第41話 本宮花音は話したい

 結局話は進まない。

 付き合っていないことを念押しすると、二人はまだ疑惑の目を向けて来ているがとりあえずは納得した形となった。それから話を進めようとしたが、注文した品が届いたため、まずは先に食べることにする。時間はあるのだから、それからでも遅くない。

 そして全員が食べ終え、ようやく話し始めた。

「それで、付き合ってないならどういうことなの?」

 そう切り出したのは若葉。この話は結局のところ花音次第のため、俺は補足程度になるだろう。

 花音は諦めたようにすんなりと答えた。

「私、いつもは猫被ってるんだ」

「なるほどね。うんうん、それで?」

 続きを促す若葉だが、花音は「えっと……、それだけ」と言う。

 明らかに説明が足りてないため、俺の出番が早くも訪れた。

「猫を被ってないところを俺が見てしまって、隠さなくて良くなったから仲良くなったって感じだな」

 脅されたところや仲良くなった詳しい経緯は伏せたが、大まかに説明する。

「えっ? それだけ?」

「ああ、それだけ」

「いや……、猫被ってるって言っても、そんなに気にすることかなって」

 簡単に説明したとはいえ、若葉の反応はあっさりとしていた。花音の本性を隠す必要がないと考えていたが、確かに客観的に見ると大した理由ではないのかもしれない。

 しかし花音にとってはそんな簡単な話ではない。

 それは俺の口から話せることではなく、花音本人が話すべきことだった。

「私、性格悪いからさ……」

 話の入り口ともなるところ。花音は様子見をするようにそう話す。

「うーん、正直、ただイチャイチャしてるようにしか見えなかったけどなー」

「いちゃっ!?」

「まあ、そう聞いてみたらいつもと違うなーって思ったし、いつもは猫被ってるんだからそれよりも悪いのかもしれないけど、普通のいたずらっ子みたいな感じだったかな?」

 若葉の言うように、そもそも花音の性格はさほど悪いものではない。黒い部分や小悪魔的なところはあるが、よほどの聖人以外は誰もが持っているようなちょっとした性格の悪さしかなかった。

 過剰に気にしている。そう感じるが、花音にとってはそのがコンプレックスということには違いなかった。

「だから、かのんちゃんのことを性格悪いとは思わないよ。そりゃあいつものかのんちゃん見てると悪いかもしれないけど、そんなに気にすることじゃないんじゃないかな?」

 気にすることない。それは若葉の言う通りなのだが、結局のところ本人が気にしている限りはどうしても気になってしまうのだ。

 裏表のない若葉にはわからないことなのだ。

 花音は俺の方に視線を向けると、『どのように話せばいいのかわからない』と訴えかけてくる。

 それもそうだ。事情がわからなければ、周囲からすると些細な話に過ぎないのだから。

「……花音。二人なら大丈夫」

 答えなんてない。だからこそ、俺はそうやって花音を安心させることしかできなかった。


 意を決し、花音は中学時代の話をする。大まかには俺に話した通りのことだ。

 ――親から愛されず、自分の存在を認めてくれる友達が欲しかったこと。

 ――すでにできている輪に馴染めなかったこと。

 ――声をかけてくれた友人たちを信じ、仲良くなるように努力したこと。

 ――しかし、努力が過剰すぎて友人の一人が花音に恋愛感情を抱いたこと。

 ――そして花音に告白をした友人に好意を抱いていた他の友人に裏切られたこと。

 ――それによって悪い噂を流されたこと。

 ――嘘に反論し、耐えきれなくなって暴言を吐いたこと。

 ――友人たち全員と仲違いしたこと。

 改めて聞くとその言葉一つ一つが心に突き刺さる。

 言ってしまえば、この話の元凶は長尾だ。花音に告白をした黒川に好意を寄せていた彼女が、花音の悪い噂を流したのが全ての原因だった。

 もちろんその噂を信じ、花音の言葉に聞く耳を持たなかった黒川たちも悪い。勘違いしたことは仕方がないのかもしれないが、その後に花音を傷つける行動に加担したため同罪で、同情の余地はない。

 取った行動が悪かった。この話の悪役なのだ。

 その全てを見てきたわけでもないため、花音に悪いところがなかったとは言い切れない。ないだろうが、隠していることがあるかもしれないし、抜けている部分があるかもしれない。もっと円満に解決する方法もあったかもしれない。

 ただ、花音の話を聞く限りは、悪い噂を流した長尾はもちろん、黒川たちの行動に問題があったのだ。

「……私はさ、本当の自分を隠してみんなに好かれたいって思ってた。本音を話せなくても、平和に過ごせればいいって思ってた。でも、やっぱり友達が欲しいって思っちゃったんだ」

 花音はそう言い、言葉を絞り出す。

「一年生の頃から三人を見て、『いいな』って思ったんだ。三人と仲良くなりたいと思った」

 言葉を羅列するだけの話し方だ。文章にすれば拙いだろうが、花音はそれでも話そうとしている。

「若葉ちゃんはさ、同じクラスになったことがないから知らないところもあるし、……失礼かもしれないけど、藤川くんって良い意味でも悪い意味でも他人に興味なさそうじゃない?」

「否定はできないな」

 小さく笑う虎徹を見て、花音も少し微笑んだ。

「だから、颯太くんと仲良くなりたいって特に思ってたんだ。友達の優劣をつけるわけじゃないけど、少なくとも颯太くんなら本当の私を受け入れてくれるんじゃないかって」

「花音……」

「それでも、不安はあったよ。仲良くなったきっかけだけど、猫を被っていないところを颯太くんに見られて、内緒にしてもらおうとして近づいたの。……仲良くなりたかったっていうのもあったけどね」

 思い出を語るように花音は言葉を紡ぎ出す。

「やっぱり最初に本性がバレた時は焦ったし、嫌だったけど、今となっては良かったのかなって。もしかしたら心の底ではバレて欲しいって思ってたのかも」

 初めて聞く花音の気持ちだ。しかしそれは俺と話した後……もしかするとたった今思ったことなのかもしれない。

 花音は憑き物が落ちたように、表情は晴れていた。

「これが私が本性を隠していた理由。それと颯太くんと仲良くなった理由だよ」

 話すことは全て話した。その話を聞いて二人は何を思うのか。

 虎徹は良い意味で興味なさそうに、「ま、本宮は本宮だろ」と言っているが、若葉は俯いて表情が見えない。

 そして聞き終えた話を自分の中で消化したのか、顔を上げる。その反応はではあるが、なものだった。

「大変だったね」

 優しく微笑みながら涙を流す。

 若葉なら受け入れるのはわかっていた。ただ、もっと激しく感情を出すとも思っていた。

 我慢するつもりもなく、かと言って泣くつもりもなく、決壊したように涙を流している。

「私には花音ちゃんの気持ちはわからないし、話を聞いてもやっぱりなんで気にするのかはわからなかった。でも、他の人からしたら大したことない悩みでも、その人にとっては辛いことなんだよね。……私も、多分他の人からしたら簡単な話で悩むこともあるから、それだけはわかるよ」

 簡単に『気持ちがわかる』と言っていいことではない。いや、わかっていても、その辛さの度合いは花音にしかわからないことなのだ。

「かのんちゃん」

 名前を呼び、若葉は花音の手を取った。

「今までよく頑張ったね」

 花音の悩みやコンプレックス。全てとは言わないが、若葉は本当の花音を許容した。

 自分自身の溜め込んだものを吐き出し、それを受け止めてもらえたのは花音にとっては嬉しいことこの上なかっただろう。俺には受け止めることができても、それ以上何かしてあげることはできなかった。

 しかし、若葉は受け入れた上で花音を認めた。

 その気持ちがわかるはずもないが、嬉しいということはわかる。花音の目から止めどなく涙が溢れていた。

 ……不安がなかったわけではない。

 若葉であれば……そして虎徹であれば花音の本性を受け入れてくれると思っていた。ただ、少なからず『完璧な花音』に幻想を抱いている人もいるだろう。信じていても、さほど問題に感じない花音の性格でも、その落差と隠されていたことを嫌に思うかもしれないという一抹の不安はあったのだ。

 それでも二人は受け入れた。そのことが俺も嬉しかった。

 花音の悩みを知るのが俺一人ではなくなった。それは花音にとって安らげる場所が増えたということだ。

 俺は安堵しながらも、自分がということに、少しばかりの寂しさを覚えていた。

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