第121話 またこのパーティーをしてみたい!

 誕生日当日。

 誕生日とは言っても、特に変わったことはしない。

 すでに夏休みは一カ月ほど経過しており、十分というほど満喫していた。


 そのため今日は映画を見たり、カラオケに行ったり、ゲーセンに行ったりといつもと変わらない日常を送った。

 この日常が、俺にとっては楽しい一日でもあるのだから。


 そしていつものように駅前で遊んだ後、俺たちは四人揃って帰っている。


 夏休みは十分満喫した。

 しかし、楽しいことがあれば飛びつきたくなるのは仕方ないだろう。


「あっ。もうそんな時期かぁ」


 近くのスーパーで買い物をした後、外の掲示板に貼られているポスターに目を向け、若葉はつぶやいた。


 夏休み最終日……正確に言うと三十日と三十一日の二日間だが、駅前一帯で夏祭りが開催される。

 花火は上がらないが、地域では一番盛り上がっている祭りで、遠方からも人が来るほど大きな祭りだ。


 近場ということもあって俺たちは行きやすい。若葉は部活があるが、夏休み最終日ということもあって早めに切り上げるのだ。

 去年はまだ花音と仲良くなる前だったため三人だったが、夕方なら今年も行けるだろう。


「行くか?」


「行く行く! 思ったより勉強進んでるし、息抜きだ!」


「そうだな。……まあ、最終日までは勉強に専念したいところだけど」


「うんうん!」


 三人とも乗り気だ。

 特に去年は一緒じゃなかった花音なんかは目を輝かせていた。


 ――俺も楽しみだ。




 誕生日というだけあって、ただ遊ぶだけではない。

 夕方の程よい時間になると、今日は俺の家に向かった。


「ただいまー」


 俺に続いて三人も「おじゃまします」と言って玄関を上がる。

 すると、部活を終えたばかりの凪沙がジャージ姿で出迎えてくれた。


「おにいおかえりー。みなさんもいらっしゃい!」


 俺に対する態度と三人に対する態度があからさまに違う気がするが……気のせいだと思いたい。


「双葉は?」


「着替えてから来るって。……ちなみに例のブツは?」


「一体どこで覚えたんだよその言葉。……ちゃんと買ってきたぞ」


 俺はそう言いながらスーパーで買ったものが入っている買い物袋を見せる。


「楽しみ! 私も特急で着替えてくるね!」


 そう言って凪沙は階段を駆け上がり、自分の部屋に向かっていった。


「まったく……慌ただしいな」


「でも元気がある妹っていいよね」


「まあ、面白いというか、話題には困らないな」


 振り回されることがないわけではないが、凪沙は基本的によくできた妹のため可愛いものだ。

 兄妹でも友達のような感覚というのか……、他人だったとしても友達になりたいような性格をしている。


「妹いいなぁ……」


 話を深堀しすぎたら花音の持病が発症するだろう。

 最近忘れていたが、兄弟姉妹に憧れている花音にとって妹は劇薬なのだ。


 俺は聞こえなかったふりをしながらリビングに入り準備を始める。

 料理に関しては得意な花音と、以前に花音と対決してからたまに料理をするようになったという若葉に任せるとして、俺はある機械を準備した。


 今日集まった大本命は……たこ焼きパーティーをするためだ。


 俺は事前に押し入れから出してあったたこ焼き機を箱から出し、リビングのテーブルに設置する。

 俺の家も虎徹の家と似ていて、基本的には椅子に座ってテーブルでご飯を食べているが、大人数で集まる際には居間のローテーブルでご飯を食べるのだ。


「あ、颯太。これなんだけど……」


 準備していると、若葉が小包を出して渡してくる。


「初花から。本当は直接渡したかったらしいけど、誕生日当日に渡すってこだわりがあったみたいで。あと、会いたがってたからまた遊びに来てよ」


「おっ、ありがとう。連絡だけでもしておこうかな」


 春休みの期間に一度だけ虎徹の家でゲームをしたが、それ以来会っていない。

 俺は初花ちゃんにメッセージで一言お礼を言い、また遊ぼうと付け加えた。


 若葉がキッチンへと向かうと、入れ替わりに虎徹が声をかけてくる。


「そう言えば最近、城ケ崎先輩と会ったりしてるのか?」


「急にどうした?」


「いやまあ、いつだったかコンビニに行ったときに城ケ崎妹を見かけてな。……まあ、話さなかったけど」


 虎徹は夏海ちゃんに苦手意識を持っている。

 可愛い後輩ということは間違いないはずだが、距離の測り方に戸惑っているようだ。

 ……気持ちはわからなくもない。ギャルっぽい見た目をしているのに似合わず、のほほんとしている。それななのに積極的なため、感情がごっちゃになるのだろう。


「向こうも向こうで忙しいみたいだからまだ会ってないけど、今度会う予定」


 大学生というのは、人によって暇な人と忙しい人がいると聞いたことがある。

 美咲先輩は大学生になってからバイトを始めたらしく、夏休み期間は予定がなかなか合わなかったのだ。


「ちなみに夏海ちゃんとは会ってないな」


「へえ、連絡とか来そうなもんだけど」


「連絡は来るけど、遊びに誘われたりはしないかな?」


 夏海ちゃんは一見適当そうでも、やはり美咲先輩の妹だけあって真面目なところがある。

 今思えば、受験の俺に気を遣ってくれているのかもしれない。


「……なあ颯太」


「何だ?」


「妹の方、どうするつもりなんだ?」


 ――何の話だ?

 ……なんてことは聞かない。

 言いたいことはわかっている。好意を伝えられてから、俺はそのまま引き延ばしているのだ。

 もちろんはっきりと断っているが、積極的に来ている夏海ちゃんを強くは拒んでいない。


 好意を持つのは勝手だ。

 夏海ちゃん自身がそう言っているため、俺が拒んでいても夏海ちゃんは俺に対して思い続けていてくれる。


 それは美咲先輩も一緒なのだが、告白されたことは言っていない。知っているのは美咲先輩から事前に話をされていて、現場を見ていた双葉くらいだ。

 悩んでいるならまだしも、俺の中ではっきりと答えが出ている以上、言いふらす趣味はなかった。


 美咲先輩は連絡を取っていても好意を前面に出すことはなく、あくまでも友達や先輩としての付き合いを続けている。

 ともなれば、問題は夏海ちゃんだけとなってくるのだ。


 俺が黙っていると、虎徹は言った。

 それは心の底ではわかっていたことだ。


「曖昧なままだと、後々尾を引くぞ」


 ――わかっている。

 ただ、俺が告白されること自体経験が少なく、断っていても引かないのは夏海ちゃんだけなのだ。


 だからこそ、俺にはわからなかった。


「そうなんだよな。……でも無下むげにはできないしなぁ」


「いや、妹の方が諦めないって言うならそれは良いかもしれないが、きついのは颯太の方だ」


「俺?」


「ああ、『ない』って思ってても、悩んでるんだろ?」


 その通りだった。

 答えは決まっていても、好意を伝えてくれる夏海ちゃんのことを受け入れてあげたいとも思ってしまう。

 ……受け入れてあげたいなんて、おこがましいかもしれないが。


「颯太は優しいからな。断ってるのは知ってるが、もう一回はっきりと言ったら悩まなくなるだろ」


「……そうだな。一回考えてみるよ」


 もう一度、夏海ちゃんの気持ちを受け入れるか否か、はっきりと答えておいた方が良いかもしれない。

 俺はそう思いながらも、頭の中ではその答えはすでに決まっていた。


 話の一区切りがついた時、階段を駆け下りる音が聞こえる。

 準備を整えた凪沙が下りてきたのだろう。

 しかしリビングには来ず、玄関を開ける音が聞こえた。


「おじゃましまーす!」


 元気よく声が聞こえ、双葉はそのままリビングに入ってくる。


「双葉、参上しました!」


 双葉の声を聞いた俺は、少しばかり考え込んで暗くなっていた気持ちが一気に楽になった。


「部活お疲れ様」


「ありがとうございます!」


「よし、……みんな揃ったし、本格的に準備始めるか」


 花音と若葉が具材を切っていき、双葉と凪沙はタネを作っていく。そして俺と虎徹はその他、テーブル周りの準備をし、サプライズではない俺の誕生日パーティー……俺たちのたこ焼きパーティーは始まった。

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