第39話 かのんちゃんは隠せない

「あの、ここいいですか?」

 クラスマッチのバスケの試合。颯太くんや藤川くんたち、四組の応援をしていると、後ろから声をかけられる。

 私になのか、隣にいる若葉ちゃんなのかはわからない。ただ、同時に後ろを振り向いた。

「あ、双葉ちゃん。いいよー! かのんちゃんもいいよね?」

「うん、いいよ」

 活発な雰囲気だけど礼儀正しい。私よりも少し長めで明るい茶髪の髪を後ろでくくり、ポニーテールにしている女の子。一年生の中で人気があり、颯太くんが仲良くしている後輩……春風双葉さんがそこにいた。

「こっちどうぞ」

 ちょうど空いていた私の右隣に促し、春風さんはそこに並んだ。

「急にすいません。私の方の種目も終わったので、颯太先輩の応援ならここかなって思いまして」

 照れながら笑う春風さんは、いかにも後輩という立ち振る舞いだ。颯太くんが可愛がっている気持ちも少しわかる。

「花音先輩……あ、本宮先輩の方がいいですか?」

「ううん、花音でいいよ」

「わかりました! 私も双葉って呼んでください! 若葉先輩とはよく話しますけど、花音先輩とは初めてですね」

「そうだね。……二人は青木くん繋がりかな?」

「そうです。あと、私はバスケ部なんで、同じ体育館の種目の若葉先輩にはいつもよくしてもらってます」

 二人は真面目で明るい。波長が合いそうな性格をしている。

「名前も似てるし、姉妹みたいだね」

 若葉ちゃんは暗めの茶髪で体育や部活の時はポニーテールにしている。髪型も似ていて、顔は似ていないものの、性格面を見ると姉妹と聞いても疑わないだろう。それこそ顔の似ていない兄弟姉妹なんてたくさんいるのだから。

「あー、確かにそうかも」

「若葉先輩みたいなお姉ちゃんかぁ……。いいですね!」

 二人とも満更でもない様子。

「双葉ちゃんみたいな妹、欲しいなぁ……」

 兄弟……特に妹の欲しかった私はふと呟いた。何故か若葉ちゃんは苦笑いをすると、「あっ!」と声を上げた。

 颯太くんのパスが止められて、攻め込まれそうになっている。それでも藤川くんがフォローして、ことなきことを得た。

「危なかっ……」

「せんぱーい! 頑張ってください!」

 若葉ちゃんの声を遮るように、双葉ちゃんは声援を送る。

 私もそうだけど、ここにいる三人は四組というわけじゃなく、颯太くんと藤川くんの応援をしている。

「双葉ちゃん。またお話ししたいな」

「ぜひしましょう!」

 試合も最終盤。私たちは試合を見ながらも雑談をしていたけど、最後の最後は試合に集中して声援を送っていた。


 試合は最後の最後、颯太くんのシュートが決まり、四組が勝った。二年生男子のバスケは四組の優勝だ。

 一声かけたものの、男子たちで喜びを分かち合っていたため、私たちはそれぞれ他の競技を見ることにした。

 若葉ちゃんはその後の試合で負けてしまって優勝を逃したけど、双葉ちゃんは一年生女子のサッカーは優勝した。

 一通りの種目は終わったけど、残りはグラウンドでドッジボールをしていて、あとは三年生のバレーが体育館。どちらも白熱している。

 私は応援ばかりで疲れたこともあって、体育館の外に出て休憩だ。

「あれ、花音先輩?」

「あ、双葉ちゃん」

 種目が終わってひとしきり喜んだ後なのか、双葉ちゃんは髪が乱れてもみくちゃにされた痕跡が残っていた。

「お疲れ様。優勝おめでとう」

「ありがとうございます!」

 満面の笑みを見せる双葉ちゃんは、妹というよりも後輩がちょうどいい気がする。

「手櫛でだけど、髪の毛整えてあげる」

 体育館前の段差に座るように促し、座った双葉ちゃんの後ろにしゃがみ込む。

 脚を開いたりはしたくないため、肩にかけてあったタオルを敷いて、その上に膝を乗せるという形だ。

「ありがとうございます」

「いえいえ」

 ――妹がいたらこんな感じなのかな?

 そう考えながらも、仲の良い後輩が今までいなかった私は、新鮮な気持ちで双葉ちゃんの髪を触る。

 三年生がいるのにレギュラーを勝ち獲り、全国大会に行くほどバスケに熱中している双葉ちゃんだけど、女の子を捨てているわけでもない。髪の毛は艶があり、汗でシットリとはしているけど、普段はサラサラなのだろうというのがわかる。

 運動ができないわけでもないけど、私は絵を描くのが好きだったから中学生の頃は美術部に入っていた。それでも、高校に入ってからは部活はしていない。特に目標もなく、強いて言えば自分磨きくらいだからこそ、一つのことを突き詰めている双葉ちゃんのことが少し羨ましく思えた。

「花音先輩は、なんで颯太先輩と仲良くなったんですか?」

 突然のことに私は反応に困った。

 最初は私の本性を知られたから脅して、カラオケに行って……お返しという名目で遊びに行って友達になって、それから徐々に仲良くなっていった。

 考えてみると酷いことをしている自覚はあるけど、友達の作り方がわからなかった私は、颯太くんと仲良くなるためにはそうすることしかできなかった。

 そんなことを正直に言えるはずもない。

 藤川くんとか若葉ちゃんに聞かれた時はなんて言ったっけ。そもそも聞かれたっけ。

 適当に誤魔化して流した気がする。少しだけ素を出すことになるけど、私は冗談まじりに話した。

「……私の秘密を青木くんに握られたんだよねー」

 嘘ではない。私は続けて、「言いふらさないか警戒して、話すうちに仲良くなったんだー」も言った。

「そうなんですね! でも颯太先輩ってそういうこと勝手に話さない気が……」

「それでも、ね? 仲良くなる前だと性格とか本性とかわからないじゃん?」

 思いっきりブーメランが刺さっている。もっと適当に誤魔化せばよかったと思いながら、引けなくなった私はなんとか言いくるめようとする。

「確かにそうですね。私は颯太先輩にバスケ教わったのがキッカケなんですけど、『教えた代わりにえっちなことさせろよ』とか言われたらどうしようって思いましたもん」

 突然の告白に私は思いっきりせた。

「冗談ですよ」

 いたずらっ子のような笑みを浮かべる双葉ちゃんは、一見タチの悪い冗談でもどこか憎めないあどけない笑顔を見せていた。

「その秘密っていうのはなんなんですか? ……って、秘密だから言えないですよね」

 そう言って双葉ちゃんは笑う。なんとなく仕返しをしたくなった私は、後ろから覆い被さるようにして抱きつき、耳元で囁いた。

「……実は私、女の子が好きなんだよね」

 片手で耳や頬を触りながらそう言うと、双葉ちゃんはわかりやすいほど顔を真っ赤にしていた。

「あ、えっ! あの、男の人との噂を聞かないっていうのはそういう……」

 流石にこれ以上は本気と捉えられかねない。私はパッと手を離した。

「嘘だよー」

「……花音先輩もそういう冗談言うんですね」

 疑い半分、驚き半分といったところだろう。双葉ちゃんはジト目で私を見ていた。

 少しやりすぎたかもしれない。話しやすい双葉ちゃんに、冗談とはいえ素を出しすぎた。

「幻滅した?」

 探るようにそう尋ねると、双葉ちゃんは首を横に振る。

「意外ですけど、高嶺の花って感じじゃなくて、ちょっと親しみやすいなって思います!」

 颯太くんにも同じようなことを言われた。

 そう言われると、案外自分の素も悪くないのかもしれないと思ってしまう。

 ただ、それは双葉ちゃんだからだとも思ってしまう自分がいた。……まだ本当のことを話すのは、もっと先かもしれない。

「そう言ってくれるなら嬉しいな。……はい、髪の毛はもう大丈夫だよ」

 話を遮るように誤魔化した。でも、これ以上は昔のことを思い出してしまって、言う勇気がない。

「ありがとうございます!」

 笑顔で応える双葉ちゃんは、「あ、すいません。そろそろ行かないと」と言い、礼儀正しくお辞儀をすると、ドッジボールの応援のためにグラウンドに向かっていった。

「可愛いなぁ……」

 双葉ちゃんは礼儀正しく、親しみやすい性格をしているからこそ、颯太くんは可愛がっているのだろう。

 そして、どことなく颯太くんに似ている気もする。

「……さて、私も行こっかな」

 そろそろ颯太くんも男子たちと話し終えている頃だろう。若葉ちゃんや藤川くんを探すのも良い。

 そう思って体育館周りをうろついていると、渡り廊下で颯太くんの後ろ姿が見えた。渡り廊下にある腰くらいの高さの場所にもたれかかっていて、休憩しているようだ。双葉ちゃんとのやり取りで悪戯心いたずらごころが湧いていた私は、ゆっくりと近づいた。

「颯太くんおめでとう! ほーら、かのんちゃんのナデナデだぞー?」

 そう言って後ろから颯太くんの頭を掻き乱し、髪の毛をくしゃくしゃにした。

「え? か、かのんちゃん?」

「花音だよー?」

 よそよそしく言った颯太くんに不満を抱きながらも、変なテンションのまま私は続けた。

 それに颯太くんは戸惑っている。

 どうも私は、悪戯をすることを考えるあまり、周りが見えていなかったらしい。

「えっと……。本宮?」

 その声に全身の血の気が引く感覚がした。

 私はピタリと動きを止め、恐る恐る声のする方を見下ろした。

 言い訳をしておきたい。ちょうど高さがあったから見えなかった。

 しゃがみこんで隠れていた藤川くんと若葉ちゃんを見た私は、隠れるようにしてその場にしゃがみこんだ。

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