第二章 高校三年生編
第78話 青木颯太は告られたくない
花音の件が解決して数日、今までと変わらない平凡な日常を過ごしていた。
この平凡がちょうどいい。
昼休みの終わりがけ、俺たちは移動教室のため四人で廊下を歩いていた。……と言っても、花音と若葉が話している後ろを俺と虎徹が着いていくだけだが。
そんな時だ。
「あ、おにいたちだー」
凪沙がトコトコと近付いてくる。
学年が違うと意外に会わないもので、休み時間に会うのは初めてかもしれない。
「凪沙ちゃーん!」
「若葉さーん!」
何故か二人は廊下で抱きしめ合っている。
花音と虎徹に視線を向けると、二人とも苦笑いをしていた。
花音(かのんちゃんモード)と若葉、双葉、凪沙と、明るいという点は似通っており、それぞれ波長が合うのだろう。
二人が仲良くしているのはいいが、凪沙が来た方に女子が一人、ポツンと取り残されて困っている。
「なーぎー……」
「あぁ! ごめんごめん」
察するに、友達だろう。
友達を忘れているというのは、妹ながら酷いやつだとは思ってしまう。
「紹介するね! まず、右から私のおにいと、テツくん、花音さん、若葉さん。……それで、この子は夏海ちゃん。中学も一緒だったけど、高校に入って友達になったんだー」
適当に紹介する妹。
今度は逆に若葉の方から、フルネームで自己紹介をしていく。
「青木颯太です」
俺が自己紹介すると、夏海ちゃんは何かに気付いた様子だ。
しかし何も言わずに、夏海ちゃんも自己紹介をする。
「城ヶ崎夏海でーす。よろしくお願いしまーす」
気の抜けるような挨拶。
夏海ちゃんの見た目は金髪ギャルで、長い金髪を横でくくってサイドテールにしている。
勉強は嫌いでも、生活態度は真面目な凪沙の友達というのは意外ではあるが、凪沙が友達と言うのならそれは兄として嬉しいことだ。
しかし一つだけ気になったことがある。
「え、っと……、城ヶ崎?」
「はいー。いつも姉がお世話になっておりますー」
丁寧にお辞儀をする夏海ちゃんに釣られて俺もお辞儀をする。
見た目はともかく、礼儀正しいというのは姉と似ているのかもしれない。
「姉から話は聞いていますよー。良い先輩がいるって。でも、まさか凪のお兄さんとは思いませんでしたー」
夏海ちゃんは凪沙のことをあだ名で呼ぶ仲良くなっているようだ。
そんなことよりも、色々と理解が追いついていない。
さらに夏海ちゃんは俺の頭を混乱される話を投下してくる。
「あっ、あと私ー、お兄さんのこと好きなので、良ければ付き合ってくださいー」
「えっ!?」
この場にいる全員……夏海ちゃん以外全員の声が重なる。
俺はもちろん、あまり動揺を見せない虎徹でさえもだ。
「覚えてないですかー? 入試の時、助けてくれましたよねー?」
そう言われ、記憶を巡らせる。
あの時、確かに金髪ギャルを助けた。そして気の抜けるような話し方。
迷って抜けているというところは置いておいても、それを解決するだけ頭は切れる。美咲先輩の妹なら、確かに納得いく。
「こんな見た目なので、テキトーに扱われること多いんですよー。好きでしているだけなんですけどねー。でも、お兄さんは私のこと真剣に探してくれたじゃないですかー?」
「……そんなことで?」
「そんなことでも嬉しいんですよー? 単純な子は、嫌いですかー?」
嫌い……ではない。
それだけ夏海ちゃんにとっては、俺のしたことが嬉しかったということだ。それはそれで嬉しい。
ただ、そもそも俺は彼女のことを知らない。
答えは決まっている。
「流石に無理だよ。ごめんね」
「はーい」
断ったのにも関わらず、夏海ちゃんは嫌にスッキリとした返事だった。
――からかっているだけなのか?
――それとも、本気で好きなわけじゃなかったのか?
疑心暗鬼になり、そんなことを考えてしまう。
「アピールしておいたら、嫌でも意識するじゃないですかー? いわば先制攻撃ですー」
意外にも……と言ったら失礼かもしれないが、彼女は策士だった。
現時点で好きかどうかは別としても、確かに告白されれば意識してしまう。
……美咲先輩に告白されたのが、卒業式で良かったと思うくらいには。
「夏海ちゃんがおにいの彼女……? 夏海おねえ……?」
「そ、颯太に彼女が、そ、颯太に……?」
若干二名錯乱しているが、とりあえず無視しても良いだろう。
予鈴が鳴り、この話は強制的に終了させられる。
「なーぎー、フラれちゃったー」
「ハッ!?」
「ほら若葉。教室行くぞ」
「えっ!?」
虎徹と夏海ちゃん、それぞれに正気に戻された二人。
思ったよりも話し込んでしまった。
俺たちは少し急ぎ足で次の教室へと向かった。
そして放課後。
――なんでこうなった。
隣には夏海ちゃんがいる。
俺たちは何故か一緒に帰っていた。
正確には花音と虎徹はバイト、若葉は部活ということで見送り、一人で帰路に着こうと下駄箱で靴を履き替えていた際、夏海ちゃん「行きたいところあるので、一緒に行きましょー」と捕まった。
「あの、夏海ちゃん……? どこに行くのかな?」
「着いてからのお楽しみですー」
すでに嫌な予感しかしない。
道としては明らかに最寄駅の方に向かっている。
夏海ちゃん……美咲先輩の家は、もう少し道を逸れたところにあることを俺は知っていた。
案の定、いつもの最寄駅に来た俺たち。
そして嫌な予感は的中した。
「お姉ちゃんー」
「なつ……えっ!? 颯太くん!?」
駅で待っていたのは美咲先輩。
そして夏海ちゃんの声に反応しながらも、俺を見て驚いていた。
そりゃそうだ。妹と関わりのなかったはずの後輩が一緒にいるのだから。
「……お久しぶりです」
「あ、ああ、久しぶり。……なんで颯太くんが夏海と?」
「うちの妹と仲良くなったみたいで、まあ、半強制に……」
「お兄さん、酷いですよー」
酷いと言うなら、よくわからないまま連れていくというのはどうなのだろうか。
俺は途中からなんとなく予感がしていたとはいえ、美咲先輩に会う心の準備はできていなかったのだ。
告白されてその日から、一度も会えていない。連絡はたまに取っていたが、依然気まずいままだった。
「とりあえず、三人でデートしましょー」
そう言って、今日は夏海ちゃんに振り回されるのが確定した。
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