第85話 青木颯太は知りたい
花音とまともに会話ができていない。
もっとも、話せる機会があったのは五限目と六限目、六限目と七限目の間の休み時間と短い時間だ。
しかし、昼以降は気まずさから話せていなかった。
俺の方から声をかけたかったが、たった十分の休み時間で話がまとまるとは思えない。
花音も意図的に距離を取っているようだ。
ただ、以前とは違って様子を伺っているように感じる。
放課後はお互いに予定がないのは確認している。
若葉は部活、虎徹もバイトだが、俺と花音に予定は入っていなかった。
そのため、ホームルームが終わった後、俺は花音に声をかけようとしていた。
「花音――」
「かのんちゃん、ごめんね!」
俺が声をかけようとしたタイミングで、先にクラスの女子が二人、花音に声をかけていた。
「私、勘違いしてた」
「えっと……、勘違い?」
「うん。否定してるけど、青木くんと付き合ってるんじゃないかなって」
「小林はああ言ってたけど、仲良い感じとかお似合いだなって思ってたし」
「うんうん。それに、普通は性格悪いところとか見られたら幻滅されるから猫被っちゃうけど、受け入れてくれるの良いなって」
怪我の功名というやつか。
小林がいざこざを起こしてくれたおかげで、俺に対する周囲からの評価が上がっているようだ。
「クラスの空気とか、『なんだかんだで付き合ってるんだろ?』みたいな感じだったけど、逆に『はよ付き合え』みたいになったんだよね」
「……ごめん、この子カプ厨だから」
その言葉に一瞬、花音が反応したのを俺は見逃さなかった。
今まで隠していた部分を少し見せたことで、オタク関連に反応しているのだ。
「い、いいよー。でも、付き合うつもりはないよー」
若干声が震えている。
オタク話をしたくてうずうずしている。
こうやって少し離れたところで観察していると、少しおかしく感じてしまった。
最初は声をかけるのも少し躊躇していたが、今はもうそんな気分は微塵もなかった。
「……そこで青木くんが話したそうにしてるし、私たちはそろそろ失礼しようかな」
「……気づいてたんかい」
「そりゃね。ちょっと遠目にソワソワしてて、放課後なのに帰ろうとしないんだもん」
からかっているのか、おちょくっているのか。
単に花音と話したかっただけだとは思うけど、気まぐれなところにどう反応すれば良いのかわからない。
「それじゃあね〜」
二人はそう言うと帰っていく。
花音は手を振り、見送った。
「……帰ろっか?」
「そうだな」
普通に会話できている。
それもそうだ、元々喧嘩をしているわけでもなければ、小林のせいで微妙な空気になっただけなのだ。
クラスメイトと話した花音も、オロオロとしながら会話を聞いていた俺も、その自由さに毒気が抜かれていた。
会話をできても、そもそも話す内容がない。
話をしたくて花音についていくものの、無言のままだ。
そして、あっという間に花音の家に着いてしまった。
「それじゃあ、また」
そう言って俺は来た道を戻ろうとする。
しかし花音は「待って」と言い、引き留められた。
「うち、寄っていかない?」
「……えっ!?」
突然のことに、その言葉が理解できなかった。
ウチ、ヨッテイカナイ?
俺はしばらく言葉を噛み砕いてから、花音の部屋に入るかどうかを言われていることに気がついた。
「いいの? ……っていいから言ってるんだよな」
「うん。もう、いいかなって」
どういう判断でその気になったのかはわからないが、花音はいいと言ってくれている。
少しでも距離を縮めようとしているのは違いない。
俺が拒否する理由はなかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
オートロックのエントランスを通り、エレベーターで四階へ上がる。
廊下は外から見えないような構造だ。
その中の一部屋……405号室に到着し、花音は鍵を開けた。
「どうぞ」
なんとなく緊張する。
それもそうだ。若葉や双葉の家に行く時もあるが、若葉の家はちょっとした用事か虎徹と一緒で、双葉もちょっとした用事ですぐに帰っている。
二人きりで、しかもしばらく話す……なんてことは今までなかったのだ。
リビングに通され、そこにはソファやテーブル、テレビや他にも色々と置かれている。
女子高生が一人で住んでいるとは思えない部屋だ。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
俺はソファに座ると、花音はそう言って別の部屋に消えていった。
まじまじと部屋を見るわけにはいかず、俺は何も映っていないテレビを眺めていた。
テレビに反射する自分の顔。
――間抜けな顔をしているな。
そんなことを考えていると、花音は私服に着替えており、キッチンで何か……多分お茶を準備してくれているのだろう。
そして数分後、紅茶とお菓子を持って来た。
「よかったらどうぞ」
「あ、ありがとう」
良い香りが漂う紅茶と、皿に盛られたクッキー。
花音が隣に座ると、緊張がさらに増す。
いつものことのはずなのに。
緊張しすぎて喉が乾いた。俺は紅茶に口をつける。
「あつっ!」
すぐに口を離したため、幸い溢すことはなかった。
ただ、舌を火傷してヒリヒリとする。
「ふふっ、あはは。何してるの」
俺の様子が相当可笑しかったのか、花音はいつものように笑い始めた。
「な、なんだよ」
「別にー。そんなに私といると緊張するの?」
「そりゃ、まあ。こんな状況ないし」
「へー」
花音はニヤニヤとしながらも立ち上がり、水を持って来てくれる。
ムカつくのやら嬉しいのやらで感情は大渋滞を起こしている。
ただ、からかいながらも花音はやはり優しかった。
「……ありがと」
「拗ねないでよー」
ケタケタと笑いながらそう言われても、不服でしかないのだ。
――わかっていて笑ってるな。
しかし、最初にあった気まずさのようなものはもうない。
自然と話せるように、花音なりに気を遣ってくれたのかもしれない。
「はあ……。クッキーもいただくよ」
「どうぞ」
俺は皿に盛られたクッキーに手を伸ばす。
そこには様々な形のクッキーがあった。
四角形、円形、星形。そして一番目につくのは、ハート型だ。
ハート型を取ればさらにからかわれる気がしたため、無難に四角形の物を口に放り込む。
サクサクとしていて、程よい甘さ。
余計なものが入っていない甘さだった。
「……うまい」
「そう? よかったー」
何故か安堵している花音。
市販のものであれば、大はずれすることはあまりない。
特に味見をしたことがあるなら、なおのことそうだ。
「もしかして、手作り?」
「よくわかったね」
「そりゃ、反応見てたらね」
「ふーん。颯太くんは私のことよく見てるんだねぇ」
余計にからかおうとしているのがわかる。
しかしそれには乗らない。
「結構お菓子作りとかするの? バレンタインの時もそうだったけど、結構手慣れてないと難しそうだけど……」
「うん、よく作るよ。趣味……なのかな?」
「十分趣味じゃない?」
「……そっか」
何か考え込んでいるような花音。
お菓子作りの難易度はわからないが、材料の少しの差で味がだいぶ変わるというのは聞いたことがある。
食べた感じ、市販のものと同じくらい……それ以上に美味しいと感じた。
俺はつい、思ったことを口走った。
「大学……っていうか専門学校になるかもだけど、こういう方面進んでもいいんじゃない?」
「あー……、うん」
微妙な反応が返ってくる。
「そういうのはあんまり?」
「あんまりって言うか……、まずお父さんが認めてくれるとは思わないかな。それに、たまにの息抜きで作るくらいがちょうどいいかなって思う」
「そういうものか」
「うん。人によるけど、趣味とか好きなこととかって、仕事にしたい人と、仕事にしたら嫌いになる人がいると思うし。私は後者……っていうより、そもそも仕事にしたいとかは思ったことないから」
「あぁー……」
少し違うかもしれないが、アニメが好きでアニメ会社に就職したら、裏の事情を知ってしまって嫌いになったという話を聞いたことがある。
趣味であれば気ままに出来ることが、仕事となれば途端に義務感に追われてしまう。
それをどう感じるのかが、仕事にしたいと思うかどうかの違いだ。
「あ、でも、今もそうだけど飲食店で働くのは好きかな。普通に料理系は良いけど、お菓子だと仕事も休日持もってなるの嫌だし。作る方じゃなくて接客は割と好きだし」
「それはそうか。猫被るの得意だもんな」
「……うっさいなぁ」
ちょっと怒ったようにそっぽを向く花音。
失言だったかと思い謝ろうとするが、その横顔はニヤけていた。
「俺って、思ったより花音のこと知らないのかもな」
「何、突然?」
「お菓子作りとかもバレンタインの時に知ったし、アニメとかが好きってことくらいしか知らない気がする」
性格はある程度わかっていても、趣味のことは知らない。
以前、俺の好きなことを知りたいと言った花音だが、俺も花音の好きなことを知りたいと思っている。
「私のことかぁ……。あっ! イラストとか描くの好き」
「中学の時、美術部って言ってたな」
「うん。その時は油絵とか水彩画とかで、今はデジタルだけど」
「デジタルって、プロとかが使う感じのやつ?」
「んー、プロじゃなくても使うけど、多分イメージしてる感じ。……推しが描きたくて、バイト代入って真っ先に液タブ買った」
「液タブ?」
「液晶に描くタブレット。画面に描き込むから使いやすいの。他には板でパソコンのカーソルを操作するやつとかもあるんだけどさ……」
そう言って花音は、携帯で調べた画像を見せてくれた。
俺想像していたものは液タブだった。
どうやらその辺りはオタクというところに通ずるものがあるのだろう。
花音は饒舌に話し出す。
しばらく花音の語りを聞いていると、花音はハッとして我に返った。
「ごめん、話しすぎた」
「いや、全然。花音の話聞きたいし」
本心からの言葉だ。
ただ、花音は首を横に振った。
「そろそろ本題入りたいなって」
「本題……?」
よく考えればわかることだったが、ただ雑談するために俺を部屋に入れたわけではない。
俺自身、もう終わったことだとばかり思っていたが、花音は納得できていないようだった。
「……昼休みのこと、いいかな?」
「……うん」
やや重い雰囲気になる。
しかし、俺は少しだけ安心していた。
それは、こうやって話をしてくれるようになったこと。
そして、花音の表情が思い詰めたような表情ではなかったから。
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