第64話 青木颯太は心配する

 凪沙たち中学三年生の受験当日、俺は学校にいた。

 美咲先輩に頼まれて試験の手伝いをすることになったが、大したことはしていない。

 まず行ってからはテストの準備。……とは言ってもあまり触っていいものではないため、ほとんど先生に言われたことをしていただけだ。

 欠席した受験生もいるため、連絡がないのに来ない生徒を照らし合わせて人数確認をしていた。

 そして、一番あり得てはならないことに気がついてしまった。

「あれ、一人足りない……?」

 連絡もなく来ないとなれば、まだ自業自得だと言えるかもしれない。

 ただ、来ているはずの受験生が一人足りない。どこかで逸れたか、トイレに行った時に迷った可能性はある。トイレはすぐそこだが、受験前の念のためなのか緊張なのか、先程まだ混み合っていた。別のトイレを探して迷った可能性は大いにあり得る。

「先生、一人足りないんですけど……」

「ん? ああ。探してこい」

 俺の担任……普段から適当な後藤はそんなことを言い始める。

「こっちはやっとくよ」

 頼りになるのか、めんどくさがっているのか、正直よくわからない。

「もし、間に合わなかったらどうなるんですか?」

「あー……、即失格じゃあないけど、一教科まるまる点数なしだな」

 それはつまり、ハンデを背負うことになるということ。首席レベルの優等生でも、普通コースになるだろう。成績優秀者が集められる特進コースはまず無理だ。

 そして……、その子が試験に間に合うのかどうか、俺が見つけられるかどうかということでもあった。


 俺は今、校則を破っている。

 廊下を走ってはいけないが、それは人とぶつかると危険だからだ。

 ただ、今はほとんど人がおらず、危険な曲がり角は減速し、ジョギングペースで走っていた。そもそも全力で走って見落としていれば元も子もないからだ。

 堂々と校則を破りながら、俺はまずトイレを回っている。一番可能性が高いところだ。

 一番奥にある旧校舎……はまずないだろうが、後回しにしつつも念のため確認しておく。

 そこまで回っているのだから、当然道中にはいない。そして旧校舎もいない。

 試験開始まで、あと五分もない。俺は焦る気持ちを抑えながら、次に思い当たる場所を考える。

 受験会場となる教室は一階のため、トイレではないとなれば二階や三階はないはずだ。渡り廊下なども、すれ違っていなければ一通り見て回ったため可能性は低い。

 となると次は……、

「外か?」

 最適解はわからない。自分の頭が悪い自覚はあるため、賢い人ならもっといい場所にいる可能性はある。……むしろそもそも迷わないと思うが。

 ただ、思いつくのはそこだけだ。

 そして……、

「見つけた」

 駐輪場にいた。

「なつみさん!」

 名簿で見た名前を叫ぶと、なつみは体をビクつかせた。

「えぇと……」

「案内係をしてる青木颯太です! もうすぐ始まりますよ!」

「あー……、わざわざありがとうございます〜」

 軽い感じで言うなつみ。

 彼女は校舎の方に向かっている様子だった。

「もしかして、もうわかってた感じ?」

「はい〜。迷っちゃったんで、一回来た道から行った方が早いかなぁって」

 迷った時点で抜けてはいるところはあるが、対処できてるだけ賢いのかもしれない。

「引き止めてごめん。一応案内するよ」

「ありがとうございます〜」

 急ぎ気味で教室に向かう。

 なんとか試験開始の教室に入ることができ、試験監督をする後藤は「おー、おつかれさん」と言っていた。




「と、まあ、こんなことがあってさ」

「へぇー、おにいお疲れ様」

 試験を終えた凪沙に今日の出来事を話しつつ、俺たちは帰宅していた。

 迷っていた『なつみ』は、真面目とは言えない金髪をしていた。ギャルと呼ばれる部類なのだろうが、緩い感じの受け答えながらもしっかりとお礼は言われたため、不良と呼ばれる部類ではなさそうだ。

 下の名前で呼んだのは、焦っていて受験番号と名前しか見ていなかった……というより、記憶していなかっただけだ。

「まあ、そんな感じの子っているよね。うちも中学生なのに何人かいるし」

「マジかよ」

「うんー。まあ、普通に不良の子もいるけど、成績優秀な子にハーフだったかクォーターだったかで地毛の子がいるんだよね」

「あー、そういうのもあるか」

 確かに金髪であれば不良というのは安直すぎるだろう。

 虎徹も金髪だが派手な見た目が好きな母親の影響が大きく、鋭い目つきを除けばただのオタクだ。

 花音や双葉の髪も明るく、花音はわからないが双葉は地毛だ。元々明るめだった髪色が外練習などで紫外線を浴びてさらに明るくなっている。

 そして凪沙の言うように、海外の血が混じっていれば、地毛で金髪というのもあり得る話だ。

 そもそもうちの高校はそういった校則は緩い。

「日本人顔だから染めてるって決めつけられてたけど、成績で先生を黙らせてた」

「それはすごいな……」

 何かで結果を残していれば、多少ヤンチャをしても許される場合がある。

 その代表格が双葉で、学力は最底辺で去年の俺以下だが、部活優先のスポーツコースということと、バスケ部でレギュラーを取って実際に活躍していることもあって先生も強く言えなかった。

 ちなみに俺は特に目立ったことをしているわけでもなく、ただ学力がないため小言は嫌というほど言われている。


「そういえば、凪沙って仲良い友達いないの?」

 すごく今更ではあるが、俺はふと思ったことを聞く。

 受験前まではほとんどが部活で、たまに友達と遊びに出かけることがあったくらいだ。

 友達がいないわけではないだろうが家に連れてきたことはなく、凪沙の交友関係についてはあまり知らない。

「んー……その時友達になった人が友達って感じだし、一応仲良いグループはあるけど高校になったらあんまり遊ばなそう」

 その言い草からすると、志望校は違うのだろう。

「おにいもそうじゃない?」

「まあ、確かにそうか」

 中学時代に友達がいなかったわけではないが、別の高校ということもあって卒業してから遊んだのは一年生の最初の方くらいだ。

 だいたいはそれぞれ学校に友達を作っており、俺も俺で虎徹という今までの友達以上に気の合う友達ができたため、積極的に連絡を取ろうとはしなかった。

 こういうところが俺と凪沙は似ていると感じる。

「一番仲良いのは双葉ちゃんだね。尊敬する先輩だけど友達だし、他の人ってなると気が合う人ならまだしも、無理して作る必要もないかなって」

「それもそうだな。なるようになるか」

 友達を家に連れてこないことを兄として少し心配していたが、双葉がいるため安心できるだろう。


 凪沙は試験はそれなりにできたと言っているため、あまり心配はないだろう。推薦入試となるスポーツコースを選んでおけば、すでに進路が決まっていただろうし、学力だけなら確実に受かっていただろう。実績は足りないかもしれないが、そもそも推薦入試は受けていないため、どうなっていたかはわからない。

 そして今回は普通コースの受験だ。将来的にバスケを続けるにしても、趣味なのか本格的になのか、凪沙は悩んでいるようだった。

 兄として何か手助けできることがあればいいのだが、あとは結果を待つだけ。

 俺は凪沙が合格するのを祈っていた。

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