第70話 城ヶ崎美咲は伝えたい

「颯太くん、私は君のことが好きだ」

 美咲先輩はそう言う。

 その言葉に俺の頭はグラついた。


 全く考えていなかったと言えば嘘になる。美咲先輩が生徒会の仕事以外で、男子と仲良くしている姿を見たことがなかった。

 好意はあると思っていた。しかし、それが恋愛感情かと言えば、不確かなものでもあった。

 そして俺は、ではないと自分で思っていた。

「……なんで、俺なんですか?」

 俺はそう口走った。

 すると、美咲先輩は逆に聞き返してくる。

「なんで……と言うと、どういうことかな?」

「……俺は美咲先輩に好かれるような大層な人間じゃないです。仲良くしていたとは思ってるので、正直言うと好意はあると思いました。それでも、恋愛感情を抱かれるほどとは思っていません」

 自分で言っておいて悔しいが、俺は普通の人間なのだ。優等生の美咲先輩と釣り合うとは、到底思えない。

「美咲先輩ならもっと良い男と付き合えますよ。俺なんかじゃなくて、良い人はもっといます。美咲先輩に見合った人が……」

「私は颯太くんがいいんだ! 颯太くんはいいところがいっぱいある。私は颯太くんの優しいところが好き。話を聞いてくれて、こんな私と話してくれる颯太くんが好き。颯太くんじゃないと……」

 辛そうな表情をする美咲先輩。その表情で俺の胸は締め付けられそうだ。

「私は普通に付き合いたいだけなんだよ。私じゃダメ……かな?」

 真剣に想いを伝えてくれている。そんな美咲先輩に、俺は真摯に受け止め、答えなければいけない。

「……言い訳ばかりでしたね。自分がどうとか、美咲先輩はそういうところも見て伝えてくれたんですよね。……俺もちゃんと答えます」

 答えるのを逃げていた。理由をつけて、美咲先輩から引いてほしいと思ってしまった。

 ――そんなの、俺のエゴだというのに。

「改めて言わせてほしい。青木颯太くん。好きです。私と付き合ってください」

 真っ直ぐに目を見てくる美咲先輩。

 俺はもう逃げない。言葉を吐き出した。


「ごめんなさい。美咲先輩とは付き合えません」


 それが俺の答えだ。美咲先輩とは付き合えない。

「そう、か」

 告白を断られたのだ。美咲先輩は悲しい表情をしている。

 ただ、その顔を見たくないからと、ここで『付き合います』と言えないのが俺の気持ちだった。

「……未練がましいかもしれないけど、理由を聞かせてもらってもいいかな?」

 多分、美咲先輩も今の状況から付き合えるとは思ってないだろう。それでも理由を聞きたいのは、美咲先輩自身が納得したいからだ。

「美咲先輩のことは好きです。……でも、それは恋愛感情じゃなくて、一人の人間として、尊敬できる先輩として、あとは友達……と言っていいかわからないですけど、そういう気持ちの『好き』です」

 俺と美咲先輩では好きの種類が違う。

 濁さず、はっきりと言った。

「恋愛感情というなら、美咲先輩のことが好きじゃありません。美咲先輩は魅力的な人で、意識してしまうことはありましたが、俺は美咲先輩のことを恋愛対象として見れないから、……ごめんなさい」

 ありのままの言葉を吐き出す。

 俺の気持ちは、美咲先輩の気持ちを受け入れられない。

 俺は美咲先輩と付き合えない。

「わかった。ありがとう」

 無理に取り繕った笑顔を見せる。しかし、涙は止めどなく溢れ出していた。

「最後に、この言葉が伝えたかったんだ。青木颯太くんのことが好きな、城ヶ崎美咲として」

「…………はい」

「でも、簡単に諦められないのは……好きなことは許して欲しい」

「……はい」

「それで、良ければだけど、これからも友達として、会ってくれないかな?」

「はい」

 これからも美咲先輩の好意を受け続ければ、もしかしたら気持ちが変わってしまうかもしれない。ただ、それを伝えたところで、気持ちが変わらないかもしれない。変な希望を持たせないためにも、俺は断ち切った。

 それでもなお好きだと言ってくれるのは、俺が拒否できるものではない。

 ……それは美咲先輩の気持ちなのだから。

「俺、もう行きますね」

「うん。来てくれてありがとう」

 フっておいていつまでも一緒にいるというのは、美咲先輩のことを傷つけることになりかねない。

 そう思い、俺は屋上を後にする。

 暖かい日が増えた今日この頃。

 屋上よりも、校舎の中が嫌に寒く感じて仕方なかった。




「……さきさき先輩」

「……双葉さん」

 私は声をかけずにはいられなかった。

 ずっと近くで見ていた。

 応援はしていなかった。

 それでも……、学年が違っていても、立場も違っていても、颯太先輩を好きになったさきさき先輩を放っておけない。

「私じゃ、ダメだったよ」

「知ってますよ。聞いていましたから」

 今日だって、すぐそこでさきさき先輩の告白を……颯太先輩の返事を私は聞いていた。

 さきさき先輩は「……そう」と淡白に言って俯いた。


 今日告白することは、さきさき先輩から聞いていた。屋上で告白することも、事前に聞いていた。

 だから私はすぐ側で待っていた。颯太先輩がいなくなってすぐに、さきさき先輩に声をかけられるように。

「無理って、わかってたでしょ?」

「……まあ、颯太先輩ですから」

 今の颯太先輩は好きな人がいない。さきさき先輩がダメで、私が仮に告白してもダメだろう。……多分、若葉先輩や花音先輩だろうと。

 彼女が欲しいと言っておきながら、好きな人じゃないと付き合わないなんて言う人なのだから。

「後悔してます?」

「してないよ。伝えられて良かった」

 強気でそう言うさきさき先輩。虚勢を張っているのはすぐにわかってしまう。

 ……いや、後悔していないのは本当でも、『伝えられて良かった』というのは少し違うはず。そうじゃなくて、『伝えて、その恋が実ればもっと良かった』というのが本音だ。

「私たちの仲じゃないですか。強がらなくてもいいですよ」

「私たちの仲って……。確かに可愛い後輩だとは思ってるけど、普段遊んだりもしないくらいの仲だよ?」

「それなら、今度遊びましょう。颯太先輩が信頼してるさきさき先輩ですから、私にとっても信頼してるんですよ?」

 颯太先輩のことを好きになった人……良いところを知っている人だから、私はもっと仲良くなれると思っている。

 さきさき先輩は涙を零しながら、笑顔を浮かべてくれた。

「そうか……、じゃあまた遊ぼうか」

「はい!」

 苦い初恋。

 颯太先輩との恋は応援できなかったけど、さきさき先輩には幸せになって欲しい。

 ――だって、さきさき先輩はこんなにも良い人なのだから。

「さきさき先輩。今日だけは、私の胸を使ってください。一人の友達として」

「……そうさせてもらおうかな」

 ゆっくりと近づくさきさき先輩は、恐る恐る私の胸に顔をうずめた。

 今までは静かに泣いていたさきさき先輩。

 喚くような泣き声が、私の胸に……そして春が近づくこのそらに響き、風とともに流れていった。


「先輩。今度は私の番ですよ」

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