第63話 青木颯太は覚悟が足りない
「花音。付き合ってくれ」
「え!?」
「頼む! 花音じゃないとダメなんだ!」
花音は何故か顔を赤く染め、もじもじとしている。
「え、ええと……。気持ちは嬉しいんだけど、颯太くんのことそういう風に見てないし……」
よくわからないことを言い始め、俺はもう一度この思いを伝えた。
「頼むよ。凪沙に御守りを買ってあげたいんだ。着いてきてくれないかな?」
俺がそう言うと、顔を赤くして恥ずかしがっていた花音が一瞬で真顔になった。
一月下旬。……というのか、中旬というのか、桐ヶ崎高校の入試が明日と迫った日だった。
美咲先輩に頼まれたため試験の準備の手伝い……主に雑務をすることになっているが、本来なら俺には関係ないことだ。
しかし、凪沙が受験する。妹の受験ということもあって、御守りを買いに行くことすら一人でも緊張してしまっていた。
「凪沙ちゃん、そんなにやばいの?」
着いてきてくれることになった花音。
俺たちは二人で神社に向かっていた。
「いや、やばくはない。多分普通に受かると思うけど、俺が勝手に緊張してるだけ」
学力は足りている。ただ、万が一ということもあるため、その万が一が不安なのだ。
「颯太くんって、シスコン?」
「そういうわけじゃないけど……」
「一人っ子だから兄妹とか私はわからないけど、他の人から聞く話よりは仲良いなぁって思ったんだよね」
確かに兄妹仲は良好だ。
兄だからといって俺は凪沙にとやかく言うことはほとんどなく、凪沙のワガママは聞けることは聞いている。そもそもワガママはあまり言わない妹のため、俺も俺で甘やかしたくなるのだ。
それもあって、反抗期という反抗期もなく、小学生の頃も俺に憧れてバスケまで始めた。今では俺よりもドップリとハマっているが、バスケという共通の話題があり、教えたこともあったため、他の兄妹よりは仲が良いという自負はあった。
「颯太くんはあんまり怒ったりしないからかな?」
「確かに、よほどのことがないと怒らないなぁ……」
悪意のある行動をされなければあまり怒ることはない。イラッとしたり軽口として言うことはあっても、本気で怒鳴ったりはしない。
「私が中学の頃の人たちと会った時は怒ってた気がするけど、それは
そう言ってニヤニヤとする花音。からかおうとしてきているのが見え見えで、恥ずかしがる気にもならない。
「まあ、事情を知らないにしても友達を
俺がそう言うと、花音は「友達……」と呟きながら頬を赤く染めていた。本当のことではあるが、仕返しのつもりもあったため成功だ。
「正直、花音のことは最初は『変なやつ』って思ってた」
「えっ、ひど……」
「いや、いきなり自爆して脅されてさ……、傲慢だけど変に律儀って言うか、そんな感じだったじゃん」
思い返してみると、花音は言ってもないことを口走り、『自分の本性は性格が悪い』と暴露した。そして誰かに言いふらすもないのに『黙ってないと、告白してきて振ったら腹いせでそんな噂を流している』という噂を流されそうになった。
それでも『黙ってくれるお礼に』とカラオケを奢ってくれたり、その後に遊びに行く約束も社交辞令だと思っていたが花音は本気だった。
――今思うとなんで仲良くなったんだ?
結構ひどいことをされてる気がするが、花音がそうしたのには色々と理由があり、それを知った今では気にも留めていない。
「……ねぇ、颯太くん。私たちってさ、もし付き合ったらどうなると思う?」
花音は突然そんなことを言い始めた。
「ちょっ……、あの時のは忘れるって……」
「今だけ。……っていうか、簡単に忘れられないでしょ? 最近色々と噂されてるし、その話ってことで」
噂されているのは事実だ。
公認……というわけでもないが、何故か『付き合うまで秒読み』という扱いをされている。当然お互いにそのつもりはないが。
「付き合ったらかぁ……。あっ、想像できない」
付き合ったら楽しいとは思うが、具体的には考えられない。多分今と変わらない関係だ。
「そもそも付き合う理由がない気がする」
「確かにそうかも」
花音はクスクスと笑う。
友達という関係でも、俺は花音のことをそれなりに知っているつもりだ。それは虎徹や若葉も同じだが、浅い関係ではないというのは断言できる。
そうなると付き合って変わることと言えば、キスやそれ以上のことをするかどうかくらいだ。
したくない……と言えば嘘にはなるが、今の関係を壊してまでそんなことを求めたいとも思わない。今の関係で十分満足している。
「俺さ、花音の素を知る前に仮に告白されてたらオーケーしてたと思う」
「演じてる理想のかのんちゃんだから?」
花音がそう言って俺が少し黙っていると、自分で言って恥ずかしくなったのか顔を赤くしている。少し面白い。
「その時って壊れてもいい関係だったから」
今は『大切な友達の花音』だ。それでも仲良くなる前は『学校一美少女なかのんちゃん』だった。
その違いだ。
「……てか、仮にの話だよね? 俺今から告白されるの?」
「……そんなわけないじゃん」
冷たい目をしてくる花音。少なくとも好きな人に向ける目ではない。
「それなら仮にの話。もし俺が花音のことを好きになって告白するとしたら、……花音に告白されて付き合おうって思うのは、覚悟ができた時かなって」
「覚悟?」
「今の関係を変えるって言うか、抑えきれなかったらとか、そういう感じ」
関係を変えてしまえば、壊れてしまう可能性もある。
壊れてしまってでも変えたい。……そう思わなければ、今の関係を壊したくないのだ。
「なんとなく、わかるよ」
拙い言葉ではあるが、花音はわかってくれたようだ。
「私、颯太くんに彼女できても別に良いって思うけど、もし彼女できても今の関係は変えたくないなぁ……」
「それはわかる。花音に彼氏できても応援するけど、たまには遊んだりしたいなって思う。でもそれって難しくない?」
「だよねぇ……」
その両立をするなら俺たちが付き合えば問題ないのだが、結局関係がいずれ壊れてしまうのではないかという不安もよぎる。
それに、お互いに恋愛感情はないのだ。
お互いに恋愛感情があれば、単純な話だったのだろう。
「てか、嫉妬した男子に睨まれるのだけはめんどい」
「……それはなんかごめん」
「いや、花音は悪くないからさ」
そう、花音は悪くない。
勝手に花音に幻想を思い描いている男子たちが悪いのだ。
そんな会話をしていると、いつの間にか神社に着いていた。
「御守りは……っと」
学業成就。これは必須だ。
ただ、念には念を、もう一つ買っておこう。
「学業成就と、交通安全の御守りください」
ないとは思うが、入試に向かう途中で事故に遭わないとも限らない。
俺は御守りを受け取ると、カバンに仕舞った。
「ねえねえ、颯太くん」
「どうした?」
花音はニコニコとしながら近寄ってくる。両手は後ろにしていて、何かを隠していた。
「……じゃーん!」
そう言って見せてきたのは絵馬。しかも二枚。
花音は「書こ?」と言って一枚渡してくる。
「ありがと」
「いえいえ。私も凪沙ちゃんには合格してほしいからね」
まだ一度しか会ったことのない凪沙のためにここまでしてくれるのは、兄としても嬉しい限りだ。
俺は迷わずペンを走らせ、『妹が合格できますように』とフルネームを付け加えて書いた。
しかし、提案してきた花音は一向に進んでおらず、何かに悩んでいた。
「……書かないの?」
そう尋ねると、「ねえ、私たちって友達だよね?」と聞き返してくる。
「友達だけど……、え? なに?」
「私としては一番仲良いのが颯太くんだし、色々と話もしてるから親友って書くべきなのかどうかって悩んでて……」
思った以上にどうでもいいことで悩んでいた。
それでも花音にとっては重要なのだろう。
「そう思うなら親友でいいんじゃない?」
「でも、颯太くんには藤川くんがいるし……」
「いや、親友は一人とは限らないでしょ」
花音は「それもそっか」と言って書き始める。
「親友かどうかって、若葉に言ったら喜んで親友って答えそうだな……」
「それなら今度聞いてみる!」
嬉しそうにしている花音。聞いて『じゃあ親友』というものでもないが、花音がいいのならいいのかもしれない。
『親友の妹の受験がうまくいきますように!』
この日、俺と花音は友達から親友へと格上げされた。
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