第73話 青木凪沙は入学する

「今日はありがとうございます! 今日から後輩になったので、よろしくお願いします!」

 俺たちが校門前で待っていると、入学式を終えた凪沙はそう言って俺たちの元にやってきた。

「凪沙ちゃーん! 制服似合ってるね!」

「ありがとうございます!」

 凪沙は新品の制服に身を包んでいる。試しに家で「着てみた!」と凪沙が見せに来ことがあったため、俺は一度見ている。ただ、今まで中学の制服に慣れていたこともあって、どこか見慣れない。

「友達はできたか?」

「そんなすぐにできないって。……まあ、同じ中学の子とかも何人かいたからその子たちとか、あとは席が近い子とはちょっとしゃべったかな」

 凪沙はコミュニケーション能力が高い。

 俺も決して低いわけではないが、波長が合う男子……去年のクラスマッチで一緒になった中田や山村のような人たちとは普通にコミュニケーションは取れる。ちなみに二人とは今年も同じクラスだ。

 男子とは普通に話せるのだ。……ただ、女子に自分から話に行けないだけで。

 花音や若葉のように慣れている人であれば問題ないのだが、クラスの女子には無理だ。用がある場合には声をかけられるが、雑談をする勇気はなかった。

 しかし凪沙は……、

「ちなみに隣の席の子は男子だったよ」

 男子とも普通に話せる。

 気の合う友達以外とは一線引くという性格は似ているが、コミュニケーション能力は似ているようで正反対だった。

 そして、俺は凪沙の言葉に「よかったなー」と生返事をすると、それが気に食わなかったようですねに蹴りを入れられる。

「いたっ! なんだよ!」

「ちょっとくらい嫉妬してくれてもいいんじゃない? 過干渉過ぎたらうざいけど」

 ――どっちなんだ!

 思わずそう言いたくなるような凪沙の行動に、俺は涙目を浮かべていた。

「凪沙ちゃんは颯太くんのことが好きなんだもんねー?」

「そういうわけじゃないですよ。なんとなく腹が立っただけです」

 今日の凪沙は少し冷たい。普段から優しい時と冷たい時はあるが、今日は冷たい方だった。

 しかし、もう十五年も一緒にいるのだ。凪沙が冷たい時は普通に機嫌が悪いだけの時もあるが、テンションが上がって変になっている時もあるのだ。

 花音に頭を撫でられて照れている様子から察するに、今日はテンションが変になっている方だ。

「ってか、逆に聞くけど俺が女子と仲良くしてたら嫉妬すんの?」

「何言ってんの? するわけないじゃん」

 ――完全にブーメランなんだが。

「はいはい。……じゃあ、彼氏いるの? ってか、いたことあるの?」

 そういうことを聞いてほしいのかと思い、俺は投げやりに聞いてみた。

「いないし、いたこともないけど?」

「何だったんだこのやり取りは」

 無駄すぎるやり取り。結局いないなら、何故男関係を探って欲しそうにしたのか。

 彼氏がいるから自慢がしたかったとかなのかと思っていた。

 正直に言うと、俺としては凪沙に彼氏ができたとしても構わない。そのため今までも、深くは詮索しなかったのだ。

 兄としてはろくでもない男と付き合ってほしくない気持ちはあるが、凪沙自身が好きだというのなら止める権利はないとも思っている。

「じゃあ、逆に俺にいると思う?」

「……もし仮に彼女がいるのに花音さんと一緒にいたら、おにい絶対に刺されるよ? バカな妄想しないでよ」

 いつもより何倍も凪沙の言葉の切れ味が鋭い。しかしここまで俺に対しての対応が酷いのはそれだけテンションが上がりすぎていると思っておこう。

 ……決してMじゃないが、これはこれで少し嬉しい。

「と、とりあえず行こっか?」

 花音は間に入り、場を進める。

 早めに来た凪沙だったが、徐々に他の生徒たちも帰宅し始めていた。


「そういえば父さんと母さんは?」

 俺は目的地に向かう途中、凪沙に尋ねた。

 普段は共働きで忙しい両親だが、こういった行事には休みを取って毎回参加してくれている。

「二人とも帰ったよ。……いや、帰ってはないかな? 私がおにいたちと遊ぶって言ったら『デートしてくる』ってさ」

「あぁー……」

 うちの両親は仲が良い。共働きで会えない分、両親曰く『ずっと新鮮』らしい。

「奇遇だな。うちの親も今日はデートらしい」

 そう言って虎徹が会話に参加してくる。花音と若葉は少し前を歩き、会話を弾ませていた。

「テツくんちって、親が仲良いんだっけ」

「ああ。ブラックコーヒー飲んでても練乳飲んでる気分になるくらい甘いぞ」

 虎徹はげんなりしながらそう言う。

 例えがよくわからないが、うちよりも虎徹の家の方が両親の仲は良いのだ。

 うちはたまに見てられないと感じるくらいで微笑ましいものだが、虎徹の家は常に見ていられなくてうんざりするレベルだ。

 そんな話をしていると、凪沙は前を歩く二人に声をかけた。

「若葉さんと花音さんの家はどうなんですか?」

 空気が固まる音が聞こえた。

 尋ねられた一人である若葉と、凪沙の両脇にいる俺と虎徹の表情は一瞬にして固まった。

 ……花音にとって家族の話は触れてはいけない。

 凪沙は知らないとはいえ、事情を知っている俺たちはそう思っていた。

 しかし、それが気の遣い過ぎなのだと、今更ながら気付かされることとなった。

「うち仲悪くてさ。お父さんもお母さんも、どっちにも会ってないんだよね。実質一人暮らし中」

「え……、えっと……」

 悪気はなかった。凪沙もまさかこんな答えが返ってくると思っていなかったのだろう。

 ただ、花音がこうやってすんなりと答えるとは思っていなかった。

 ――それだけ、花音も強くなっているという証拠に他ならない。

「あ、ごめんね。別に気にしなくてもいいよ? 大変だし寂しいけど、案外慣れると一人暮らしも楽しいし」

 凪沙が困惑したことで、花音は慌てたように補足した。

「……それに、みんながいるから。今は寂しくないよ」

 そんなむずがゆくなるような言葉に俺は少し嬉しくもなる。

 ……しかし、今日の花音はどこかおかしい。そうも思っていた。

 以前は遠慮しながらも俺たちと一緒にいれることが嬉しいと、距離を詰めようとしていた。ただ、今は素のままの発言でそんなことを言っているのがわかる。

 嬉しいが、どこか違和感を覚える発言だ。それも、三年生になったテンションからかもしれないが……。

「か、かのんちゃんがそう言ってくれるのは嬉しいなぁ! ちなみにうちは普通だよ。喧嘩する時もあるけど別に仲悪いって感じじゃないかな!」

 若葉が話題を花音から自分へと移し、それから花音の話題に触れることはなかった。


 しばらくして目的地……、いつものように駅前でぶらぶらとするだけだが、俺たちは時間いっぱいまで話しながら、それぞれが見たいものを見て回る。

 こうして時間は過ぎていき、今日はそれだけで解散した。


 俺たちは花音の話題に敏感になりすぎているのかもしれない。

 気にしている俺たちと、気にしていない花音。花音が気にしていないのなら、俺たちが気にしすぎるのも変な話だ。

 花音も無理をしている様子はないが、どこか違和感はあった。

 楽しい時間を共有しながらも、俺たちはどこかすれ違い始めていたのかもしれない。




 ――そしてこれから数日間、俺たちは会話をすることもなくなっていた。

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