俺は話しかけていた。

 いつもは双葉の方から声をかけてくることが多いが、今日に限っては俺の方が用事があったため声をかけたのだ。

 少しの間、たわいもない話をした後、俺は双葉にそう尋ねた。


「え? どうしたんですか、突然」


 双葉は驚いたように、いぶかしげな表情を浮かべる。

 話の脈絡がなさすぎた。


「いや。今月って双葉の誕生日だろ? プレゼントを買うにしても、失敗したくなくてな」


 花音の誕生日はサプライズだったが、俺自身はサプライズをするというのはあまり得意ではない。

 冬であればマフラーや手袋などが定番と言えば定番だが、夏となればどうも思いつかない。

 夏は水着のイメージが強いが、先輩から後輩……それも男子から女子となればただのセクハラにしかならないのだ。


 せっかく用意するのだ。

 できるなら本人が希望するものを用意したい。

 しかし学年が違う以上、双葉とはどうしても話す機会は少なく、欲しいものをリサーチする時間もない。

 そのため、こうして直接聞くことにした。


「う、うーん……」


 ただ、双葉も俺の質問に頭を抱えている。

 突然言われて思いつくものでもなければ、双葉は積極的だが律儀な性格のため一方的に買ってもらうということに遠慮してしまうのだ。


 あとは、金額面でもどの程度のものがいいのかというのもあるだろう。

 予算もある程度考えてはいるが、それはそれで選択肢を狭めてしまうため、俺は伝えない。余程高いものでもない限りは良いかと思っていた。


「まあ、急ぎじゃないから考えておいてくれ」


 まだ六月に入ったばかりだ。

 双葉の誕生日である六月二十八日までは時間がある。


 俺はそう言い残して教室に戻ろうとすると、双葉は「ま、待ってください!」と言い、腕を掴まれる。


「これが欲しいとかないので、一緒に出掛けませんか?」




 六月下旬。

 体育祭も終わってしばらくした後、双葉との予定が合ったため俺たちはいつものごとく駅前に繰り出していた。


「えっと、どこに行きたいんだ?」


 双葉の誕生日祝いという名目のため、今日は双葉が行きたいと言うところに行くことになっていた。

 しかし、まだ行先は聞いていない。


「まあ、適当にブラブラするだけですよー」


「ええ……」


 そう言った双葉に俺は着いていく。

 本当にブラブラするだけだ。

 思い立って映画を見たり、ゲーセンに立ち寄ったり、あとは俺のおすすめのマンガを本屋へ見に行ったりだ。


「あ、ここも寄りたいです」


 双葉はそう言ってスポーツ用品店を指差す。


「何か欲しいものとかあったか?」


「欲しいもの……って言うか、見たいものですね」


 話しながら、俺たちはバスケ用品のコーナーに入っていく。

 壁際にはシューズがあり、棚にはボール、ラックには練習着がかけられている。

 棚には他に家用のバスケットゴールなどもあるが、双葉の家には既にある。


 双葉は迷わずバスケットシューズの前に行く。


「バッシュ、もう駄目になった感じ?」


 早々悪くなるものではないとはいえ、シューズも消耗品だ。

 それに双葉は練習量も多いため、他の人に比べるとすぐに悪くなる。


 しかし、今回の目的はそうではないらしい。


「いえ、屋内用は大丈夫なんですけど、屋外用も欲しいなって」


「ああ、屋内用を使うわけにもいかないしな」


 主に体育館や試合会場などで使うシューズを外では使えない。

 言ってしまえば悪くなるからだ。


 ちょっとした砂や砂利などが残っていれば滑りやすくなってしまう。

 例えば練習中にボールが体育館の外に出てしまったということがあっても、基本的にシューズを脱いで取りに行くのはバスケ部として常識のようなものだ。

 綺麗に拭き取ったつもりでも意外と残ってしまうということもあった。


 ただ……、


「部活がほとんどなのに屋外用っているのか?」


「それが結構いるかなって思うんですよ。特に最近なんかは凪沙ちゃんと公園で練習するので、普通の運動靴じゃ怪我しそうで」


「ああ……」


 軽く練習するくらいならまだしも、双葉と凪沙がする練習は本気ガチだ。

 バスケに専用のシューズがあるのは膝や脚への負担を軽減するソールが入っているからのため、普通の運動靴では怪我をしかねない。

 凪沙は高校に入ってから道具を一式新調したため、中学生の頃のものを外用として使っていた。

 双葉の場合、去年に凪沙とたまに練習する際は使っていたが、流石にもう駄目になったらしく、今は普通の運動靴だ。


 双葉がシューズを眺めていると、俺もその近くで気になったものを手に取る。


 軽くでも体を動かしたいと言っておきながら、今までやってこなかった。

 この機会に俺も買ってみるのもいいかもしれない。


 ただ、今は後回しだ。


「……なあ双葉」


「何ですか?」


「気になるのあったか?」


 俺がそう尋ねると、双葉は「これとか良いかもですねー」と手に取っているものを見せてくる。

 置いてあった場所に表示されている値段は一万二千円ほど。普段はもう少し高いものを使っているが、外用は安めで済まそうということだろう。……十分高いが。


「さっき試し履きしてみたら結構良かったんですよね」


「そうか。……じゃあ、それ誕生日プレゼントな」


「え!?」


 双葉は驚いた表情をしている。

 本当なら別のものをあげたかったが、色々見て回っても欲しいものはないという。

 予算オーバーはしているが、いらない安いものを上げるよりは多少値が張っても使うものをあげたかった。


「そんな、悪いですよ」


「言っとくが、今拒否っても俺はまた買いに来るだけだ」


「うぅ……」


 顔が若干ニヤいているが複雑そうでもあった。

 嬉しい反面、高価なものを買ってもらうことに抵抗があるのだろう。


 しかし俺も譲れない。


「またバスケしよう。俺も双葉とバスケしたいから、そのために買うっていうのはどうだ?」


 我ながら無茶がある。

 そんなことを言えば、双葉が自分で買えばいい話で、最悪普通の運動靴でもいい話だ。

 俺は思いつく中で、もっともらしい理由を付け加えただけだった。


「……わかりました。ありがたく頂戴します!」


 ちゃんとしたもの……かはわからないが、プレゼントを用意できて良かった。


 買ったシューズを渡すと、双葉からは複雑そうな表情は消え、残っていたのは満面の笑みだけだった。

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