第108話 夏休みを楽しみたい!
八月に入り、暑さもさらに増してきた。
気付けばもう夏祭りの時期だ。
「お待たせー」
浴衣姿をした花音が、集合場所になっている虎徹の家の前に遅れて到着する。
元々の集合時間は十六時だったため、時間自体は十分前と遅れてはいない。
双葉を含めた俺たちは家が近いこともあり、逆に俺たちが早く集合しすぎたのだ。
そして夏祭りということもあって俺や虎徹も甚平を着ており、双葉や若葉も浴衣を着ている。
「おー! 花音先輩可愛いです!」
「そう? ありがと。双葉ちゃんも似合ってるよ」
「そうですか? やった!」
そんな微笑ましいやりとりを見ながらも、俺はここ最近どうもおかしい。
やっぱり花音に膝枕をしてもらったことが原因だろう。
そんなことをされてしまえば、意識するなという方が無理がある。
――なんか最近、こんなの繰り返してるな。
花音を意識してしまったり、気にしなくなったり、そんなことが続いている。
よくからかわれている時のように花音が何かをしたわけでもないのだが、俺は花音を見ると変に緊張してしまっていた。
しかも、以前は何度か会うたびに気にならなくなっていたはずが、膝枕以降も何度か会っているにも関わらず、この
「……先輩、どうかしました?」
「いや、なんでもない」
可愛い後輩が俺の顔を覗き込んでいる。
普段ならドキッとしてしまう場面だが、今の俺はそんな余裕もないほどだ。
双葉は首を傾げていると、若葉は「よし!」と声を上げた。
「ちょっと早いけど出発しよ! 花火と屋台が私たちを待ってる!」
早く行きたいというのが声と動きからわかる。
双葉も「おー!」と同調していた。
「とりあえず食べ歩きして、良い場所見つけて花火見るって感じだな」
「うんうん!」
そう虎徹が話をまとめ、俺たちは移動した。
最寄り駅から電車に乗って数駅、俺たちは夏祭り会場の近くにやってきた。
そこから十五分ほど歩いた河川敷付近に出店が立ち並んでおり、その付近で花火は打ち上がるのだが……、
「めっっっっっちゃ人多いね」
「そりゃ、祭りだからな」
河川敷に向かうまでの道中にも関わらず、かなりの人で混雑していた。
「でも、まだ時間早いよ?」
「よく考えろ若葉。俺たちも早い時間に来てるだろ?」
「そうだけど、もうちょっと遅く来るつもりだったし、こんなに人がいるとは思ってなかったよ……」
「まあ、早めに行って場所確保したいんだよ」
虎徹の言葉に補足すると、『その通りだ』と言わんばかりに頷いて虎徹は同調する。
俺と虎徹と若葉は今まで夏祭りに行くことはあっても、最寄り駅周辺で行われている花火がない夏祭りだけだ。
今日来た夏祭りは去年も一昨年も若葉が部活で微妙な時間だったこともあり、断念していた。
ただ、高校最後の夏に初めて来れたことは、大きな思い出となるだろう。
「なかなか進めないし、食べたいもの決めとく? もちろん見てから食べたくなったもの食べるけど」
「ですね! 私はイカ焼き食べたいです!」
「いいなぁ……。私はフランクフルトも食べたいし、かき氷とかいちご飴とかも食べたいなぁ」
「いいねー! 私はたこ焼きかなぁ……」
「俺は焼きそばかなぁ……」
「俺、焼き鳥」
その他にも焼肉串、お好み焼き、チョコバナナと様々は意見が飛び交う。
屋台にあるほとんどの食べ物が出尽くしたのではないかと思うくらいだ。
しかし、河川敷付近に着いて最初に出たのは……、
「じゃがバターありますよ!」
一切話に出てこなかったじゃがバターだ。
双葉が食いつくと、若葉や花音も目を輝かせる。
「あんまり最初から飛ばし過ぎたら入らないぞ?」
「何言ってるんですか先輩、大丈夫ですよ!」
「……まあ、双葉はそうか」
本当に無限に食べるのではないかと思えるほど、双葉はよく食べる。
部活で消費しているからか、それでも太らないのだから末恐ろしい。
「双葉は置いといて――」
「置いとかれましたっ!」
「――置いといて、シェアしてった方がお腹にも財布にも優しいかもな」
こんなやりとりを前にもした気がするが、それは花音だったか。
仲良くなると性格まで似てくるのだろうか?
「そうだねぇ。私も限界すぐきちゃうかも。……若葉ちゃん、半分こしない?」
「いいよー」
花音と若葉、俺は虎徹と色々と買って半分ずつ食べることになった。
ただ、双葉は一人でだ。
胃袋はともかく、財布は大丈夫なのかと心配になってしまう。
じゃがバターを初め、話題に挙げていたたこ焼き、焼きそば、お好み焼き、フランクフルトとそれぞれ買っていく。
道中でフライドポテトを見つけたため買うと、「姉ちゃんたち可愛いからサービスなぁ」と気前のいいおっちゃんと女子陣のおかげでお腹は満足することができた。
「もう結構お腹いっぱいかも」
「そうだね、私も。……でも、デザートは別腹」
しょっぱいものを食べたら甘いものも食べたくなる。
俺もお腹いっぱいと言いながらも、結局は屋台の食べ物に目移りしてしまう。
「かき氷シェアはキツイか……」
「いけなくはないけど、まあキツイな」
シロップの味の好みもあれば、溶けてくると液体になるのだからシェアはし辛いのがかき氷だ。
一口ずつ交換していたが、花音と若葉と双葉も別で買っていた。
「ねえ知ってる? かき氷って同じ味なんだよ」
「そうなんですか!?」
「うん、色と香りで違う味に感じるだけらしいよ」
「へぇー!」
割と有名な話だが、双葉は若葉の話を興味深そうに聞いていた。
この話を知った時は少しばかりのショックだったが、色と香りでそんな変化があるのだという感動を覚えた。
今では結局のところ、美味しければなんでもいいとは考えている。
「あっちにいちご飴あるよ!」
「おっ! いいですね!」
花音は目を輝かせながら屋台に向かっていく。
双葉もその後に続いていった。
……二人とも、まだかき氷を食べている途中だが。
「颯太、場所取り任せていいか?」
「ん? いいけど……」
虎徹の視線につられ、俺は河川敷に視線を向けた。
すでに人で溢れかえっているが、ところどころまばらには空いている。
まだ花火が打ちあがる予定の三十分も前だ。
今のうちに場所を確保しておかないと、屋台前で見なければいけなくなる。そうなれば人通りが多いため、立ち止まっては見れないだろう。
「俺は適当に甘いものでも買ってくるよ。何がいい?」
「任せる。多すぎたら食いきれないから多くても二、三個くらいな。チョコバナナは買ってきて」
「了解。……若葉はどうする?」
「んー、颯太一人にするのも申し訳ないから、私も場所取りしておくよ。かのんちゃんにシェアできそうなもの買ってきてって伝えて。いちご飴は私の分も欲しいけど」
「わかった。じゃあ、行ってくる」
俺たちはそう言い、それぞれ別の方向に向かう。
場所取りと言っても良い場所は埋まっているため、少し後ろにはなってしまったが。
一応場所を確保すると、若葉が口を開いた。
「ねえ、颯太」
「どうした?」
「……ううん、なんでもない」
意味深な言葉だけを残し、若葉は口を閉ざした。
追及したいところではあったが、若葉の哀愁漂った表情が、そうはさせてくれなかった。
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