第60話 花音と双葉はじゃれあいたい!

 先に部屋に入っていた双葉は、マンガを広げてベッドに寝転がり、すでにくつろいでいた。

 ――あ、これ、匂いがついて寝れないやつだ。

 普通なら喜ぶところだが、ドキドキして寝れないのはそれはそれで困るため、夜には匂いが消えているのを願う。

「へー、颯太くんの部屋、結構綺麗だね」

「まあ、一応整理してるしな。あとマンガとか適当にしておくと、借りに来た凪沙に文句言われる」

 勝手に入ってきて文句言われるのは納得できないところではあるが、多少汚くしていても『ついでに』と片付けてくれるくらい凪沙は良い子なのだ。

「前にこのマンガの三巻なかった時はどうしようかと思いましたよ。別のところにあったので困りました」

「図々しいな……。てかおい、いつ入った」

「前に凪沙ちゃんと遊んだ時でーす」

 ここで衝撃の事実だ。俺がいない間に、いつのまにか双葉が出入りしていたようだ。

 そして読んでいるマンガは十巻。普段あまりマンガを読まない双葉のことのため、一回や二回ではなさそうだ。

「お待たせしましたー」

 そんなことを話していると、遅れて凪沙が部屋に入ってくる。飲み物やお茶菓子と、ゲームを片手にだ。

「おい凪沙。勉強は?」

「息抜きも大事だよ?」

 言い返され、ぐうの音も出ない。

 冬休み期間は自室にこもることも多かった凪沙は、ちゃんと勉強をしているのだろう。普段勉強をしていない俺がとやかく言える立場ではなかった。

「私的には初めて会った花音さんのことを知らないので、是非とも仲良くなりたいと思いまして」

 凪沙が無事合格すれば、先輩後輩となる。それを考えると今のうちに関係を築いておいても悪くはない。

「私も凪沙ちゃんと仲良くなりたいな」

 意味は違う気がするが、考えていることは一緒である。

 凪沙がゲームを起動している間、俺は虎徹たちが来た時のために置いてあるクッションを引っ張り出し、花音と凪沙が話しやすいように隣同士で座らせる。

 右から凪沙、花音、俺の順だ。双葉はすっかりベッドに居付いているため、とりあえずクッションは出してあるが動く気配はない。

 このままでは本当に匂いがついてしまい、俺は夜寝る時に悶々もんもんとする羽目になるだろう。

 ……というか、よく考えたらたまにベッドからいい匂いがしていたのは、俺が知らない間にベッドの上でくつろいでいた双葉の匂いだったのかもしれない。その時は特に気にすることがなく、むしろ心地の良い気持ちで寝ることができた。しかし、もしそういうことなら今更ながらドキドキしてしまう。

「双葉……、ベッドから降りてくれない?」

「えー、なんか落ち着くんですもん。ダメなんですか?」

「……俺ってさ、実は人にベッド使われたくない派なんだよ」

 苦肉の策だ。最初に言っておくべきことではあったが、言いづらかったという雰囲気で言葉を詰まらせながら俺は言う。これなら『言うのが遅い』くらいで済むはずだ。

 しかし、その策はうまくいかない。

「えー、前に先輩に入れてもらった時は『ベッドにでも座ってていいぞ』って言ってくれたじゃないですか」

 双葉の言葉に、俺だけでなく何故か花音も固まる。花音の方は見ていないが、聞こえてくる凪沙との会話が突然止まったための判断だ。

 そして双葉にそう言ったのはいつだったのか。思い返してみると、俺が双葉を部屋に入れたのは数回……確か二、三回くらいだ。

「そんなの言ったか?」

 双葉を家に呼ぶ理由はあまりないため、遊ぶならだいたいが外だ。俺自身が呼んだのは一度もなく、双葉が「行ってみたい!」と言った最初の頃や、「マンガ読ませてください!」と漫画喫茶代わりにされた時くらいだ。どれにしてもベッドに座らせたことはない。俺が床に座り、双葉は椅子に座らせている。

 そんな思い出せない俺に追い討ちをかけるように、双葉は思い出しながら語った。

「んー……、去年の冬でしたね。確か、私が部活引退して練習に付き合ってもらう時だったので。その時に理由は忘れましたけど、先輩の部屋で待ってるって時に言ってましたよ!」

 言った。確かに言った。

 正確には『椅子かベッド』と選択肢はあったが、ベッドという選択肢を入れた時点で使われても抵抗がないという証拠だ。

 その時はまだクッションもなく、仲の良い後輩といえど女の子を床に直接座らせる気にならなかったのだ。クッションを買ったのは、その後で、若葉が虎徹と一緒に家に来ることが増え始めた時期だった。

 そして、何らかの理由で珍しく家にいた母に何らかの理由で呼び出されたところまで思い出した。何気ないやりとりだっただめ、それ以上は流石に覚えていない。

「くっ……」

 反論できない俺が口籠もる。凪沙は「花音さん?」と黙ったままの花音を不思議に思いながらも、「みなさん、ゲームしないんですか?」と呑気だ。

 しかし、そんな凪沙の言葉をよそに、花音は突然立ち上がった。そして双葉のいるベッドの前まで行くと、双葉の上にダイブした。

「ほらほら、双葉ちゃーん」

「えっ、ちょっ、やめ! ……あははは」

 花音は双葉の上に覆い被さり身動きを取れなくすると、脇腹をくすぐっている。

「か、かのんせんぱっ! あっ、ちょっ……!」

 笑い転げる双葉だが、やはり抜けられない。

 横目で凪沙を見ると、花音のイメージが違ったのか、唖然としていた。

 ただ、俺からしたら序の口である。二人はじゃれあっているだけであって、花音は素の部分を出しているわけではない。見た目からするとイメージできないものの、『意外にふざける人なんだ』と思う程度だ。

 二人はしばらくの間、攻防繰り返す。……花音が身動きの取れない双葉をくすぐっている一方的なものだが。

 そして疲れたのか、お互い手を止めると肩で息をし、頬は紅潮していた。

 ――正直ちょっとエロい。

 友達と後輩とはいえ、美少女二人が自分のベッドの上でじゃれあっているのだ。思春期の男子にとっては様々な妄想を駆り立てるもの。

 むしろ思春期男子として、想像しない方が失礼だろう。

 そんなことを考えていると、呼吸を整えた花音は口を開く。

「私、双葉ちゃんとも仲良くなりたいし、せっかくだから話しながらゲームしない?」

「……花音先輩が言うなら、わかりました」

 観念した双葉はのそのそと起き上がる。俺は気を遣って場所を移動し、俺と花音の間に双葉が入る形となった。

 二人がイチャイチャしていた十分間。実に眼福であったのは心にしまっておこう。

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