第65話 双葉と美咲は渡したい!
「ほい、虎徹。これやるよ」
俺はいつも待ち合わせをしているコンビニから学校に向かう途中、虎徹に一つの紙袋を渡す。
すると、虎徹はものすごく嫌そうな顔をしている。
「颯太……、否定するつもりはないけど、俺、男はちょっと……」
「ちげぇよ」
普段なら、ただ借りていた物を返すということもあり得るが、今日ばかりはそうはいかない。
……男子にとっても、女子にとっても特別な日なのだから。
今日は二月十四日。つまりバレンタインデーだ。
流石に俺も、いくら普段から仲良くしているとはいえ、虎徹にチョコを送る趣味はない。
海外では男女問わず送る風習があるところもあるようだが、ここは日本だ。
察しのいい虎徹ならわかってくれると思っていた……あるいはわかった上でそう言っているのかもしれないが、念のため補足をしておいた。
「凪沙からだよ」
俺がそう言うと、「あー、そう言うことね。……まあ、知ってたけど」と虎徹は言う。やはり確信犯だった。
「ま、一応礼でも言っとくか」
虎徹はそう言って携帯を操作する。知らない仲ではない虎徹と凪沙は連絡先を交換しているのだ。
そして虎徹が一言メッセージを送ると、数秒のうちに凪沙から電話がかかってきた。
「……なんだよ」
電話を取った虎徹はめんどくさそうに出る。
メッセージ内容はわからないが、普通に礼を言っただけだろう。電話がかかってくる理由もわからない。
スピーカーの状態で電話は繋がる。
『テツくん、それ、まだ開けてないよね?』
「ああ、学校行ってる途中だし、まだだけど」
『じゃあ、それ双葉ちゃんに渡しといて』
「はあ?」
もらえると思っていたら分だった……というのはありえないだろう。それなら虎徹を経由する意味もない。
『いやぁ……、おにいに双葉ちゃんの分、預けるの忘れてたんだよね。別に若葉ちゃんか花音さんでも良いけど、多分三人の中で最初に会うのって双葉ちゃんかなぁって』
何故双葉が最初に会うと言えるのかはわからないが、そう言われて預かっていたチョコの数を思い出す。
渡されたのは三つ。俺の分は家に置いてあるため、数的に虎徹、若葉、花音の三人だとは予想していた。
双葉に渡すとは思っていたが、個人的に渡すのだろうと気にしていなかったのだ。
「俺の純情な気持ちを返せ」
『何言ってんのさ。別に用意してないわけじゃないし。放課後うちに取りに来て』
あからさまにめんどくさそうな顔をしている虎徹。それもそうだ、大した距離ではないとはいえ、わざわざ遠回りをすることになるのだから。
凪沙はよく言えば虎徹に懐いており、悪く言えばナメている。
若葉や花音には敬語を使う凪沙だが、顔を合わせることの多い虎徹にはすでにタメ口だ。悪感情ではないとはいえ、そんな態度を取られている虎徹からすると、凪沙は『生意気なやつ』という印象だ。かと言って嫌っているわけでもない。
思い返せば若葉の妹の初花ちゃんも虎徹にはそんな態度を取っており、礼儀正しい双葉は敬語ながらも少し棘がある。
全員嫌っている様子はないが、顔の怖さに反して話しやすい年下たちに、実は好かれているのだと俺は考えている。
『じゃあ、そういうことでよろしくー』
凪沙はそう言って電話を切ろうとする。
しかし……、
「ちょっと待て」
『な、何? 文句?』
何故か凪沙は喧嘩腰だ。
ただ、虎徹は穏やかに言った。
「合格おめでとう」
『……ありがと』
電話越しでも照れているのがわかる。そのまま凪沙は電話を切った。
数日前に合否の通知が届き確認すると、凪沙は桐ヶ崎高校の普通コースに合格していた。
元々普通コースに絞った受験だったため、予定通りといったところだ。
第一志望の桐ヶ崎高校に合格した凪沙は気分良くバレンタインデーを迎えることができた。
しかし、酷い扱いを受けた虎徹は溜息を吐いている。
「めんどいから取りに行かないのもアリか……」
そんなことを言っているが、それは凪沙が可哀想なので「まあ、来いって」と言っておく。
俺を含めて五人分、凪沙は昨日の日曜日にわざわざ手作りしていたのだ。同じようにラッピングをし、「上手くできた!」と喜んでいた顔を見ているため、兄としてはせっかくなので貰っておいてほしかった。
電話をしているうちに、すでに学校近くまで来ていた。
「はぁ……、とりあえず返すよ」
貰えると思ってお預けを食らった虎徹はあからさまに落胆している。
双葉に渡すにしても虎徹の方から渡す理由もなく、俺がもう一度預かろうとした時……、
「颯太くん。待っていたよ」
校門前で美咲先輩が立っていた。
虎徹は私かけていたチョコを俺には渡さず、手で『行ってこい』と仕草をした。
「美咲先輩、来てたんですね」
「こんな日だ、自由登校の三年生も来ている人は多いよ」
三年生は自由登校だが、今日くらいは来ている人が多いようだ。実際、名前もわからずに関わりもなかったが、三年生と言うことだけ認識していた人をチラチラと見かける。
「まあ、待ってた理由はもちろん一つだから、受け取ってくれないかな?」
美咲先輩は小包を一つ渡してくれる。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、受け取ってくれてありがとう。……藤川くんの分も用意しておけばよかったね。申し訳ない」
「いいっスよ。先輩からしたら後輩の友達くらいの関係だと思うんで」
虎徹の分がないのにもらっているのは少し申し訳ない気もするが、虎徹の言う通り二人は関わりが少なかった。
「それにしても、ずっとここで待ってたんですか?」
「いや? 部活中だったけど双葉さんにも渡して来てからだから、そんなに待ってはないよ」
「わざわざすいません……。でも俺がもう教室にいるとかは思わなかったんですか?」
「すれ違わないように、下駄箱に靴がないのは確認していたからね。……っと、そろそろかな?」
何のことなのか、俺は尋ねようとするがその前だ。
双葉が昇降口の方から顔を見せたかと思ったら走ってきた。
「せんぱーい! もう、遅いですよ!」
始業時間まではまだまだ余裕はあるのだが、双葉に難癖をつけられる。
「さきさき先輩、自分ばっかり卑怯ですよ!」
「卑怯と言われてもね……。まだ五分も話してないんだけど」
「むむむ……」
あざとく頬を膨らませている双葉だが、これは天然だ。作っていないのに、この後輩はあざとい。
「それに、もう卒業なんだ。少しくらい可愛い後輩と話す時間もくれないかな?」
「……それなら、まあ、仕方ないですね」
渋々といったように双葉は引き下がる。
そうだ。美咲先輩はもうすぐ卒業なのだ。一ヶ月後にはすでに学校にはいない。
つまり、ホワイトデーに返せないということだ。
「お返し、どうすればいいですか?」
「あぁ……、渡したくて渡すだけだから、気にしなくてもいいよ」
「それなら俺の方も渡したいので渡しますね。……家か、どこかで待ち合わせでもしてってことで良いですか?」
学校に来てもらってもいいが、わざわざ来てもらうのは申し訳ない。家自体は近いため、適当な場所で待ち合わせでもすればあまり手間をかけさせずに渡すことができる。
「うーん……、卒業式の後は引っ越しの準備や、早いうちに向こうで慣れておこうと思ってるからね……」
会えないこともないが、予定が合うのかはわからないらしい。
「わがまま言ってもいいかな?」
「……なんですか?」
「卒業式の日に貰えたら嬉しい」
卒業式は三月一日。二週間ほど早いが、確実に会える日だ。
「わかりました。それまでに用意しておきますね」
「悪いね」
二週間ほどしか時間もない。
卒業する前に少しでも恩を返せるように、俺はそれを考えていた。
美咲先輩は俺に渡すのが最後だったようで、話を終えると帰っていった。
すると、『待ってました!』と言わんばかりに、双葉の目が輝き出す。
「双葉ちゃんの番ですよ!」
そうやって双葉は俺に小包み……チョコレートを差し出してきた。
「ありがとう」
「いえ! あ、他の人にも作ってますけど、いつもお世話になっている先輩のは特別製なので、楽しみにしてください!」
「お、おう……」
それを言うなら『部活の先輩の方がお世話になっているのではないか?』とも思うが、中学時代に特別仲が良かった自覚はあるため、ありがたく受け取った。
「あ、藤川先輩のもちゃーんと用意してありますから!」
恐らく用意したチョコレートが入っているのであろう紙袋の中をゴソゴソと探り、その中の一つを虎徹に渡す。
「おう、さんきゅ」
「なんか味気ないですねー。ちゃんと中身は頑張って作ったものですから、味わって食べてくださいね」
忙しいながら、双葉も手作りのようだ。
チラッと見える紙袋の中身は、大量に量産されたチョコクッキーが透明な袋に入っているのが見える。虎徹のものも俺とは違う包装だが小包みに入っているため、ちゃんと作ったのは間違えないようだ。
そして交換するように、虎徹も紙袋に入ったチョコを渡す。
「あ、これ、春風に」
先ほどたらい回しにされた凪沙からのチョコだ。
説明が足りないこともあり、双葉は怪訝そうな表情を浮かべる。
「あの……、確かに男性から女性に送るのもあるって話は聞きますけど。まさか藤川先輩……」
「凪沙からだよ!」
虎徹がそう言い、俺は補足として経緯を伝えると、ようやく双葉は納得した。
朝から慌ただしいバレンタインデーとなった。
しかし、さらに慌ただしくなるのは、これからだったのだ。
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