第83話 青木颯太は決めかねる

「なあ、花音」


「何?」


「結局さ、進路ってどうしたの?」


 騒々しいフードコート。

 ゴールデンウィークの最終日、俺と花音は二人で出かけていた。


 四人で集まれるのは一度きりだったが、個別でなら予定が合わないわけでもない。

 特に当てもなく目につく店に入っては時間を潰すということをしていたが、昼時になったためショッピングモールのフードコートで一休みする。


 デザートがてらアイスを食べつつ、割と大切で真剣な話を雑談混じりに俺は尋ねた。


「第一志望は名護大学の教育学部かな?」


「名護大かぁ……」


 名護大学は県外だが、隣県にある大学だ。

 あまり大学の偏差値は知らないが、とにかく賢いイメージがあった。


 成績上位なら狙える大学。

 例えば美咲先輩なら余裕で狙える大学ではあったが、彼女はワンランク下の国公立に進んでいた。

 曰く、『大学は羽根を伸ばしたい』とのことだ。

 とは言っても、美咲先輩が遊びにうつつを抜かすとは思えないが。


 花音は、そんな美咲先輩よりも上の大学を狙っている。

 学部によりけりとはいえ、偏差値も恐らく上だろう。


「てか、教育学部ってことは先生目指してるの?」


「うん。今のところ考えてるのは、中学校の教員かなって」


 意外、と言うほどではないが、進路の話をするのは大学くらいだ。花音が教員を目指しているということは知らなかった。

 その後の就職についての話はあまり出てこない。そのため虎徹や若葉の志望校を知っていても、その後はどうしたいのかということを知らない。


 大学進学は、その先を見据えて進学する人もいれば、とりあえず大卒という考えで進学する人がいる。

 俺は進学するのであれば目標を立てたいと考えており、特に進みたい学部がないのなら就職も考えたいところだ。


「一応名護大って言ってるけど、正直まあ無理かなって。学力足りないし。これは一応お父さんに言っておけば文句は言われないだろうって思ってるから書いてるだけ」


「アピールか……」


「そうそう」


 花音は「ニシシ」と笑っている。

 この小悪魔的な笑い方も年相応の笑顔と考えると、そんな顔を見せてくれることが俺は嬉しかった。

 反抗の仕方を知らなった花音が、ちょっとした反抗をしているのだ。


 あくまでも『頑張ったけど無理だった』という形にしておきたいのだろう。

 当然努力はしている花音だが、花音には花音が考えるあるからこそ、無理に偏差値の高さや大学名のブランドで進学を考えたくないと思っているようだ。


 しかし、父親と約束した以上、第一志望は父親が納得のいく大学名を書いておくということだ。


「本当は城明大学の理工学部の数学学科。ここも教員免許も取れるし、最悪進路変更も考えられるしね」


「ああ、教員っていうのは変えないのか」


「うん。そこは私がやりたいから選んでるし、公務員だから文句も言われないからね」


 そこは花音の意思というのなら問題ないだろう。

 親が決めたことばかりでは、花音は苦しいだろうから。


「そう言う颯太くんは……悩んでるから聞いたって感じ?」


「まあ、そうだね」


 以前に話して気になったということもあるが、俺自身がどういう方向性で進めばいいのか悩んでいるところなのだ。


「やりたいこととかは?」


「特にないかな」


 ここが問題なのだ。

 やりたいことがないため、行きたい大学や学部もない。


 それなら素直に就職すればいいが、もし後から大学に進学したくなっても難しい。

 できないわけではなくても、社会人になってからでは仕事を辞めて大学に通うことはハードルが高いのだ。


 この機会に進学という方向で考えてはいるものの、なければ就職をした方が良いのではないのかというジレンマに陥っていた。


「参考までにだけど、何で教員を目指そうと思ったかっていう動機はあったりする?」


「動機かぁ……」


 花音は少しだけ考え込んでから口を開く。


「特にないかな? お父さんに文句を言われないようにって考えているうちに、その中で興味があるのを選んだって理由はあるかも。でも今更進路変えたいとは思わないし、どうしてもしたいことができたらまた考え直すけど、今は教員を目指すのが一番かなって」


「えぇ……、思ったより適当だな」


「そんなもんじゃない? どうしてもやりたいってことがある人の方が少ないと思う」


「確かにになぁ……」


 花音の言う通りかもしれない。

 現に俺もそうだ。


 目標を持って進学する人の中でも、少なからず将来のことを考えた打算で大学を選択する人もいる。


 本当に信念を持って進学する人の方が少ない

 まだ成人もしていない、たかだか十八年ほどしか生きていないのだから。


「前にチラッと言ったけど、私と同じ進路とかでもいいんじゃない?」


 以前に少しだけ進路の話をしたとき、そんなことを花音は言っていた。

 目標がないならとりあえず大学進学……友達と一緒の大学を目指すというのも選択肢の一つだ。


 ただ、そんなことを言われてしまうとまた別の意味に聞こえてしまってしょうがない。


「なんか、花音が俺と一緒の大学に行きたいって言ってるように聞こえる」


「べ、別に……」


 顔を赤くして焦ったように言いながらも、途中で言葉を止める。

 そして拗ねたようにむくれると、花音はつぶやいた。


「まあ、行けるならいいなとは思ってるよ。でもあくまでも例えだから、若葉ちゃんとか藤川くんとかでもいいし」


 そっぽを向いて照れながらも素直にそう返され、俺は面食らってしまう。


 花音と仲良くなってから、それなりに一緒に過ごしてきた。

 多少なりとも性格はわかっているつもりで、それでも……、今になってもわからないことが多かった。


「話変わるけど、何か会うたび性格違う気がするのって、気のせいかな?」


 俺がそう尋ねると、花音は顔を引きつらせている。


「そう見える?」


「見える。だから聞いてるのはあるけどさ」


 なんと言うのか、少なくとも俺から見ると情緒不安定にしか見えないのだ。……もちろんそんなことを言えば失礼すぎるため言わないが。


 花音は自覚があるようで、ため息を吐く。


 そして机に突っ伏するように項垂れるて言った。


「……誰にどんなテンションで話せばいいのか、正直わかんないの。距離感がつかめない」


「ああー……」


 なんとなく身に覚えはあることだ。


 いまいち距離感がつかめないというのは、なんとなく気持ちはわかる。

 久しぶりに会った親戚に、どうやって話せばいいのかわからないという感覚と似ているだろう。


 花音は俺たちと仲良くなるまでの二年近く、『誰にでも等しく優しいかのんちゃん』を演じてきた。

 それが染みついていて、……それでいて俺たち四人の関係も徐々に変化しているため、花音は感情が追いついていなかった。

 そして、元々わからない距離感の掴み方も、それでさらに曖昧になってるのだ。


「最近はね、こういう感じで話そうって思ってる。だから前の若葉ちゃんとの料理の時もあんなだったし」


「あぁ、ちょっと突っかかってたね」


「そうそう。負けたくはないって気持ちはあったけど、前までなら乗らなかったかなって」


 そう言われてみると、勝負する前から『若葉ちゃんの方がうまいと思うよ?』などと言って若葉の不戦勝となるところは目に浮かぶ。


「ある意味遠慮がなくなってきたから、勝負を譲るふりして煽った感じ?」


「あ、いや、結果的にそうはなったけど、颯太くんが褒めてくれたし『まあいっか』って思って」


「お、おう……」


 不意にそう言われて、俺は照れてしまう。

 しかし、いつものようにからかって、俺の反応を楽しんでいるわけではなさそうだ。現に、俺が照れてもそれ以上何も言ってこない。


 なんだろう。ツンデレというわけではない。

 恥ずかしがりながらもデレた発言をしてきたり、普通なら恥ずかしくもなる俺が照れてしまうような発言をしたりしてくる。

 ツンツンしたような言い方なだけでただただ素直にデレているのだ。


 距離感は確かに縮まっているが、花音の本性を最初に知った時の性格と似ていた。


「最近思うんだ。みんなに好かれようと努力していたけど、別にそんな必要もないかなって。から好かれればいいかなって」


「そっか」


「うん。だから颯太くんには好かれたいと思ってる」


 このストレートに伝えられる好意にはどうも慣れない。

 友達としてという意味とわかっていても、可愛い花音からの言葉はどうしても照れてしまうのだ。


「颯太くんとは、素のままの私で仲良くなりたいって思ってる。今の私はそう思えるようになったんだ」


 花音はそう言った後、微笑みながら「全部颯太くんのおかげ」と言った。


 俺の心臓が跳ね上がる。

 悟られてはいけないと思った俺は、そっぽを向いて誤魔化した。


「そ、そっか……。てか話過ぎたね。そろそろ行こうか」


「え? う、うん」


 俺たちはただの親友だ。

 それ以上でもそれ以下でもなく、それをわかっている俺はこれ以上何も求めようとはしない。


 それから俺はその日を目一杯楽しんだ。

 高校生最後のゴールデンウィークの最終日なのだから。


 その時はゴールデンウィーク明けのことなんて、何も考えていなかった。

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