第43話 青木颯太は作りたい

 チャイムの鐘が鳴ると、全校生徒の集まった体育館に司会の先生の声が響く。

 終業式の始まりの合図だ。

 まずは校歌の合唱だ。声が小さいとやり直しをさせられるという噂が流れているため、惰性ながらもほとんどの生徒が歌う。そのおかげか、二年生の冬の今でも、やり直しとなったことはなかった。

 そして校長の話から始まり、十分ほどの退屈な時間が訪れる。話は聞いているが、『冬休みは桐ヶ崎高校の生徒として自覚を持って過ごすように』という定型的な話を長々と話すだけだ。一年生の初めの頃は聞く人も多かったが、学校生活に慣れてきた今となっては聞いている人もほとんどいない。

 次に生徒会長からの話だ。校長と似たような話にはなるが、割り当てられた時間が短いからか、簡潔にまとめられた話に聞く耳を持つ生徒は多かった。

「有意義な――楽しい冬休みにしよう」

 そう締めくくられ、生徒会長は壇上から降りる。

 その次には各学年代表の先生からの話だ。学年毎に伝えられる注意事項をはじめとし、一年生は『初めての冬休みだからといってハメを外しすぎないように』、二年生は『もうすぐ三年生になるという意識を持って生活するように』、三年生は『進学や就職を控えているから取り消しにならないように節度を持った行動を心がけるように』と、ありきたりだが大切なことを伝えられる。……ただ、これはそれぞれの担任からでもいい話だろうとは思う。

 あとは三学期の予定や他の先生からの注意事項などをすると、終業式は終わった。

「だるいな」

 教室に戻る途中、虎徹の第一声はそれだった。

 俺は「まあな」と同意する。

 確かにだるい。注意事項では大切なことを言っていることには変わりないが、わかっていることでもある。わかっていることを改めて口にすることで意識付けることはできるが、長い式ということと楽しみな冬休みを目前とした生徒たちの集中力は散漫だ。

 意味があるのか正直わからない。

「どうせこの後のホームルームでも同じこと言われるんだろ? 意味ないだろ」

「いや……、でも後藤ならめんどくさがって言わなさそう」

「それもそうか。そういう先生がいることを考えると、終業式も意味があるのかもな」

 四組の担任をする後藤は、物理の担当をしている先生でもある。そしてその後藤の特徴は、常にやる気のない先生ということだ。

 授業はしっかりとしていることにはしているが、それすらも気怠げだ。そんな先生はホームルームはもちろん、学校行事や委員会の役員決めなどでもめんどくさそうにクラス委員長に丸投げする。部活動の顧問も『めんどくさい』という理由で断っているということを耳にしたことがある。

 そんな先生が注意事項をしっかりと言うとは思えないし、なんなら一言で終わる可能性が高い。

「あれでも人気がそこそこあるのが人間ってわかんねーって思うわ」

「まあ、話しやすい人ではあるからな」

 めんどくさい故に怒らなければ、だるそうにしている授業もわかりやすい。課題も最低限の出題で、良く言えば生徒の自主性を伸ばし、悪く言えば放任している。

 真面目すぎる生徒からすると腹立たしい立ち振る舞いではあるが、おおよその生徒は後藤に好感を抱いていた。

 かく言う俺たちも、後藤のことを嫌っているわけではない。ただ、好感は持てるとはいえ、やはり立ち振る舞いが酷いことの方が多いため、反面教師にもなる先生だ。

 そして教室に戻ってからホームルームが始まる。

「んじゃあ、また元気に年明けにな」

 たった一言。教壇に立ってから一分にも満たないうちに、話どころかホームルームを終わらせた。

 なんなら、始めと終わりの挨拶の方が長い程だった。


「冬休みだー!」

 ホームルームが終わると、若葉はわざわざ四組に来てまで声を上げた。

「それでも夏休みとは違って二週間くらいだけどな」

 虎徹が冷静にツッコむと若葉は不貞腐れる。

「でもさー、休みがあるとないのじゃ違くない?」

「そりゃあな。もうちょっと早めから休みだったら良いんだけどな」

 長ければなおのこと良かったという話だ。若葉は部活と勉強で実質的に休めるのは年末年始くらいのため、もう少し休みたい気持ちがあるのだろう。……虎徹はまあ、残っているアニメの消化だろう。

「二人は何か予定あるの?」

 若葉は俺と花音にそう問いかける。

「俺は明日から凪沙と東京だな。それ以外はクリスマスくらいだな。あとバイト。……ああ、帰ったら準備しないとだ」

 今日が二十二日。昼過ぎくらいには出る予定のため急ぐ必要はないが、直前に慌ててしたくはない。

「私もみんなとのクリスマスとバイトくらいかな?」

 予定がないのは寂しいものだ。高校生の冬休みという貴重な時間ではあるが、『友達と遊ぶ』以外に大した予定がない。

 これもまた、恋人がいれば違ったのだろうが。

「旅行とか行けたらよかったんだけどねー」

「二週間で年末年始被ってるから無理だろ」

 虎徹の言う通りだが、言い方が癇に障ったのか「文句多いぞー!」と若葉はポカポカと音が聞こえそうに叩いている。

「自分で言っておいてなんだけど、旅行はやっぱり夏だね!」

「……いや、受験とか就活とかあるから難しくないか?」

「もー!」

 話をことごとく挫かれている若葉は不満そうに頬を膨らませている。

 今が高校二年生のため、次の夏休みは高校三年生として迎えるため、虎徹の言うことは正しい。ただ、思い出が何もないというのは寂しく、特に花音がそうだった。

「でもやっぱり、みんなで思い出作りたいよね」

 残りの時間は一年と少し。長いようで短い時間だ。

「……まあ、それもそうだな」

「旅行じゃなくても、夏なら祭りとかもあるからなぁ」

 受験や就活があったとしても、全てをその時間に使うわけでもない。

 限られた時間でいかに思い出を作るか、それが残りの一年、俺が――俺たちがやりたいことだ。

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