第72話 青木颯太はちょうどいい

 四月八日金曜日。

 俺は普段と変わらず通学路を歩いていた。

「おはよー……って今日は若葉も一緒か」

「そだよー。今日は部活、休みだからね」

 いつも虎徹と集合しているコンビニに、珍しく若葉がいた。


 今日は始業式の日……三年生になって初登校の日だ。午後からは入学式もある。

 午後からも体育館を使われるため、体育館を利用する部活のバレー部が休みなことは不自然ではない。

 そもそも先生たちも入学式に出席するため、顧問不在の状態にもなるのだ。それ以外の部活も、新一年生にとっての節目となる入学式という日のため、入学式が終わるまでは部活動が禁止となっている。さらに言えば、入学式の手伝いなどの生徒以外は一度学校から出ないといけない。

「部活休みだし、せっかくだから放課後遊びたいなぁ」

 歩きながら若葉はそんなことをつぶやく。

「俺は凪沙が入学式だからなぁ。親が出席するし俺は特に何かあるっていうわけじゃないけど、妹が入学式なのに俺が遊んでるってのはなんかなぁ……」

「確かにそうかもねー……。だけど、颯太って真面目なのか不真面目なのかわからないよね」

 若葉にそう指摘されるが、なんとなく自覚している。

「でもさ、若葉も初花ちゃんが卒業式の日なのに遊びに行くのってできる?」

「うーん……、罪悪感あるかも」

「そんな感じの気分なんだよ。別にいいんだろうけど、なんとなく気が引けるし」

 俺たちが同じ学校に通って気軽に遊べる時間はあと一年。時間は限られているため遊びたいところだが、この時ばかりは凪沙を優先したい気持ちになっていた。

 そして、意外にもそれについて提案してきたのは虎徹だった。

「じゃあ、凪沙も終わったら連れて来れば?」

 珍しい。

 いつも凪沙を適当にあしらっている虎徹がこんな提案をするなんて思ってもいなかった。

 驚いた俺と双葉は顔を見合わせた。

「……なんだよ」

「虎徹……、ツンデレってやつ?」

「おい誰だ、若葉にこんなこと教えたのは」

「ブーメランじゃね?」

 一般的に浸透している『ツンデレ』という言葉だが、若葉は何となくでしか意味が分かっていない様子だ。

 そしてこんなことを教えるのは、普段から躊躇なくオタ発言をしている虎徹か、最近若葉たっての希望で好きなアニメやマンガを教えている花音だ。

 ――正直言うと、虎徹の方が犯人の可能性は高い気がする。

「まあ、とりあえず凪沙も誘ってみるか」

 俺は携帯を取り出してメッセージを送る。いつも反応の早い凪沙だが、少し待っても返事が来ないため、入学式の準備でもしているのだろう。

 そうこうしているうちに俺たちは学校まで到着した。

 すると、校門前には花音が立っている。

「あれ? かのんちゃんどうしたの?」

 いつも校門で待ち合わせしているということもなく、そもそも教室はすぐそばなのだ。

「クラス変わるし、どうなのかなって」

 花音は不安そうに……そして恥ずかしそうにそう言った。

 つまり――、

「花音は一緒のクラスになれるか不安で寂しくて俺たちを待ってたってことかー」

 いつもの仕返しと言わんばかりに、今日は俺の方から仕掛けてみた。

 しかし、こういう時ばかり花音は素直なのだ。不安そうな表情のまま、花音は頷いた。

 そしてこういう時にいつも流れを変えるのは、やはり若葉だった。

「大丈夫大丈夫、前までは私だけ別だったし、……選択科目被ってたのにおかしいよね?」

「わ、若葉? 大丈夫。三年生だと進学組と就職組の振り分けもあるから!」

 花音を励まそうとしていた若葉だが、自分で言った言葉で落ち込み始めた。

 二年生に上がる際は文理選択に加えて選択科目別でクラスを分けられていた。俺たちは偶然、全員が理系の化学を選択していたのだが、化学選択者が多かったため一部は生物を選択した生徒が集まるクラスに入っていた。

その一人が若葉だ。

ただ、三年生はその先の進路も考慮してクラス分けをしている。花音と若葉は進学予定だということもあり、俺と虎徹も可能性を広げるためにも進学を選択していた。……絶対に進学しなければいけないという決まりはないからだ。

 もし進学が多すぎれば去年の若葉と同じことになってしまうが、同じクラスになれる可能性は高いのだ。

「俺が一番心配してるのは、颯太の名前が二年生のところにあるかもしれないということだな」

「進級できるし!」

 そんなことを言いながら、俺は少し不安だった。

 留年となる評定1はなかったが、2は見飽きるほどあったのだ。『総合的に判断して……』なんて言われれば、否定できないほどの不安要素は残っていた。


 俺たちは教室に入る。……三年四組の教室に、だ。

「良かったよー!」

 若葉は嬉しそうな声を上げる。

 無事、四人とも同じクラスだった。そのため、俺たちはほっとしていた。

 花音は全員同じクラスだったということ。

 若葉は今年は一人だけ違うクラスにならなかったということ。

 俺は……ちゃんと進級できていたことにだ。

 意味はそれぞれ別ながらも喜んでいる俺たちに、虎徹は何も言わなかった。

 ……ただ俺は知っていた。虎徹はクラスが違ったところで何も思わないということを。

 以前、虎徹とクラスの話をしたことがあった。その際、「クラスが離れたくらいでなくなる関係なら、それは友達じゃないだろ」と言っていたのだ。

 同じクラスであるに越したことはないが、虎徹にとって重要なものではない。

 そのため、虎徹は喜んでいる様子はない。……かと言って、今の俺たちに水を差すつもりもないようだ。

 俺たちはそれぞれ席に荷物を下ろすと、虎徹の・・・・・・そして花音の席の近くで話していた。

「二人ずつだけど、席は近いからそれも良かったね」

 花音が言うように二人ずつ……俺と若葉、花音と虎徹は席が前後だ。

 主席番号順に並べると、『青木』と『井上』、『藤川』と『本宮』。並んでいても不自然ではない。二年生でも花音と虎徹の出席番号は並んでいた。

「そうだねー。でも、颯太と前後かぁ……」

「何か不満でも?」

「いやぁ、面倒見ないといけないなぁと」

 そう不満を漏らす若葉。しかし、面倒を見られることはない。

「確かに俺は寝てたり授業を聞いていなかったりしてるけど、迷惑はかけないぞ?」

「ホント……?」

 疑惑の目線を向けてくる若葉に、「もちろん」と俺は自信満々で頷いた。

「颯太はわからなかったらそのまま放置しているからな。迷惑はかけないけど、それが成績悪い原因だ」

 二年間クラスが同じ……そして今年で三年目になる虎徹がそう言い張った。花音も三年間同じクラスだが、一年生の頃は接点がなかったため、「なるほどー」と納得していた。

「颯太……本当に大丈夫?」

「今年は頑張るから……うん」

 進路がかかっている年なのだ。今更遅いかもしれないが、三年生になったことでやる気自体は少しばかり……ほんの少しだけ上がっていた。

「かのんちゃんと近くの席が良かったー」

 そう言って抱き着く若葉。花音は「ちょっと、もー」と言いながらも少し嬉しそうだ。

「そんなこと言うなら、若葉も藤川だったらよかったな」

「へぁっ!?」

 突然、変な声を出しながら顔を赤くする若葉。花音も頬を赤く染め、虎徹は目を逸らしている。

 何故そんな反応をされるのかわからなかった。しかし、若葉に言われてその意味を理解した。

「わっ、わわわ私がふっ、ふふ藤川って……、それってけっ、けけけけけ結婚……」

「違う。そこまで考えてなかった」

 そういう意味では言っていない。

 確かに仲の良い二人が何故付き合ってないのか疑問ではあるし、最初に出会ったときは付き合っているのだと思っていた。

 ただ、俺が今言った言葉はそんな意味で言ったわけではなった。


 初日からグダグダで……、でもこれくらいが俺たちにはちょうどいい。

 そんな三年生の初日を迎えていた。

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