第40話 かのんちゃんは話したい

 クラスマッチで優勝できたことに喜び、俺は虎徹や他のチームメイトと話し込んでいた。

 その後、俺と虎徹は試合を終えた若葉と合流し、花音を探しながら双葉の応援のためにグラウンドに出てきた。ただ、ちょうど終わったタイミングのようで、双葉はクラスメイトと喜んでいる。

 邪魔をするわけにはいかず、花音を探そうと思ったが、なかなか見つからない。それもそうだ、グラウンドと体育館で分かれているとはいえ、ほぼ全校生徒が集まっているのだから。

 俺たちは一度、休憩がてら渡り廊下で雑談をしていた。

 そんな時だった。いきなり後ろから頭を掴まれる。……いや、撫でられた。

「颯太くんおめでとう! ほーら、かのんちゃんのナデナデだぞー?」

 自分で名乗っているのと声でわかるが、今俺の後ろに立っているのは間違いなく花音だ。ただ、普段の猫を被った話し方ではない。すでに手遅れだと理解しながらも、虎徹と若葉の存在があるためいつも通りの対応をする。

「え? か、かのんちゃん?」

「花音だよー?」

 少しの間であれば、仲良くなってじゃれていたで済むかもしれない。それでも花音は一向に止める様子はない。

 そして、ついに虎徹は困惑した表情で口を開いた。

「えっと……。本宮?」

 花音の動きが止まる。数秒後、「うわぁぁぁぁ」と言いながら手を離した。

 後ろを振り向いても花音はいない。下を向けば……頭を抱えてそこにいた。

「えっと……かのんちゃん? え?」

 いつもとキャラの違う花音に、若葉は困惑しながら顔を覗かせていた。俺も虎徹も困惑しており、花音は錯乱している。

「うわぁぁぁぁ」

「えっと、うん。どうしよう」

「あああああぁぁぁぁ」

 顔を隠している花音だが、もう手遅れだ。

 困惑する俺と虎徹、若葉と錯乱する花音。まさにカオスだった。


「あの、うん。……ごめんなさい」

 誰に宛てたのかわからない謝罪をしながら、花音は縮こまっている。

 ファミレスの一席。そこに俺たちは集まっていた。

 クラスマッチの後の放課後は、それぞれバイトや部活があった。虎徹だけは予定はなかったが、この頃は期末テストやバイトなどで忙しかったこともあり、今まで溜め込んでいた分のアニメや積んでいたマンガ、小説の消費に勤しんだようだ。

 そして現在、時間が経って多少の落ち着きを取り戻した花音だったが、やはり落ち着かない……というよりも、どこか迷っている様子だ。

「と、とりあえず注文しない?」

 重くなっている空気を変えるために提案したが、全員の気が進まない。メニュー表を手に取る動きやページをめくる動きが遅く、惰性でやっているといった感じだ。

 それぞれ注文を終えると、再び沈黙が訪れる。

 普段は積極的に話を進める若葉ですら口を開かない。大方、『花音が話したかったら話すべき』だと気を遣っているのだろう。虎徹も同様に口を開かない。

 それでも俺の方から話すのは違う。花音が自ら話すべきことだと考えている。

 俺は花音の方に視線を向けた。

「やっぱり、言うべきだよね?」

「ここまで来たらな」

 すでに誤魔化すことはできないそ、引き返せもしない。

 花音は決心したように生唾を飲み込んだ。

「……二人を騙すつもりはなかったんだ」

 ――いずれ話すかもしれない。

 花音は以前そう言っており、それは本気だったのだ。だからこそ、自分から話すわけでもなく、不意にバレてしまったというこの状況は、騙していたと捉えられてもおかしくなかった。

 思い詰めた表情で花音は告白する。

「実は私――」

 そう言ったところで若葉は手で制止する。

「大丈夫。わかってるよ」

 苦しそうな表情をする花音。無理をしてまで言う必要もないと考えたのか、若葉は優しそうな表情を浮かべた。

「……実は、前々から疑問に思ってたんだよね。颯太とだけ、やたらと仲良い気がしてたし」

 頷きながら若葉はそう言った。

 今まで俺は、花音に気を遣って話し始めるのを待っていたのだと思っていた。しかし、それは大きな間違いだということをこの一言で気が付いた。

「颯太とかのんちゃんが付き合ってるなんて」

「え?」

「は?」

 若葉の言葉に同意するように虎徹は頷いているり

 突拍子もない言葉に俺と花音は困惑を隠せない。何故そういう結論に至ったのか。――いや、思い返してみると、突拍子のないものではない。

 言いづらそうにする花音と、事情がわかっているからこそ黙っていた俺。それだけでもそうだが、客観的に見れば仲睦まじい様子で頭を撫でたりもすれば、若葉の勘違いもあながち見当違いとは言えなかった。

 しかし、事実は違う。

「別に私たち、付き合ってないよ?」

「えっ?」

「はぁ?」

 二人とも驚いている。冷静になって考えてみれば、二人の反応も至極当然だ。

 それに気が付いた俺は、何も言わずただ傍観していた。

「付き合ってるの隠してたって話じゃないの?」

「違うけど、なんでそうなったの……?」

「二人でなんか隠してたし、前に付き合ってるか聞いた時もそれっぽい反応してるくせに否定するし、照れ隠しなのかと思ってたわ」

「えぇっ?」

 両方ともの意見がわかった上で傍観していると面白いやり取りだ。当事者にも関わらず、俺は楽観してそのやり取りを見ていた。

 ……ただ、当然俺が話に入らないわけにもいかない。

「ねぇ、颯太? ただの照れ隠し? 本当に付き合ってないの?」

 矛先が俺に向く。花音が「違うってー!」と言っているが、若葉は俺の返答を待っている。

「付き合ってないよ」

 本当のことだ。しかし、疑惑の目線を向けてくることに変わりはない。

「かのんちゃん。もう本当のこと言った方がいいと思うんだけど」

 俺がそう提案すると、「やっぱり付き合ってるんじゃん!」と若葉は突っ込んでくる。

 ――やばい、言葉のチョイスミスった。

「違う、そうじゃない!」

 何故こうなったのか。その原因はハッキリとしている。意味深で遠回しな言い方をしていたからだ。

 一度落ち着いてはずだったが、結局カオスな状況に逆戻りである。

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