第82話 青木颯太は迫られたくない!

「ねえ、颯太くん」


「ねえ、颯太」


「「どっちを選ぶの!?」」


 俺は美少女二人に迫られている。

 こんな機会、二度とないだろうと思える……いや、あったわ。


 美咲先輩と夏海ちゃんの時もそうだった。


 しかし、今回は恋愛関係ではなく、迫られていた。


「うーん……、どっちもいいんじゃないかな?」


「そんな適当な感じじゃなくて、ハッキリしてよ!」


「そうだよ! 私だってプライドがあるんだから!」


 この二人は引かないらしい。


 何故こうなったのだろうか。




 ゴールデンウィーク四日目。それぞれに予定があるため、まるまる一週間あるうちの今日だけは、俺、花音、虎徹、若葉の四人で集まれる日だ。

 本来は平日だが、三連休、学校、三連休というのも微妙なこともあるからか、休校日となっていた。


 どこかに行くわけではなく、いつものように虎徹の家に集まっていた。


 ただ、集まってゲームをしたりマンガを読んだり、それくらいでも十分楽しい。


 そして、そんな日の昼時だ。


「よし、ご飯作ろう!」


 いつもは適当にコンビニで買ったり、昼時になるとご飯を食べに出かけたり、虎徹の母親がいれば作ってくれたりする。


 この日は、若葉がそう意気込んでいた。


「それなら私も作りたいなぁ」


 花音がそう呟いた。


 しかし、それが発端となったのだ。


「じゃあ、二人で料理対決しよう!」


 そういう流れで、現状、俺が味見をするように迫られていた。


 虎徹はというと、二人が作り始めた辺りでコンビニにフラッと出かけて行ったっきり帰って来ず、『終わったら呼んで』というメッセージが入っていた。

 ――謀ったな。


 二人が作ったのはハンバーグ。

 そして味見をしてみると両方とも美味しかった。


 そのため優劣はつけがたいのだ。

 ただ、二人は『女として譲れないことがある』と、競っているらしい。


「花音の方はシンプルに美味しい。ハンバーグもふわふわでソースも合ってる。家庭的って言うのかな?」


「やった」


 花音は小さくガッツポーズをしている。

 可愛い。


 実質一人暮らしで自炊をすることも多いという花音だ。

 慣れているというだけあって手際も良かった。


「若葉はまあ……味は濃いけど、それでご飯が進むって感じかな?」


「よし!」


 男心をつかむのは若葉の方かもしれない。

 ガッツリとしていて男飯というような、男が好む味付けのハンバーグだ。


 どちらもそれぞれの良さがあって美味しい。

 どちらも捨てがたいのだ。


 だからこそ……、


「どっちが上かなんて決められないよ。二人とも頑張って作ってくれたものだし、そこに優劣はつけられない」


 俺はそう答えた。


「颯太……」


「颯太くん……」


「いや、そういうの良いから答えてよ」


「えぇ!?」


 良い雰囲気になって話がまとまったかと思ったが、若葉のせいでぶち壊しである。


「話聞いてた!?」


 どうやら若葉は譲れないようだ。


 そんな若葉に花音は微笑んで言った。


「若葉ちゃんの勝ちっていうことで」


「あれっ!? 譲られたみたいになった!?」


「実際そうだろ……」


 若葉は強情で優劣をつけたかったが、花音は若葉に仕掛けられてヒートアップしただけで、そこまで勝負に拘っていない。

 それと、憐れむような意味合いも含むような笑顔だったため、ちょっとした意趣返しだろう。


 何故ここまで若葉が勝負に拘っているのかはわからないが、恐らく性格上負けず嫌いなことや女子として料理で負けたくないという気持ちもあるのだろうか。

 何故か若葉は焦っているような気がしていた。


 その辺りもあるため濁したが、実は俺としては花音の作ったハンバーグの方が美味しいと思った。

 若葉の方も決してまずいわけではない。美味しいとは思ったが、味が濃い分、途中で飽きてしまう。

 ご飯が進むのは本当だが、むしろ途中からは白米がないとキツくなってくる。


 その点を考えると花音の方が食べやすい。

 若葉のハンバーグはたまに食べるくらいか、少なめでも十分だと感じていた。


 若葉が落ち込み、花音が慰める。

 ……落ち込ませた理由の花音だが。

 かくいう俺もとどめをさしてしまっているため、一つの手段に出ていた。


 ちょうど、玄関が開く音が聞こえる。


「戻った。……っておい颯太、謀ったな?」


「先に謀ったのはそっちだろ?」


 逃げて二人の争いを押し付けてきたのは虎徹の方だった。

 俺はある程度収まったこともあったため、ちょっと仕返しのつもりで呼び戻した。


「むしろ最初の状態で呼ばなかっただけ感謝してもらいたい」


「……はあ」


 虎徹は観念したようにため息を吐く。


「それで、俺はどうすればいい?」


「これ食べてぇ!」


 若葉は涙ながらに虎徹に縋りついた。

 自分の分だけでなく、二人分のハンバーグを持って。


「はいはい」


 若葉をなだめながら椅子に座った虎徹は、一口ずつハンバーグを食べる。


「うーん……、こっちの方が好きだな」


 そう言って片方を指差した。


 即決だ。


「えっ!?」


 声を上げたのは若葉。

 俺や花音がそんな驚きの声を上げれば失礼というものだろう。


 ……虎徹が選んだのは若葉の作ったものだったから。


「ん? いや、味濃いめだけど俺は好みだな」


 平然と言いながらもう一口、二口と食べ進める虎徹。

 二人が作ったハンバーグのうち、どちらがどちらの分ということは伝えていない。

 しかし、現状欲しかった答え……若葉のものが美味しいという言葉が、虎徹の口から自然と出た。


 もちろんただ好みだっただけだろう。

 それでも、俺は花音の方が美味しいと感じたため、驚いてしまった。


「ねえ、虎徹……」


「何だ?」


「それ、そんなに美味しい?」


「ああ、さっきも言ったけど俺の好みだ」


 虎徹は再びそう言った。


 改めて伝えられた若葉は、どのように喜びを表現すればいいのかわかっていない。

 言葉にならない喜びを身振り手振り伝えようとしているが、それもなかなかうまく表現できていない。


 それほどまでに褒められたのが……虎徹に褒められたのが嬉しかったのだろう。




 二人は相性が良い。

 少なくとも俺はそう思っている。


 性格はかけ離れている。しかし、だからこそ二人は足りない部分を補い合っていた。


 そんな二人が何故今の関係のままなのか、俺にはわからなかった。

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