第74話 颯太は花音と話せない

 三年生になった始業式。

 その翌日から俺は……俺たちは花音と会話がなかった。


 正確に言えば一言や二言、ちょっとした会話をしている。

 しかし、今までのように昼ご飯を一緒に食べたり、休み時間に会話をすることがなくなった。


 元々花音は人気者だ。俺たちと話さなくても話しかけてくる人は多い。

 今までも俺たちとだけ話していたわけではない。もちろん他のクラスメイトとも話していた。

 俺たちと話すことの方が多かったが、それが他のクラスメイトと話す時間の方が多くなった……その時間ばかりになったという違いだった。


 ――明らかに違う。

 何かあったのか聞こうと話を切り出すと、毎回はぐらかされるのだ。


「どうしたんだろうね……」


 若葉は寂しそうに花音を見つめる。


 昼休み、虎徹が俺と若葉の席に来て三人で食べていた。そんな時、若葉はボソッと呟いた。


 花音はここ数日は「他の子に誘われて」と言って、毎回断ってくるのだ。

 実際、他の人と食べているのは間違いないが。


「……まあ、本宮も本宮で色々あるんだろ」


 虎徹も冷たく言い放つが、どこか寂しそうな雰囲気はあった。


 四人で仲良くしていたい。

 花音はそう願っていたはずだが、そんな花音自身がどこか俺たちと距離を取っている。


 そう感じていた。




 放課後、バイトがあると急いで帰った虎徹と、部活に向かった若葉を見送って、俺は教室で項垂うなだれていた。

 理由は三年生になって重要となること……進路希望だ。


 三年生になってかれこれ一週間が経とうとしている。

 そのため、「とりあえず現時点で考えている進路を書くように」と、今年も担任になった後藤に言われた。


 若葉は行きたいと思っている大学を書いていた。


 虎徹は適当に進学と書き、それらしい大学名を書いていた。ただ、虎徹の場合は本当は進学か就職かも未定だ。

 進学の可能性もあるため二年生時点でも進学とは言っており、現実味を持たせるために自分の学力で狙えそうな大学を書いている。しかし、それは今回のような進路希望を適当に流すために用意しただけの回答だった。


 どちらにしても、明確な答えがある二人。

 それに比べて俺は、何もかも不透明だ。

 進学か就職か決めておらず、進学ということにしてある。行きたい大学も行きたい学部も考えていない。

 かと言って、俺は適当に『就職』と書くこともできなかった。


「はあ……」


 思わずため息をつく。

 俺は教室を見回すと、同じように進路希望を書けていないクラスメイトが残されている。


 今日は金曜日で、進路希望用紙を渡されたのが月曜日だ。提出できて当たり前と言えるほど、余裕をもって期限は設定されていた。


 他のクラスメイトたちは書くのをただ忘れていただけの人が多いようで、そこまで悩むことなくすぐに帰っていく。

 もちろん悩んでいる人もいたが、ある程度方針が決まっていたのか、あるいは適当に書いたのか、しばらくすると教室にいるクラスメイトの数は減っている。


 そんな中でも俺は決められない。

 そして、次々にクラスメイトが帰っていく中で、もう一人帰れていない人がいた。


「花音も決まらないの?」


 俺は花音の席に近づき、目の前にある虎徹の席に腰を下ろした。


 花音は一瞬、俺から目を逸らすと、遠慮がちに視線を俺の方に戻す。

 そんな一瞬の行動でも、俺は胸が痛んだ。


「決まらないねー。って言うより――」


 花音はそこまで言ったが、「やっぱり決まらないなー」と誤魔化すように不自然に言った。


「はあ……」


 ため息を吐いて席を立つと、花音は体をびくつかせた。


「花音はさ、最近俺たちのこと避けてるよね?」


 ここ数日、濁されたままだ。

 逃げ場のないこの状況で、俺ははっきりと言ってやった。


 他人のことだ、何を考えているのかわからないのは当たり前で、俺も花音の全てを理解できているなんて傲慢な考えはない。

 それでも花音は何も言わずに距離を取るため、すらできないでいた。


 ただ俺たちと一緒にいることに嫌気が差したのか、他に仲の良い友達ができただけなのか。

 ――それとも、何か別の理由があるのか。


 今まで変に気を使っていた自覚はある。ただ、それはお互い様なところがあるという話は前にもしていた。

 それでもできる限り、普通に友達と変わらない扱いをしようと心がけた。

 俺にとって花音は友達で、親友で、……でもそれ以上な、うまく言葉に形容できない感情を抱いている。


 だからこそ、うまく接することができない。

 接しているつもりでも、多分、虎徹や若葉とはまた違った接し方をしてしまっている。


 俺も歩み寄らなければならない。

 ただ、拒絶されているのでは、どうしようもないのだ。


 しかし、花音は拒絶した。


「別に、避けてないよ? たまたま予定が合わないだけ」


 この時の俺は、心の中で沸々と煮えたぎるような感情にさいなまれる。


 ――そんなわけないだろ。


 ただ、その気持ちを抑え、俺はゆっくりと言葉を吐いた。


「じゃあ、明日……は土曜日だから、月曜日に四人で昼ご飯食べよう」


「ごめん、もう約束しちゃった」


「じゃあ、火曜日は?」


「その日も……約束してある」


「じゃあ水曜日とか、木曜日とか……金曜日とか」


「約束しちゃってるから、ごめんね」


「それなら、土日に遊ばない? 明日とか明後日……は急だけど良ければ。無理なら来週とか再来週とか」


「うーん……、バイト入れてるし、次の空いてる日に遊ぶ約束してあるから、難しいかな」


「じゃあ放課後は? いつでもいい。予定合わせるから」


「どうかなぁ……」


 結局いつ誘っても濁され、どの予定も拒否される。


 もしかしたら本当なのかもしれないが、四人の中で誰よりも、今まで四人での予定を優先させてきたのは紛れもなく花音だった。

 そんな花音が一週間も、二週間も別の予定で埋めてあるというのは考えにくい。


「わかった」


 俺は何もわかっていない。

 しかしそう言って自分の席に戻る。


 今は花音の顔を見たいとは思えない。

 この場にいたくない。


 俺はそう思い、適当に『進学』と書き、大学名を書きなぐった。虎徹が書いていたのをほとんどそのまま書いただけだ。


 席を立ち、帰り支度をする。

 そして一言、俺は残していった。


「じゃあまた月曜日。……ばいばい、


「うん……、。またね」


 俺はこうして、教室から出ていった。




 悔しい。

 花音に苛立ち、……そして自分自身に苛立っている。


 ――なんだよ。……なんだよなんだよなんだよ。


 花音はこんな簡単に俺たちのことを切り捨てられるのか。

 何か悩んでいるのなら、相談くらいしてほしかった。

 声をかけたところではぐらかされ、話をすることもできていない。


 でも、花音の性格は知っている。

 まだ半年。全てを知っているわけではない。

 こんな短い付き合いでも、花音がめんどくさくて、気を遣ってしまう性格なのはよくわかっている。

 それでいて自分勝手でわがままなところがあって、そのくせ寂しがり屋で、言いたいことを言えない時があることはよく知っていた。


 もし、嫌われていないのなら。

 俺はもう、……少なくとも今回に関しては、花音に遠慮するつもりはなかった。

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