第86話 かのんちゃんも愚痴りたい!
「本性のこと、せっかく黙っていてくれたのに、私が言っちゃってごめん」
話したいこと。
その第一声がそれだった。
しかし、俺はそんなことは気にしてなどいない。
「元々は花音が話すの嫌だっただけだし、俺は別に良いよ」
「でも、せっかく黙っていてくれてたし……」
「言いふらすつもりもなかったしさ。花音が言うって決めたんなら、それは花音の自由だよ」
「うん……」
花音のことだ。また色々と気にしすぎているのだろう。
クラスメイトから好意的な話を聞けたが、全員が全員そう考えているわけではない。
だからこそネガティブになって、普段は気にしないようなことまで気になってしまうのだ。
「それにさ、言わないといけなくなったのは小林の勘違いだし、勘違いしたきっかけは俺が花音と普通に話してるからじゃない?」
「で、でも、私も颯太くんと話したかったから……」
「うん。俺も話したかったから話してたよ。でも徹底的に隠すなら話さなければよかったし、俺も声かけられても今まで見たいに距離を置けばよかったんだよ。でもそうしなかったのは、花音と普通に話したいから」
少し頭の中がごちゃごちゃしている。
元々気にしていなかったことを花音は気にしていて、今この場で考えたことを口から出しているだけだった。
「まあさ、隠そうと思ったら方法もあったわけだし、そのことで謝られたら俺も悪いってなっちゃうんだよ」
「そ、そんなつもりは……」
「わかってる。だから、花音も気にしなくていいってこと」
花音は押し黙る。
「言ったこと、後悔してる?」
「してない。……というか、もう周りからの評価とか、そんなに気にならないかなって」
最初はスクールカーストに拘り、できる限り全員に好かれたいと考えて、花音は猫を被り始めた。
しかし、花音の中で猫を被っていた理由となる『できる限り全員に好かれたい』というのは、もう気にならない程度のことになっていたらしい。そして気にならなくなったことで、スクールカーストへの拘りも薄れていったようだ。
「本性隠してても、隠してなくても、私はみんながいるからもういいのかなって。他の人に嫌われたとしても全員から嫌われるわけじゃないし、全員に嫌われたとしても私を認めてくれる友達がいるから、もう私は一人じゃないんだって」
「うん。花音は一人じゃないよ」
俺がいる。若葉も虎徹もいる。そして双葉や凪沙だっているし、関わりはほとんどなくても美咲先輩や夏海ちゃんも花音の性格のことは気にしないような人たちだ。
中学生の頃、花音は一人だった。
友達がいても、どこか距離がある。最終的には友達だと思っていた人たちに裏切られ、一人になってしまった。
勘違いかもしれないけど、花音の言葉は信じてもらえなかったのだ。
しかし、俺たちにとって花音は大切な友達だ。
もし虎徹や若葉と花音がケンカをしたとしても、どちらかの言い分を無条件で信じるなんてことはしないだろう。
そうでなくとも、虎徹や若葉も花音のことを大切に思っている。
ケンカをしたとしても、貶めるようなことなんて言わない人たちだ。
だからこそ、俺は高校一年生の仲良くなった時から、今まで一緒にいることができているのだ。
「なんかもう、最近は色々と変な話が多いなぁ」
「変な話?」
「転校のこととかもそうだし、クリスマスだったり、あとはクラスマッチの時もそうかな? よく考えたら、私ってトラブルメーカー?」
「……今更気付いたか」
「うわ、酷っ」
花音と仲良くなってから、話がこじれることは多い。
それは事実だ。
ただ……、
「なんとなくだけど、花音がいなかったらってことを考えると、物足りない。花音と仲良くなる前だったら虎徹と若葉と一緒にいて三人でも十分だったかもしれないけど、もし今からいなくなったとしたら物足りない気がする」
欠けたピースのようなものか。
完全な絵に見えるようで、実は不完全。
もし花音がいなければ……あのまま転校してしまっていたら。
そう考えると、このもどかしい気持ちはどうにもならなかっただろう。
俺はそんなもどかしさを噛みしめるようにクッキーに手を伸ばそうとする。
しかし、皿の中はもう空になっていた。
「あ、なくなっちゃったね」
「美味しいから結構食べちゃったよ」
「そっか。美味しいって言ってくれて嬉しいな」
花音は上機嫌な様子で席を立つ。
皿をキッチンに持っていくと、今度は冷蔵庫から何かを取り出して持ってきた。
「そんな褒め上手の颯太くんには、これを食べさせてしんぜよう」
「何だよそのしゃべり方……。ってこれも美味しそうだな」
ふわふわのシフォンケーキ。
紅茶とよく合いそうだ。
「いいの?」
「うん。本当は一人で食べようと思って作ったけど褒めてくれるから、せっかくだし感想欲しいな」
花音はそう言ってケーキを四等分に切り分け、一つを俺にくれた。
一口食べると、出来立てではないはずなのにふんわり感は残っていて、口の中で消えていくようだ。
「美味しい」
「そう? ならよかった」
安心したような、喜んでいるような表情だ。
それもそうだ。
花音は俺たち以外に友達はほとんどいない。
それでいて、若葉さえも花音の家に入ったことがないと言い、中学時代の友達でさえもそうだ。
もしかしたら俺が花音の友達の中で家に入ったのは、初めての人なのかもしれない。
そして、こうやって来客にお菓子を出すのも、初めてなのだろう。
つまり、以前のバレンタインのようなきっかけでもない限り、人に自分の作ったお菓子を食べてもらう機会がないのだ。
だから率直に『美味しい』と言っただけで、喜んでいてくれるのだろう。
俺はそんな表情を見て、花音のことを再び意識してしまった。
「そ、そういえばさ、小林って今までもしつこく言い寄ってきた感じ?」
「ああ、うん、そうだね」
照れくささを隠すように出した話題は、また話を掘り返すようなものだった。
しかし、今までのことでよほど
「小林くんさ、数カ月に一回くらい告白してくるんだよ? なのに彼女は作ってるし、その彼女にフラれたらすぐに告白して来るんだよ。だから毎度毎度告白されるたびに、『あ、また彼女にフラれたんだな』って思ってそれはそれでムカついてたんだよね。告白を受けるつもりはないけど、私のこと好きなのかどうなのか、中途半端すぎ」
「あ、あはは……」
花音は止まらない。
好きな人にフラれて他の人に目移りするのはあることだろうが、話を聞く限り一度や二度の話ではないようだ。
そして小林はそれなりにモテるにはモテる。顔はそこそこいいのだ。若葉曰く、『めちゃくちゃイケメンじゃないけどちょうどいい顔面。ただし性格が無理』とのことらしい。
性格を知らない女子が付き合って、すぐにフラれる。
そしてそのたびに花音が告白されるとなると、それは大変面倒くさいだろう。
「昼休みの時に直接言ったけどさ、付き合うつもりもないし、そういうところうざいんだよね。別に悪口言うのだっていいっちゃいいよ? 私関係ないし。でも、颯太くんの目の前で颯太くんの悪口言うのはムカついた」
「まあ、確かになぁ……」
「今こうやって言ってるけど、小林くんがあんなこと言わなかったら私だって我慢してたよ? でも無理じゃん。何回も何回も断ってるのに『俺こそかのんちゃんにふさわしい男!』みたいな感じで来るんだよ?」
「ちなみに、何回くらい告白されたの?」
「さあ? 五回目からは数えてない」
――五回までは数えたんだ……。
「イベントごとの前とかにとりあえず告白とか、彼女にフラれたからとかだったし、あとは彼女ができたって話を聞く前にも告白されてたから……もしかしたら二十回くらい? あれ、数カ月に一回かと思ってたけど、月一くらいじゃない?」
今が五月のため、高校に入学してから二十五カ月が経っている。
夏、冬、春の長期休暇のことを考えると、ほぼ毎月と言っても過言ではない。
昼休みの時は『自業自得とはいえ、ここまで言われると可哀想だなぁ』と少し思っていたが、そんな話を聞けば自業自得としか思えなくなっていた。
「はぁ……」
花音は渾身のため息を吐く。
「愚痴れてちょっとスッキリしたよ。……今まで隠してたから言えなかったけど、ハッキリ言えて良かったかなって思う」
「それなら、良かったかな? でも他の人から告白されるのはまだあるんじゃない?」
「あるかもしれないけど、本性知って幻滅する人は多い思うよ。それに、受け入れるつもりはないけど好意自体は嬉しいから、しつこくなかったら別に良いかなって」
花音は教室内で告白してほしくないと宣言している。
それでも告白されるとしたら、今回の件を知らない人か、ただ気持ちを伝えたいだけのどちらかだろう。
少しは花音の気持ちも楽になるかもしれない。
「その点、颯太くんとはそういうのないから気が楽だよ」
「それは良かったの、かな?」
「良かったよ。これで颯太くんに勘違いされたら、人間不信になるかも」
そう言われ、俺の胸はズキリと痛んだ。
嬉しい言葉のはずだ。花音が安心してくれているのだから。
だからこの胸の痛みの理由がわからない。
悲しくなる要素なんてないのに。
「颯太くん」
「どうした?」
「颯太くんはこれからも勘違いしないよね?」
――まただ。
何故か、花音にそう言われると、俺の胸は痛んでしまう。
しかし、勘違いするつもりなんてない。
「当たり前だろ? 俺と花音は親友なんだから」
「……うん」
嬉しそうな、悲しそうな、喜んでいるような、寂しがっているような、そんな表情を花音はしていた。
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