第42話 かのんちゃんは隠さない
「ところで虎徹。お前黙ってるけど、どうなんだ?」
花音の話を聞き、受け入れている様子ではあるが正直わかりにくい。改めて俺は問いただした。
「いや、別に性格がどうだろうと本宮は本宮だし、何も変わらない。……ってか、みんな隠し事の一つや二つしてるだろうし、性格なんて猫被ってるやつ多いだろ」
大なり小なり、隠し事はあるのはそうだ。それが好きな人のようにちょっとしたことから、花音のようなコンプレックスのように大きなことまで様々である。
そして花音が少し特殊なだけで、虎徹の言う通り好かれたい相手には良い顔をするのは人として普通にあることだ。
ただ、一つ気になるところがあった。
「……なんか悩んでる感じだったけど、なんか思ったところがあるのか?」
虎徹は話を切らさないように声は出さなかったが、頷いて相槌を打っていた。しかし、時折考え込む姿もあり、不穏な雰囲気もあった。
それはただの杞憂だった。
「いや、思ったことがあるっていうかなんていうか……。たださ――」
「ただ?」
「学校の人気者の本宮の本性を特に目立つことがない颯太が知って仲良くなっていくって、ラノベかよって」
しょうもない虎徹の話に俺は肩をガックリと落とした。
「ちょっと、虎徹」
雰囲気がぶち壊しだ。若葉は遠慮がちに止めに入るが、虎徹は止まらない。
「だいたいその後はなんやかんやで恋に落ちて、紆余曲折があって付き合うってなるんだよな」
アニメやマンガ、ラノベではよくある話だ。……よくある話だが、この空気でそれを言う虎徹はある種尊敬できる。
「虎徹、やめなって。ほら、かのんちゃんも引いてるし」
若葉がそう言いながら花音に視線を向けると、花音は俯いている。花音はやがて顔を上げると、テーブルを叩いた。
「ラノベならもっと人生イージーモードが良かったっ!」
拳を堅く握り、花音は力強くそう言った。
突然のことで呆気に取られていると、若葉も「かのんちゃん……?」と何が起こっているのかわからない表情を浮かべている。
「容姿が良い。それだけでも十分イージーモードだろ?」
「良いことはあるけど、悪いことも多いんだよ! モテるのは百歩譲って良いにしても、ストーカーとかめっちゃ言い寄ってくる人いるから!」
「なるほど、前にもあったな。確かにそうだ」
「せめて少女漫画の主人公が良かった!」
二人は変なところで意気投合している。俺もアニメなどは見るとはいえ、それは虎徹の影響が大きくライト目だ。花音の度合いはわからないが、俺よりも虎徹寄りなのだ。
「ねぇ颯太、二人は何の話してるの?」
「えぇと……、アニメと現実の区別がつかなくなってるだけだ」
花音に断らずに『二次元が好き』ということを言っても良いのか悩んだが、ここまでヒートアップした状況で誤魔化せるはずもないだろうと考えたため白状する。
そして、「ふーん」と納得した若葉は、二人の会話を遮った。
「かのんちゃん、かのんちゃん」
「ん? どうしたの?」
「かのんちゃんってアニメとか好きなの?」
テンションが上がり、顔ツヤの良かった花音の顔がみるみるうちに青ざめていく。
「あっ……、えっと、あっあっ」
クラスマッチ後に頭を撫でられたことといい、今のことといい、やけに墓穴を掘っている。
動揺しすぎて誤魔化すことさえできなくなっていた。
「……はい。好きです」
さほど悩むこともなく、花音はあっさりと認めた。
「虎徹はかのんちゃんがアニメ好きだって知ってたの?」
「いや? 知らないぞ?」
四人の中で一番関わりの薄い二人だ。本当の自分のことを隠していた花音が趣味を虎徹に話すこともなければ、虎徹の方から探ることもなかった。
「いや、正直重い空気を打開する冗談のつもりだったから、まさか乗ってくるとは思わなかった」
虎徹の突然の言動には意図があった。……それが正しい方法だったのかどうかはさておき、やり方が明後日の方向とはいえ雰囲気は明るくなっている。
「藤川くん……」
おかげで明るく話せるようになった花音だが、嬉しさも悔しさも入り混じったような微妙な表情をしている。
「二人ともごめんなさい。いつかは話そうと思ってたんだけど、こんな形になっちゃって……」
秘密は抱えるもの。
だとしても、その秘密を知るのが本人からの告白でなく、偶然の流れで知ってしまうのは気分が良くはない。
俺の場合は仲良くなる前にたまたま知ってしまっただけだが、二人は仲良くなった上で意図的に隠されていたのだ。
しかし、二人がそんなことで怒るような人間ではないということは、俺が一番わかっていた。
「さっきも言ったけど、隠し事の一つや二つ誰だってあるだろ。理由がどうであれ、本性が嫌なやつだったら颯太だって関わらないだろうしな」
虎徹は続けて「ま、ちょっとくらい猫被ってるとは思ってたし」と言った。
「私も、かのんちゃんのこと嫌いになったりしないし、これからも仲良くしたいな」
微笑みかける若葉に花音は何度も頷く。
「それよりも、私だけアニメとか見ないから、またおすすめのやつ教えてよ」
趣味を共有できるというのは、今まで相手のいなかった花音にとってよほど嬉しいことだったのだろう。涙ぐむ花音は「もちろん!」と笑顔で答えた。
何はともあれ、丸く収まったと言っても良い。
ただ、若葉は不満そうな顔を俺に向けていた。
「……颯太とかのんちゃんが思ってた以上に仲良くなってるのになんかモヤモヤする」
頬を膨らませてそう言う若葉に、俺は「えぇ……」と呆れていた。
考えようによっては好きな人が別の人と仲良くしていることに対しての嫉妬と捉えられるが、この場合は違う。友達の花音が知らないところで別の友達と仲良くしていたという嫉妬だった。
隠し事をされるのは良いが、他の人はそれを知っていて仲良くしていたのが気に食わなかったのだろう。
「いつの間に名前呼び合う関係になってたのさ?」
「最近だから! かのんちゃんのことを知ったのは十月とかだけど、実際に仲良くのは一ヶ月も経ってないし、友達だから呼んでるだけ!」
「ふぅん……。颯太ってみんなが『かのんちゃん』って呼んでるから『俺もそう呼ぶ』って言ってたのに、それを変える程仲良くなったんだねぇ……」
訝しげな視線を向けられ、俺は『俺の方は呼んでない!』と言おうとしたが、思い返してみるとポロッと呼んでしまっていたことを思い出す。ぐうの音も出なかった。
「颯太ばっかり卑怯だー!」
「じゃあ若葉も『花音』って呼べば良いじゃん……」
「そうだけどそうじゃないの!」
「えぇ……」
ため息しか出ない。若葉の暴論を流しながら、俺たちは花音との隙間を埋めるように時間まで話していた。
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