第71話 この時間を楽しみたい
「ねえ、颯太。……颯太って進級できるの?」
突然そんなことを言い始めたのは若葉。
四人で和気あいあいと話していた時、そんなことを突然言い始めた。
虎徹は目線を逸らし、花音は固まっている。
「おい、失礼にもほどがあるぞ」
さすがの俺も言い返す。しかし、若葉の目線は冷たいものだった。
「いや、だって、学年末テストでも赤点取ってたじゃん」
そう言われて俺は目をそらした。
卒業式直前に行われた学年末テスト。その際、俺は二教科赤点を取っていた。
今回に関して言い訳をすれば、単純にミスしたのだ。
今までは単純に実力不足だったが、二学期の期末テストで美咲先輩に鍛えられたことや、凪沙の受験もあったことで俺も一緒に勉強する時間は増えていた。ギリギリとはいえ、単純な学力だけで言えば赤点は回避できたはずなのだ。
それなら何故赤点を取ったのか。
……それは、単純に解答欄をずらして書いてしまったからだ。
ただ、それはよくあるベタなミスではない。わからなくて飛ばしたところにわかった問題を記入してしまい、しばらく回答してからわからなかった問題を飛ばす際に飛ばしすぎてしまったのだ。
例に出すなら、二問目がわからずに飛ばしたところに三問目の答えを記入して、十問目がわからずに十問目と十一問目の解答欄を飛ばした。その後は普通に答えていったため、正解する部分もあったおかげで0点ではなかった。ちなみにこれは英語でやらかしたことだが、日本史でも似たようなことをやらかした。
どうしてこうなったのかと言うと、解答欄が単語だけの記入と長文での記入があったため、中途半端に合ってたりズレてたりした。だからこそ全部間違えるという最悪の事態は免れた。
……赤点という最悪の事態にはなったが。
そしてどうしてこんな会話になったのか、それは俺が「もうすぐ三年生だなー。進路とか考えてる?」と軽くいったことが始まりだった。
「ねえ颯太、本当に大丈夫なの?」
「だ、大丈夫、大丈夫……」
大丈夫……なはずだ。
以前に比べて点数は上がっており、各担当の先生もズレていなければ赤点回避できたというお墨付きをもらっているのだ。
そして、追試は無事合格している。
「颯太……。颯太が後輩になっても、友達だからね?」
「勝手に留年させるな」
いつぞや、虎徹にも似たようなことを言われた。性格は真反対の癖に、幼馴染というだけあって思考回路は似ているのかもしれない。
「もうすぐ成績表が返ってくる。評定が1だったら落単で、留年だ。……颯太に1があったらみんなで優しくしてやろう」
「おい、この野郎」
虎徹まで不吉なことを言い始める。
唯一まともな言葉をかけてくれるのは花音だけだ。
……そう信じていたのに。
「花音先輩が勉強教えてあげよっか?」
くすくすと笑いながら、からかってくる花音。
自然な笑顔を見せてくれるようになったのは嬉しいが、この笑顔は憎たらしい。それでもかわいく思えてしまう。……ただ、やはり憎たらしかった。少しくらいやり返さないと俺の気も済まないというもの。
「そう言うなら教えてくださいよー。……二人きりでみっちりと」
俺がそう言うと、何を想像したのか花音は顔を真っ赤にする。そして虎徹は「うわー……」と、若葉は「へんたーい」と言った。
――別に変な意味はないのだが。
そしてやけになっている俺は続ける。
「俺はすごいぞ? どれだけやってもずっと終わらない。朝から晩までやりっぱなしだ。しかもそれが何日も続くぞ?」
マシになったとはいえ、今まで成績最底辺にいた男だ。どれだけ勉強しても足りるはずもない。
さすがに寝ないわけにはいかないが、朝から晩まで勉強しても、多分一カ月やって平均にようやく追いつくくらいだ。
自分で言っておいて悲しくなるが、それだけ俺はバカな自覚はある。
何故か顔を真っ赤にし、「あわわわわわ」と花音は
「颯太……、流石に今のはないぞ?」
「うん……、ちょっと引いた」
「ええー?」
何故か虎徹と若葉にドン引きされ、花音は依然として顔を赤くしたままだ。
その理由がわかった時、花音に謝り倒したのは言うまでもない。
三学期の終業式が終わった当日。
部活を終えた若葉を待った俺たちは、期末試験後に集まった焼肉店に来ていた。
「二年生お疲れ様あーんど颯太進級おめでとうー……ということで、かんぱーい!」
いつも通り若葉の音頭で始まる。
それぞれ持ったグラスを上げて当てると、気味のいい音を鳴らす。
「颯太くん。進級できてよかったね」
花音はまるで聖母のように
「花音ってさ、俺のことなんだと思ってるの?」
「いざというとき以外は頼りない私の親友」
笑顔から一転、急に真面目な顔になった。
率直に親友と言われることに照れてしまうが、『いざというとき以外は頼りない』という言葉も付けられているため複雑な気持ちだ。しかし、裏を返せば『いざというときは頼れる』ということでもあり、やはり俺は照れてしまった。
「あー、颯太くんにやけてる」
「……うるせー。花音は俺のことをいざというときは頼りになると思ってるってことだなって」
少しばかりの仕返しのつもりで言い返したが、花音には効かなかった。
「うん、そうだよ」
真剣な表情で返されるとさらに照れる。何と闘っているのかはわからないが、どうやら今回は完敗のようだ。
そうも思っていたが、どうもそういうわけでもなかった。
「かのんちゃん、耳真っ赤」
若葉から指摘が入り、俺は花音の耳に視線を向ける。髪で隠れていて見づらく、店の照明があってわかりにくいが、確かに心なしか赤いような気がした。
「若葉ちゃん……、今のはない」
「ええー?」
花音はわざとらしく怒るような表情を見せている。……怒ってないのはまるわかりだが。
「ねーねー虎徹。今のって私悪いところあった?」
「知らん。ただ言わせてもらうと、素直過ぎて余計なことを言うときがあるから、気を付けような?」
遠回しに答えを言っているようなものだが。
この中で唯一、若葉の味方をするのは俺だけだ。心の中で感謝しておく。
こんなやりとりができるのも、高校を卒業するまで……あと一年だけ。
もちろん高校を卒業してからも集まればいいのだが、今よりも機会は格段に減ってしまう。
――この一年をどれだけ楽しめるのか。
――そして、これからの自分たちがどうなっていくのか。
そんなことを考えながらも、俺は今を精一杯楽しんでいた。
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