第81話 春風双葉は見せてみたい!
「せんぱーい! これどうですか?」
「い、いいんじゃないか?」
ゴールデンウィーク初日、俺は双葉と遊びに出かけていた。
今日は話題のアニメ映画を見るという約束だった。
あまりマンガやアニメを見なかった双葉だったが、凪沙が俺の知らないうちに俺の部屋にあるマンガを見せているらしく、オタクと言うほどではないが作品によってはファンになっていた。
午前中に映画を見終え、感想を語りながら昼食を食べると午後からの予定は特に決めてなかった。
そのため、今は双葉の服を見に行っていた。
「これとかどうですか? 先輩の好みだったりします?」
「え、っと、好みとかわからないんだけど、いいと思うよ?」
「えー、先輩は好みとかないんですかぁ」
「まあ、似合ってればいいし……」
正確に言えばあるにはあるが、人によって似合う似合わないはあるだろう。
ギャルっぽい子でも清楚系の服が似合う人がいれば、似合わない人もいる。その逆も然り。
それに、多少の好みはあっても大したこだわりはなく、俺にとっては些細なことだった。
ただ、女子の双葉にとっては大きな問題だとは思うため、そこは言わないでおこう。
「……にしても、双葉が服に興味があるってなぁ」
俺は感慨深いような声を上げる。
すると、双葉は火が噴き出しそうなくらい顔を真っ赤にしていた。
「そ、それは言わないでください!」
「おっと、すまんすまん」
双葉にとっては恥ずかしい思い出のようだが、俺は何となく懐かしい気持ちになっていた。
中学二年生の頃、……つまり双葉が中学一年生の頃だ。
俺が双葉にバスケを教え始めた時のこと。
「……先輩、バスケ用品で必要な物わからないので、良ければ次の休みに教えてくれませんか?」
「ああ、買いに行くってこと?」
「はい、無理でしたら大丈夫ですので……」
「いや、いいよ。じゃあ今度の休みに駅前で」
そんな約束をした。
そして次の休みを迎え……、
「えっと、双葉?」
「な、なんでしょうか?」
「いや、何も……」
俺は言えなかった。
好みを否定するわけではない。
ただ、休日に出かけるのに、双葉は部活ジャージを着て来たのだ。
「あの頃は無頓着でしたが、今はそうもいかないのです。じぇーけーですから」
「……お、おう」
現役女子高生と言うよりも、タイムスリップしてきた数十年前の女子高生が覚えたての言葉を使ったようなたどたどしい言い方だ。
俺もあまり服には興味はないが、部活後ならまだしも、休みの日に部活のジャージで出かけたことはない。
ただ、今では立場は逆転している。
俺の服はダサすぎない無難な感じだ。
対して双葉は今どきの女子高生といった感じで、服はおしゃれで薄めだがメイクもしている。
一気にというわけではなく、だんだんと変わっていく成長過程を見ている俺からすると、……なんだろう、多分巣立っていく娘を見ている心境だった。
「……なんとなく失礼なこと思われている気がします」
「き、気のせいだろ」
こういうところは鋭い双葉。
――いや、元々察しは良いタイプか。
「まあいいです。とりあえず試着するので、見てくださいね」
そう言うと双葉は何着か持ち、試着室に入っていく。
……女の子と遊んでいる時に別の女の子のことを考えるのは、相場ではNGと言われている。
しかし、服を一緒に見るというところで、どうしても花音の私服姿を思い出してしまった。
そんなことを考えていると、双葉の入った試着室が開く。
「どうですかね……?」
双葉はもじもじとしている。
どうやら思っていた感じと違うようだ。
「イメージとは違うけど、似合ってないことはないかな?」
活発なイメージがある双葉の印象からは想像ができない服だ。
トップスは白のノースリーブで、スカートはくすんだ緑のロングスカートだ。
まだ年相応のあどけなさが残る双葉のイメージとしてはズレるが、決して似合っていないわけではない。
少し大人っぽくなった大学生くらいなら、イメージも印象もマッチしそうだ。
「そ、そうですか!」
――あ、照れてるな。
褒められて恥ずかしかったようで、双葉は顔を赤くしている。
「じゃあ、次の服着てきますね!」
そう言って双葉は逃げるように試着室に戻る。
以前もそうだが、女性服の売り場に男一人というのは慣れない。
凪沙にたまに連れてこられることはあるとは言っても、多いわけではない。
しばらく待つと、試着室のカーテンが再び開く。
「……どうですか?」
シンプルに黒いワンピースだが、少しセクシー目の服だ。
イメージとは遠いが、似合っていないわけではない。
ただ、後輩で年下な双葉は綺麗というよりも可愛いという印象が強いため、これもやはりもう少し大人になってから……これは社会人くらいになったら似合いそうだ。
そんな双葉を見ていた俺だったが、慌てて目線を逸らした。
「どうしました?」
「いや……その……」
言い辛い。しかし、いくら女性ばかりの空間だったとしても言わないわけにはいかない。
「……見えてる」
俺は胸元を指差しながらそう言った。
今双葉が来ている服は、胸元が開いた服だ。
そして黒い服。
白い布は、どうしても目立ってしまう。
「……はわっ!」
双葉は焦ったように声を上げる。
そしてカーテンを引く音が聞こえ、俺はようやく視線を戻すことができた。
――見えてしまった。
双葉の控えめな胸元を覆う白色の
「……えっち」
顔だけ出してそう言った双葉は試着室に戻っていった。
――不可抗力だ!
俺が見ようとして見たわけではない。
色的に対極のため目立ってしまい、目に入ったのだ。
そして、気付かずに見せてきたのは双葉の方なのだ。
しかし、俺は見てしまったということに罪悪感を覚えてしまう。
「……すまん」
思春期の男子としては嬉しい話だが、不可抗力で後輩の……ということを考えると、何とも言えないハプニングだ。
目に焼き付いて離れない。
その後も双葉は別の服を見せてきたが、やはりそれを簡単には忘れることはできなかった。
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