第38話 青木颯太は本気になる
「緊張してる?」
試合前、トイレに行き準備を整えた俺を待ち構えていたのは花音だ。ほとんどの生徒が体育館やグラウンドに出払っているため、校舎にはほとんど
「まあ、してる」
クラスマッチは言ってしまえば学校行事で、単なるお遊びだ。
ただ、部活を辞めても運動自体は好きで、それも中学までやっていたバスケだ。負ければ悔しいし、勝ちたいと思い本気になる。
「俺さ、辞めてみて思ったんだけど、やっぱりバスケ好きだなって」
「部活に戻りたい……というか、入りたいと思う?」
「それはないかな」
続ける理由がなかったから辞めた。本気になれないから辞めた。色々と理由はあるが、結局のところ逃げたのだ。
上手くなりたい。そう思っていたが、教えた後輩が上手くなり、妹も順調に上手くなっていた。しかし、俺は伸び悩んだ。
全国に行ったり日本代表になりたいなんて大それた夢は持っていなかった。それでも強豪校から声がかかるくらいであれば、また違ったのかもしれない。
「なんか、クラスマッチにこんなに本気になるのってダサいよな」
単なる学校行事で、しかも体育祭のように得点を競うわけでもない。勝っても負けても何もなく、ただ楽しむためのレクリエーションだ。
そんなことを口にしたが、花音は否定した。
「そんなことないよ」
花音は俺を目を真っ直ぐに見て言う。
「スポーツコースの人たちは本気だし、本気でやる人はカッコいいと思う。私はスポーツをしてこなかったけど、やっぱり勝ちたいとは思うもん」
視線を逸らさずに口にする花音に、俺も目を離せない。
「本気でしない人を否定するわけじゃないし、それぞれが自分なりに楽しめればいいと思う。だから、本気でするのも、ダサくない」
俺は俺なりに楽しめばいい。花音はそう言ってくれている。
自分自身、本気で学校行事をやることを『ダサい』と言うのは、負けた時の逃げ道だったということに気付かされた。
「ま、頑張ったら頭なでなでくらいしてあげるから」
「いらねぇ……」
「なっ! 人気者のかのんちゃんのなでなでだぞー?」
ふざけているのか、花音の口調に思わず吹き出した。すると、花音も思わず吹き出している。
「ほらほら、もうすぐ試合始まるからさ……」
花音はそう言いながら後ろに回り、背中を押してくる。俺は押されるがまま、ゆっくりと歩き出した。
「頑張ってきてよ。颯太くん」
試合が始まる。
序盤は余裕が持てるようにゆっくりと攻め込み、素早く攻めてくる相手チーム……六組に対し、早く戻って守備を整えた。
四組には経験者は俺以外にもう一人いるが、やはりスポーツコースの六組とは良い勝負になる。
経験者を軸にして、しっかりとポジション通りに攻める四組に対し、六組はとにかく全員で攻めて全員で守る。
俺は元々
前半を終え、十対八。なんとかギリギリ勝っているという状況になっている。
「マジでゴリラかよ。なんで経験者いるこっちがギリギリでやってんの」
東は肩で息をしながら愚痴をこぼす。
六組は多少息を荒げているものの、こちらよりは消耗していない。普段から運動をしている人としていない人の差とも言える。ただ、俺、虎徹、東以外の二人も、経験はないものの運動部で日頃から体を動かしている人たちのため、言い訳もできない。
「攻め方変えるしかないか」
「ま、そうだよな」
決定率を上げるため、ゴールから遠い位置には配置しないようにしている。ただ、それが逆に体力の消耗に繋がっていた。密集しているところで攻防していれば、それだけ疲れるのも当たり前だ。
「って言っても、スリー打てるのって俺くらいじゃん?」
僅か一点だが、近距離でのシュートよりも点が多く入るスリーポイントシュート。経験者の東は打てるものの、決定率は高くはない。相手も得点を取りこぼすが、余裕を持つためにこちらは取りこぼしたくはない。
「もう青木が攻めるしかなくね?」
「それが良いよな」
運動部の二人……中田と山村がそう言った。
俺の身長は平均のため、高身長相手ではリスクは高い。それでも外から攻めている俺が一番体力が残っているのは間違いない。
「そうだな。中盤……ラスト四分くらいまでは俺と東で攻めて、三人は守備に回りやすいように外側だな」
「オッケー」
作戦は決まった。いくら運動神経が良くても、経験者の俺と東が一対一では負けることはない。二人以上で守られればボールを戻せば良いため、俺はその作戦に乗ることにした。
後半、作戦は上手くいかなかった。
いきなり点を決められると、そのまま一気に逆転される。そこからは点差がほとんど変わらず、東がスリーポイントシュートを決めた以外は交互に点を重ねていった。
これで十七対十八。負けてはいるものの、シュート一本で逆転できる点差だ。
そして作戦は上手くいった点もある。余裕のある俺を中心に攻めたこともあり、消耗は激しくとも他の四人はさほど消耗していない。逆に経験者二人が攻めることで、六組は順調に消耗していった。
「あと三分。……そろそろだな」
再び俺はPGに戻る。時間は少ないものの、取りこぼせば一気に不利となる状況で、俺はゆっくりとドリブルをしながらゴールに近づく。
――ここはとにかく決めたい。それなら!
ゆっくりとした動作から素早くパスを出す。中でも圧倒的に決定率の高い東に、だ。
しかし、冷静に攻めたようで『決めたい』という焦りがあった。
「っしゃあ!」
相手にパスをカットされた。
――やばい。
これ以上点差を広げられれば、追いつくのが難しくなる。全身の血の気が引く感覚が俺を襲う。
「ま、そんなことだろうと思ったよ」
この窮地。虎徹はボールを奪われるのを読んでいたように、パスカットした直後の相手のボールを奪う。
そして攻める態勢に入っていた相手の隙を突き、フリーとなっていた東にパスを出すと、難なくシュートが決まった。
これで逆転。俺はホッと息を吐くと、虎徹に頭を叩かれた。
「焦りすぎ。可愛い後輩でも見て落ち着いとけ」
顎で指示する方向に視線を向ける。そこには若葉と花音、そして二人と並んで双葉の姿があった。
「いたのか」
「気付いてなかったのかよ。後半の途中からいたぞ」
周りが見えていなかった。それがプレーにも、応援してくれている双葉に気付かなかったことにも出ていた。
「熱くなるのが本気じゃないぞ。冷静になれって」
勝ちたいという気持ちで焦っていた。ここ一番の場面だからこそ、安全策を取ろうとしたのが一番の危険だったのだ。
「せんぱーい! 頑張ってください!」
そう声を出す双葉に手を挙げて返事をする。
大事なことに気付かされた。
ラスト最終盤、あと二十秒。そこで相手チームのゴールが決まる。お互いにゴールを落としつつも二十対二十一で点差は変わらない。追い越し、追い越されだ。
ゆっくり攻めれば最後の攻撃。時間に余裕を持たせてゴールを決め、反撃されれば負けてしまうため、時間いっぱい使って攻める。
この終盤、最後に決める攻撃はすでに考えてあった。相手は身長の高い連中ばかりだ。高さにおいては勝てるはずもないが、経験者ということ以外にもう一つの有利な点があった。
それは、
ゆっくりとドリブルし、フリースローラインあたり。今まではここでパスを出し、場合によっては俺も中に入るところだが、俺は小さくドリブルをしながら一気に切り込んだ。
一人、二人と抜いていく。そしてガラガラになったコート内。それでも固められたゴール下を嘲笑うように、俺はゴールの左側の遠く……横のスリーポイントラインよりも外側にいた東に素早いパスを送った。
「ナイスパス」
東はニヤリと笑い、そのままシュートを……打たない。
フェイクを入れ、焦ってゴール下を離れた一人を抜くと、再びシュートの体勢に入る。すると、相手は面白いように飛びついた。……それがフェイクだとも気付かずに。
シュート体勢からパスを出したのは、東の近くにいた虎徹だ。そうなるとどうなるか、答えは簡単だ。ポジションもなく、ただボールに飛びつく相手チームは虎徹を目掛けて奪いに行こうとする。唯一冷静を保っていたゴール下にいる一人以外、俺と東が抜き去った四人は虎徹と近い位置にいたため、全員でボールを奪おうとした。
四人を引きつけた虎徹がボールを持つ必要もない。冷静なまま、今度は俺にパスを出す。
「ナイス!」
これで一対一。俺はゴール下に突っ込んだ。
それでも冷静な残りの一人は釣られることもなく、ただ俺がシュートを打つのを待っていた。
「……これも双葉のおかげかな」
終盤に冷静を取り戻させてくれた虎徹。そのおかげで双葉の存在に気付き、この策を閃いた。
身長で勝てないなら、勝負しなければいい。
俺は一歩後ろに下がり、シュートを放つ。
ステップバックシュート。
決して得意ではなかった。しかし、低身長故に相手のブロックに阻まれる双葉のために俺が教え、双葉の飛躍の要因となったシュートだ。
シュートは綺麗にゴールに入り、ゴールネットは心地の良い音を立てる。
それと同時に、試合終了のホイッスルが鳴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます