第79話 城ヶ崎夏海は独占したい
「はぁ……」
俺は溜息を吐く。その溜息に呼応するように、美咲先輩も溜息を吐いた。
「颯太くん……、ごめん」
「美咲先輩が謝ることじゃないですよ……」
「いや、妹の勝手だからね。姉として謝らせてもらうよ」
律儀というのか。
卒業して重圧から解放された美咲先輩は今までよりも柔らかい雰囲気になっていたが、その真面目さは変わらない。
「あ、お姉ちゃん」
ショッピングモール内で、前を意気揚々と歩く夏海ちゃんは急に振り返った。
「私、お兄さんのこと好きだから、盗っちゃだめだよー?」
「なっ……!?」
公然の場での言葉に、美咲先輩も驚きを隠せない。
自分の妹がこんなことを言い始めるのなら、そんな反応をするのも無理はない。
そう思っていた。
しかし違った。
「わ、私も颯太くんのこと好きなんだから!」
軽い調子で言った夏海ちゃんの言葉は注目を集めなかった。
だがしかし、咄嗟に声を荒げた美咲先輩には、周囲も注目してしまう。
ヒソヒソと「え、修羅場?」「どういう関係……?」と噂されており、視線が痛い。
「と、とりあえず、場所移動しませんか?」
俺は二人を連れ、この場を後にした。
ゆっくりと話せるよう、俺たちはカラオケに移動した。
「ごめんなさい……、取り乱しました……」
「いや……、うん、まあ、はい」
この短時間で二度目の謝罪だ。
流石に困ったのは困ったため、俺は美咲先輩の謝罪を受け入れておく。
そんなことはどこ吹く風というように、元凶である夏海ちゃんは楽しそうに曲を選んでいた。
――自由すぎやしないか?
「あんな妹だけど、良い子なのは良い子なんだ。……ちょっと自由なだけで」
「まあ、わかりますよ。……自由なのはちょっとじゃない気もしますが」
「ご、ごめんね……?」
今日三度目の謝罪。
こんなにも美咲先輩に謝られるのは、人生の中でも最初で最後になるだろう。
一回目とこの三回目に関しては美咲先輩が謝ることではないが、妹の不始末を謝罪するというのは兄や姉としてあることのため、気持ちはわからなくもない。
――それにしても、この姉妹は似ていなさすぎる。
キリッとした眼差しでクール系な美咲先輩だが、夏海ちゃんはホワホワとした雰囲気でおっとりとしたタレ目だ。
俺と凪沙は周りから似ていると言われており、若葉と初花ちゃんも性格は違うとはいえ容姿は姉妹とわかるくらいには似ている。
しかし、美咲先輩と夏海ちゃんは容姿も性格も真逆と言っても過言ではなかった。
可愛い系と美人系というところや、豊満な体つきは二人の共通点と言える。
また、俺の事が好きだということも。
冷静になって考えてみると、美人姉妹に好かれているという状況は男子にとって嬉しい状況だ。
……もし、俺が好意を持っていたらの話だが。
「お姉ちゃん。お兄さん盗らないでよね」
曲を選んでいたはずの夏海ちゃんが、いつの間にか俺の目の前にいる。
そして俺の腕に抱きついてきた。
――ま、マシュマロが……!
「ちょっと夏海!」
「えー、ダメですかお兄さんー?」
「だ、ダメじゃないけど……」
「颯太くん?」
「ダメです!」
この柔らかさに一瞬正気を失いかけたが、美咲先輩の凍てつく眼光が俺の正気を取り戻させた。
――危ない危ない。
相手が好きな人じゃなかったとしても、その柔らかさが嫌いな男なんて1%もいないだろう。
「夏海、さっきも言ったけど、私も颯太くんのこと好きなの。五年も前からずっと」
――五年!?
確かに告白されたが、そんなに前から好きだというのは知らなかった。
五年前というと、俺が中学に入学したばかりの頃……つまり出会って間もない頃だ。
流石に誇張している部分はあるかもしれないが、それでも言い方からして一学期頃だろうか。それより後なら、『四年』とか『四年半』とか言いそうだから。
「でもー、恋愛に時間は関係ないじゃんー?」
「それは一理ある。それでも簡単には渡さない」
恋愛ごとには消極的そう……実際に五年も想いを秘めていたことを考えると消極的だと断言できる美咲先輩だが、今日はやたらと好意を伝えてくる。
告白したことで吹っ切れたのか、それとも妹である夏海ちゃんに影響されたのかはわからない。
ただ、こうも率直に恋愛感情を伝えられると心に来るものがある。
……それは付き合いの長い美咲先輩だからこそだ。
「二人とも、落ち着いて」
落ち着けない原因が自分にあると言うのは百も承知だが、俺は二人の間に割って入る。……いや、物理的には元々入っているのだが。
二人の口論に割って入ったのはいいが、その矛先は俺に向いた。
「颯太くんは――」
「お兄さんは――」
「どっちを選ぶの?」
「どっちを選ぶんですか?」
セリフは違うものの、タイミングはピッタリだ。
性格は正反対と思ったが、実は案外似ているのかもしれない。
そう思っていると、夏海ちゃんに掴まれている左腕……とは反対の、右腕を美咲先輩に掴まれた。
「どっちも選ばないから! 俺は好きになった人としか付き合わないから!」
何とも言えない、綱引きの綱の気分になっている。
柔らかいものが時々当たっているため、男子的には嬉しいが、俺的にはやめて欲しかった。
無理やり二人を引きはがすと、俺は立ち上がった。
「前も言ったように、先輩のことは好きですけど、それは先輩としてです。夏海ちゃんはそもそもほとんど初対面みたいなものだし、そんな感情湧いてこないよ」
恋愛対象として見れていないだけで、二人とも魅力的な女の子であることには違いない。
恋愛感情を抜きにすれば、男としては当然ゴリゴリと理性が削られる。
――俺くらいは許してほしい。
「お兄さんのことゆっくりと攻めていくつもりでしたよー? でも他にもお兄さんのことが好きな人がいるなら、早く落としたいですー」
「わ、私も諦めきれないから……。チャンスがあるなら頑張りたいし……」
そう思ってくれるのは嬉しい。
嬉しいのだが、それで俺は困っているのだ。
「……積極的な人は嫌いじゃないですけど、嫌と言っているのに迫られるのは嫌です」
俺はわざと怒ったような素振りを見せた。
すると、二人とも思っていた以上に落ち込んでいた。
「普通に遊ぶ分にはいいので、今日は友達として遊びましょ?」
いつものように俺がそう声をかけると、二人は表情を明るくした。
正直、一気にモテ期が来て困惑している部分もあり、それなのに自分が二人に揺らぐ気配がないことにも困惑していた。
――多分、去年なら簡単に落ちていただろう。
それから俺たちは
無理に迫られることもなく、俺の心は平穏だった。
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