第77話 伝えたい言葉があるんだよ
笑顔を見せた花音だが、涙が零れ始めると止まらなかった。
今まで押し込んでいた感情が爆発したように、嗚咽を漏らしながら涙を零す。
俺はそんな花音を静かに見守り、双葉はゆっくりと花音の背中をさすった。
女子の背中を気軽に触ることはできないから。
そんなことしかできない。
しかし、それが俺たちの……俺のできる唯一のことだった。
「私、自分の勝手さが嫌になってくるよ」
落ち着いた花音はポツリとそんなことを呟いた。
「最初からお父さんと真正面から話すか、みんなに相談しておけばよかったんだよね。今ままでお父さんに言えなかったけどさ、親に反抗するのって別に変なことじゃないでしょ?」
そう尋ねてくる花音。俺たちは「まあ、そうかな」「そうですね」と同調する。
仲の良い家族や子供が反抗できない家庭環境のであれば、反抗期がないか、もしくは反抗期があっても反抗ができない。
親だろうと、『間違っている』『自分はこうしたい』という意思があれば子供は反抗する。それは一概に悪いことだとは思わない。
何故なら、子供にも子供なりの意思や考え方があるのだから。
花音にはそれができなかった。そういう家庭環境だったからこそ、父親に反論できず、『みんなと一緒にいたい。だけどいられない』と自己完結し、離れようとした。
深く考えすぎたのだ。
「まあ、花音は抱え込みやすいからな。前に虎徹も言ってたけど、話したくないなら話さなくてもいいことだし、責められないよ」
欠点……というのは誰もがあって然るべきものだ。
今回に関しては花音の悪いところが前面に出たと言える話。そもそも、見せなかったら欠点はないのと同じなのだから、そこは問題にはならない。
花音の欠点が
「とにかく、話が一段落ついて良かったです」
そう言うと双葉は立ち上がった。
「私は今日のところは帰りますね」
カバンを持ち上げながら準備を整える双葉。
ある意味、今日の一番の功労者とも言える双葉をそのまま帰すのは気が引ける。
花音の家は目の前だ、
「それなら送って――」
と俺は立ち上がろうとした。
しかし、それは双葉によって制止された。
「先輩は花音先輩に着いててあげてください」
言い切る前に先読みしたかのように遮られる。
双葉は首を横に振り、俺が着いて行くことを断った。
「このまま、帰りませんよね? 私は一歩引いたところにいた立場だからこそ、今回は逆に一番関わっているかもしれませんが、もっと話さないといけない人は他にいますよね?」
双葉は真っ直ぐと花音の目を見つめ、言い切った。
花音は頷く。
「若葉ちゃんと藤川くんと、話さないと。……謝らないと」
解決したのはあくまでも花音と父親のことであって、
「許してもらえなかったら、それは私の自業自得だから仕方ない。でも、ちゃんと自分の口から言いたい」
言わないといけないのだ、と花音は不安気で、……それでも落ち込んではいなかった。
今、花音が成すべきことで……成さねばならぬことなのだから。
双葉は「そうですね」と言い、微笑んだ。
「ありがとう双葉。ただ、お礼くらいはさせてほしい」
「そうですかぁ」
そう言って双葉は考え込むような動きをする。
そして思いついたように口を開いた。
「それなら、花音先輩に着いて行ってあげてください。それが私の今してほしいことなので」
いつもなら『デートしてください!』とでも言いそうなものだが、双葉は本当に俺たちのためだけに動いてくれた。
俺は「ああ、わかった」と返事をしながらも、この後輩に何か別の形で返したいと考えていた。
そして双葉は帰ろうとした。
しかし、一歩踏み出したところで立ち止まる。
「花音先輩、ちょっとだけ恨み節言ってもいいですか?」
「えっ?」
突然のことに、花音は目を丸くする。
双葉は怒っているという様子ではない。
「どうしても言いたいことがあるんです」
「わかった。なんでも言って」
その言葉を聞き、双葉は一度、二度と深呼吸する。
花音はどんな言葉も受け止めるつもりで、顔をこわばらせていた。
ただ、こんなにも優しい双葉が、今さら花音を悪く言うわけがない。
「私はですねー、花音先輩が羨ましいんですよ。三人の関係は私も羨ましくて、その輪の中に入りたいと思いました」
――そんなことを思っていたのか。
双葉の言葉はまだ続く。
「でも、私は後輩で、年下で、学年が違います。その輪の中にはどう頑張っても入れないんですよ」
入れないわけではない。
しかし、少なからず学年という壁がある。
双葉が言いたいのはそういうことだ。
「その輪の中に入った花音先輩が羨ましくて……嫉妬しました。私が求めていたところに別の人がいるんですよ? そりゃ嫉妬しちゃいますよ」
学年というのは大きな壁だ。
大人になればその壁は些細なものだが、少なくとも学生の俺たちにとっては、たった一年の違いは大きい。
同学年であれば三年間一緒にいれる間柄で、クラスが一緒になれる可能性があれば、授業だって一緒に受けられる可能性もある。
それは学年の違う双葉には、絶対に無理なことだった。
「……だから花音先輩は今の居場所を簡単に捨てちゃダメですよ。嫌になって離れていくのは自由ですし、いらないと思うなら別にいいです。ただ、手放したくないと思うなら、離れちゃダメです。簡単に手に入りそうで、実は一番難しい。そんな関係がそこにあるんですから」
双葉は言い切ると、屈託のない笑顔を見せる。
「見てるだけでも十分幸せですけど……、私もたまには、混ぜてくださいね」
そう言って、双葉は公園から立ち去った。
双葉の言葉は俺にとっても嬉しいものだ。
自分にとって大切な関係……それが今までの虎徹と若葉との三人の関係で、今はそこに花音がいる。
その関係を『羨ましい』と思われるほど、周りから良い関係に見られていたのだ。
「……双葉ちゃんって、本当に良い後輩だよな」
笑いながら花音はそう言った。
しかし、俺は「いや、違うな」と否定する。
「最高の後輩だよ」
クサイセリフかもしれない。
それでも、双葉は言葉では表現できないほど、最高に優しく、頼りがいのある、可愛い後輩だった。
俺たちはもう一度学校に戻り、校門の前で若葉が部活を終えるのを待った。
しばらく待つと、部活を終えた若葉が帰宅しようと校門を通る。
そんな若葉と目が合った花音は遠慮がちに微笑んだ。すると、若葉は満面の笑みを浮かべて花音に抱きついた。
「寂しかったよ〜」
そう泣きじゃくる若葉に、釣られて花音も号泣する。
俺も嬉しくなってしまい、涙目になったのは二人には内緒だ。
そしてことの顛末を話し、謝った花音。
若葉は……、
「許す!」
と、わざとらしく上から目線で言った。
若葉のことだ、申し訳なさそうにしている花音を『許した』という形をとったのだろう。
そうでなければ、花音の気が済まないのだと。
その後、俺たちは三人で虎徹の家に向かった。
虎徹は今日、真っ直ぐ家に帰っている。
俺が『花音から話したいことがある』とメッセージを送るとすぐに反応し、玄関から顔を覗かせる。
謝ろうとした花音の言葉を待つ前に、虎徹は「ゲームしてくか?」と何事もなかったかのように振る舞っていた。
そして、しばらく虎徹の部屋でゲームをした。
話をしたげな花音を察した……最初からわかっていた虎徹は、
「離れていくかどうかは自由だ。俺は別に謝ってほしいわけじゃないし、謝らなくてもいい。本宮は本宮だから、好きなようにすればいい」
と、一見冷たいような言葉を投げかける。
ただ、それが虎徹にとっての思いやりなのだということを俺はわかっていた。
花音は「話だけはさせてほしい」と言うと虎徹は了承し、今回の件について話をした。
何も言わなかったが、今までの関係を続けられると知った虎徹は少し照れ臭そうにしていた。若葉は指摘しなかったため、気付いていたのは俺だけかもしれない。
こうして俺たちの問題も無事に解決してからしばらくゲームを続けた。
十分に遊びきってから虎徹の家を出ると、俺と花音は再び来た道を戻る。
花音を家まで送って行くためだ。
「……やっぱり二人は優しいよね」
しばらく歩いた後、花音はそんなことを呟く。
「俺が付き合えてるくらいだからな」
「何それ」
冗談半分で言った俺の言葉に、花音は笑っていた。
ただ、半分は本気だ。
一部の女子を除いて免疫のない俺が関われているというだけで、若葉は俺の中で心を許せる存在なのだ。
もちろん虎徹は男友達の中で唯一無二の親友と言っても差し支えない。
さっぱりとした性格だが、なんだかんだで俺たちのことを考えてくれるのが虎徹だった。
「そんな二人だからさ、これからも花音は付き合えていけると思うよ。俺が保証する」
そう言い切れるほど、俺は相性はいいと思っている。
性格が違うからこそ、それぞれ補えるのだと。
「二人は頼れるし、若葉はもちろん、虎徹も文句言いながらも頼られると嬉しいと思うから。無理にとは言わないけど、もっと頼っても良いよ思うよ」
「うん、これからはもっと頼るよ」
「あ、……でも、俺のこともさ、まあ、頼ってくれると嬉しいなぁって」
「何自分で言って恥ずかしがってるのさ」
自滅しながらも、花音の笑い声に釣られて俺も笑う。
これくらいが俺たちにとってちょうどいいのだ。
「今日さ、双葉ちゃんが色々してくれたのはそうだけど、やっぱり颯太くんが一番私のために色々してくれたなぁって思ってるんだ。……だから、ありがとう」
正面からの感謝の言葉に、照れ臭くなってしまう。
「このまま好きになっちゃうかもー」
「……からかってるでしょ」
「バレた?」
明らかな棒読みだ。わからないはずがない。
しかし、冗談だとわかっていても、心臓には悪い言葉だ。
「颯太くんは、私が颯太くんのことを好きになったら、ダメかな?」
「……それ、前にも似たような話しなかった? 付き合ったら、とか」
「あー、確かに」
結論は付き合わないということだった。
ただ、最近どうもおかしい。
――何故あそこまで拒絶してきた花音に、俺は踏み入ろうとしたのか。
――何故ここまで花音のことを考えてしまうのか。
自分でも不思議で仕方なかった。
正直、今告白でもされれば、断れる自信が俺にはない。
そう思ってしまい、俺は話を変える。
「それは置いといてさ――」
「……置いとかれた」
わざとらしく拗ねた様子を見せる花音。
話が進まないと思い、俺はあえて無視した。
「進路希望ってどうしたの?」
「あー……」
複雑な表情を浮かべ、花音はカバンから一枚のプリントを取り出す。
進路希望調査票だ。
「出してなかったの?」
「うん。未定だったし、海外に転校するかもしれないって言ったら、とりあえず出さなくて良いって。進学とだけは口頭で伝えたけど」
海外に行くのか、日本に残るのか、それだけでも全く別の進路となってしまう。
もし海外となれば改めて大学を調べなくてはいけないため、一週間やそこらで決められる話でもない。
それに花音の場合、日本か海外かどちらの大学に行くか悩んでいるのではなく、
もしくは、担任の後藤がめんどくさがって、適当に対応しただけかもしれない。
「日本の大学なら目星はつけてあるから、とりあえずそれで出そっかな」
そう言って花音はプリントをカバンに戻した。
「颯太くんも、一緒の大学にする?」
「……考えとく」
花音はニヤニヤとしながら俺の方を見ている。
これもからかわれていただけかもしれない。
それでも、『同じ大学に進学するのは良いかもしれない』と思っていた。
この気持ちはなんなのだろうか。
いつもの調子を取り戻した花音にからかわれながらも、俺たちは帰路を辿る。
俺たちは、確かに同じ道を歩んでいた。
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