第107話 かのんちゃんは寝かせたい!
ゆっくりと休みたい日もある。
なんて思っていても、受験が迫った高校最後の夏に、休むことに罪悪感を覚えてしまっていた。
塾に通っていない俺は、家で一人か虎徹の家で勉強会をするくらい。
効率なんてものはわからないため、俺はとにかくできる限りの時間を勉強に費やした。
ただ、遊びたいし、バイトもしたい。
バイトに関しては三年生になってからかなり減らしていたため、長期休暇の夏休みにはできるだけ入って稼いでおきたい。
遊びも息抜きだが、肉体的には疲労するのだ。
さらには少しづつバスケをする時間も作っているため、さらに疲労は激しい。
俺は
「まだ夏休みに入って十日かぁ……」
今日は虎徹の家で勉強会だ。
若葉は部活のため、花音と三人で集まっている。夏休みが残っているにも関わらず、疲れ切ったこともあってそう零した。
「そうだぞ」
「なんか、もう一年分くらい勉強した気がする」
「一年の復習終わったから、まあ間違えではないな」
俺は一年生の頃からの勉強をやり直さなければ受験で点は取れないと考え、三年生になってから復習していた。
夏休みに入って少しして、ようやく一年生の範囲が終わったのだ。
「颯太は器用だけど不器用だな」
「どういうこと?」
虎徹によくわからない相反することを言われ、俺は首を捻った。
「色々と極端って言うか、0か100だよな」
そう言われて言いたいことはわかった。
会話に入っていなかった花音までもが、激しく首を縦に振っている。
「颯太くんって今まで勉強してこなかったのに、夏休み入ってからずっと勉強だよね」
「……言われてみるとそうかも」
プールに行った日ともう一日だけは虎徹の家でまったりした日はあったが、そんな日や双葉や凪沙とバスケをした日を含め、俺は机に向かわない日はなかった。
最低でも一時間、長ければ丸一日、大体五、六時間は勉強している気がする。
「根詰めすぎて体壊すよ? ってことで……」
花音はそう言うと、俺の目の前に広げられていた教科書や参考書を分捕っていく。
「今日は休もっか」
「そうだな」
筆記用具を持っている俺は手のやり場に困って宙を泳いでいる。
休みたいとは思っていてもやる気はあった俺は、この気持ちをどうすればいいのかわからなくなっていた。
「やる気があるのは良いことだよ。でも、疲れてやる気がなくなったら一気にやらなくなっちゃうし、やる気があるうちに休んでおいた方が良いんだよ」
「そ、そういうもんか?」
「うん。ちょっと違うかもだけど、風邪引く前に寝てれば一日で治ったものが、風邪をひいて何日も長引くこととかあるじゃん?」
「まあ、確かに……」
宣言した通り少し違う話ではあるが、一日無理をして数日寝込めばその分時間を無駄にする。
それなら適度に休んで数日間無駄にすることを避けた方が良い。花音はそう言いたいのだろう。
「休むって言っても、何したら……」
「休むんだから何もしなくていいの!」
「……はっ!」
休むというのに、何かをする前提になっていた。
今までなら一日中、ゲームをしたりマンガを読んでだらだらすることはあった。
寝たければ寝て、ゲームをしたければゲームをすればいいのだ。
「颯太くん、最近寝れてる?」
「まあ、ちょっとは睡眠時間減ったかな?」
極端に変わったわけではないが、勉強をしないことが不安になって寝付きにくくなった。
以前なら別の日にまとめて寝ていたりもしたが、今は普段よりも睡眠時間が短い日が続いていた。
「ちょっとメンタルやられてない?」
「そうかも……」
受験ノイローゼ……というのはおこがましいかもしれないが、考え込みすぎていたかもしれない。
花音に言われるまで気付けなかったため、それほどまでに勝手に自分を追い込んでしまっていたようだ。
「とりあえず一回寝たら?」
「えぇ……なんか申し訳ない」
「気にするな。せっかくだから今のうちに昼飯でも買ってくるよ。……二時間くらいかけて」
「長っ! 今十一時だぞ?」
「いいんだよ。二人とも何がいい?」
「えーっと……」
俺と花音は虎徹に買い出しを託した。
パシっている気分になってしまうが、その時の状況次第では一人がまとめて買い出しに行くこともある。
気にしすぎない方が良いだろう。
「……本宮。颯太の見張り任せたぞ」
「任されましたっ!」
花音はそう言って、敬礼のポーズをとった。
「あ、別にイチャついてもいいけど、部屋は汚すなよ?」
「そんなことしないよ!」
流石に人の家でそんなことをする勇気はない。
もちろん、自分の家だろうが花音の家だろうがそんなことはしないが。
それだけ言い残すと、虎徹は財布を持って出かけて行った。
「さて、颯太くんが寝るのを私は見守る係でもしようかな」
「見られてると寝にくいんだけど……」
そもそも、人の家ということや勉強のことなどを考えてしまい、目は冴えている。
この状況から寝付くのなんて、かなり時間がかかりそうで、寝れるかすらわからない。
「んー……、しょうがないなぁ……」
花音はそう言うと、使っていたクッションを座椅子の上に乗せ、その上に足を伸ばして座った。
そして自分の太ももをポンポンと叩いている。
「どーぞ」
俺は思考が停止した。
言いたいことはわかっている。
しかし、まさか膝枕なんて、考えてもいなかったからだ。
「どうしたの? 寝ないの?」
「え、えっと……」
様々な考えが頭の中を駆け巡る。
まず、そもそもの話、花音と二人きりということを改めて強く意識してしまい、緊張してしまう。
そして花音は学校一人気な美少女だ。俺にとっては親友とはいえ、そんな花音の膝枕なんて誰もが喜んで飛びつくようなことだ。
それに、俺は女の子に膝枕をされた経験なんてない。
――友達ならするもの……なわけはないし、親友ならするものなのか?
考えてみても、そんなわけがないという結論に至る。
パニックになった俺は、ついどうでもいいことを口にした。
「……膝枕って、枕にしてるの太ももだよね?」
「うん、そうだね。なんで膝枕って言うんだろ? ……それで、寝ないの?」
この話からはどうやら逃れられないようだ。
俺はRPGでよくある『回り込まれた!』というシーンが頭に浮かんでいる。
嬉しい反面、避けたいとも思った。
しかし、どう避けようとしても回避はできないようだ。
俺は意を決した。
「……お邪魔します」
そう言って、花音の太ももにゆっくりと頭を乗せる。
こういう時、『太ももの感触が――』なんて考えるものなのかもしれないが、今の俺にはそんな余裕はなかった。
それに、花音に対してそういった気持ちを抱きたくないという、良心と本能のせめぎ合いもあったのだ。
「……ってか、何で膝枕?」
「寝やすいかなって」
「そうじゃなくて、男子にそういうの、嫌じゃないの?」
「……普通なら嫌なんだけど、颯太くんならいいって思ったんだ。なんでだろ?」
曖昧に笑う花音に、俺も笑いながら「知らないよ」と返した。
そんな話をしていると、俺は少し余裕が出てきた。
自覚はなかったが花音の太ももが心地よかったようで、いつの間にか意識を手放していた。
そのまま二時間近く眠った俺は、寝返りをうつと花音の太ももから落ちて目を覚ます。
ちょうど虎徹が帰ってくるほんの少し前のことだった。
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