第37話 青木颯太は応援したい
「虎徹、パス」
「おう」
声をかけると人と人との隙間を縫って、ボールが手元にくる。それを受け取った俺はドリブルをしながらゴールに近づき、一気にゴールを決めた。
「ナイス!」
「おっし」
俺は虎徹と勢い良くハイタッチをする。
点差を広げて優位に立ち、相手は意気消沈していた。
「虎徹ー、颯太ー……」
若葉がコート外から声を出し、俺たちに声をかけ……なかった。
「……の二人を止めろー! 三組ファイトー!」
俺たちの相手、三組の応援だ。その隣の花音は、「四組頑張ってー!」と声を出している。
俺と虎徹は平常運転だが、三組は若葉に応援されたこと、四組の他のメンバーは花音が応援したことによってテンションが上がっている。……いや、三組も『花音が見ている』ということでカッコいいところを見せようとやる気を出しているようだ。
「チッ……若葉め」
「これまた厄介だな」
悪態をつく虎徹に俺は少なからず賛同する。ある意味敵チームだが、一番厄介なのは若葉だった。
もうすぐ冬休みに突入するというところ。純粋に楽しいな人もいれば、異性にアピールしようとする人がいる。
それがクラスマッチだ。
得意な種目であれば良いところを見せられる上に、桐ヶ崎高校のクラスマッチは現役で部に所属していない人だけが出られる。つまり、バスケ部であればバスケ以外の競技にしか出られない。
そしてクラスマッチで開催されるのは、バスケ、バレー、サッカー、ドッジボールの四競技。
俺と虎徹、若葉はバスケに出ており、花音は若葉の手解きを受けてバレーに出場していた。
トーナメント式のため負ければ終わりだが、二回戦の今のところはスポーツコースのクラスを上手く避け、普通コースの一組、そして三組と当たっている。
そしてその三組相手に、終盤は粘られたもののなんとか快勝。十分を前半後半と短いため得点は少ないが、十九対十と勝つことができた。
「もー、颯太上手すぎー」
「一応小中とやってたからな」
競技によって出る人というのは変わってくる。基本は経験者だが、経験者以外は競技によって選ぶ人が多い。
バスケやサッカーは運動ができる人が多く、ドッジボールはあまり運動が得意でない人、バレーはその中間だ。バスケやサッカーは目立ちやすいため、モテようとするという側面もあるだろう。
「顔がもうちょっと良ければモテてたのになぁ」
「うるせぇ」
若葉は俺のことをフツメンと言うが、イケメンとは言われない。そもそもイケメンはこんなところでアピールしなくてもモテるため、結局は顔なのである。
「本宮の方はどうだ?」
「こっちは残念ながら一回戦負けだよ」
花音の出場するバレーの一回戦を俺たちは途中まで見ていたが、出番となったため最後までは見れなかった。途中までは良い勝負をしていたが、結果は負けとなってしまったようだ。
「藤川くんと青木くんはこの後決勝だよね? 頑張ってね!」
「おう」
クラスマッチは学年ごとのトーナメントのため、八クラスとなれば三回戦目が決勝だ。
ただ、厄介なのは、どちらにしてもスポーツコースのクラスが上がってくることだった。
「勝てるかなぁ……」
「潰し合ってくれてるだけマシだろ。疲れるだろうし」
「まあなぁ……」
ちょうどスポーツコースの二クラス……五組と六組が試合を始めた。
それを眺めながらふと思い出した。
「あ、外でサッカーやってるよな?」
「ん? ああ、春風ね」
「そうそう。見に来いって言われて」
双葉はサッカーに出場している。突き指をしないようにとのことだが、サッカーも十分怪我をしそうな競技だ。
ただ、素人も混じっているクラスマッチで、しかも女子だ。派手なスライディングなどがない分、他の競技よりも断然安全なのだ。
「せっかくだし、みんなで行こっか」
そう提案したのは若葉。虎徹は微妙そうな顔をしているが、花音も乗り気のため渋々着いてきた。
「うわっ……。えぐ」
一番良く見える位置……双葉たちのクラスが攻め込む側のゴール付近で俺たちは見ている。
グラウンドに出ると早々に、双葉がシュートを決めたシーンだった。下手な男子よりも上手いのではないかと思うほど、あっという間にドリブルでゴール前まで行き、男子顔負けのシュートを叩き込んだ。
「しかも双葉だけじゃないんだよなぁ」
双葉の所属するスポーツコース……五組と対しているのは、普通コースの二組だ。流石に攻め込む隙もないというほどでもないが、ほとんどは双葉たちが攻め込んでおり、二組は防戦一方となっている。
「スポーツコースって、運動神経の塊集団みたいなところあるからね」
平然という若葉だが、運動部に所属しているからこそわかることもあるのだろう。
スポーツコースは部活での推薦のため、クラスマッチで経験者が出てくるのは、小学生の頃にやったことがある程度の人しかいない。それでもほとんどの競技で上位には食い込んでくるため、運動神経が良い人たちの集団というのは間違いないだろう。
そして冬というにも関わらず汗を流しているその姿は完全に本気だ。運動に対しての気持ちという分でも、他クラスには負けられないというところもあるのだ。
ただ、経験者ではない分、ミスも起こる。
外れたシュートが俺たちの方……花音にめがけて飛んでくる。女子なだけまだ威力はあまりなく、俺は慌てずにボールを止めようとする。
しかし、ボールは手元まで来なかった。
「オーライ!」
横から駆け込んできた双葉が外れたシュートをカバーするため、飛び上がって止めた。そしてゴール前にパスを出し、他のメンバーがシュートを決める。
「大丈夫ですか?」
息を切らせる双葉は、俺たちに気を遣うように声をかける。
「お、おう。頑張れよ」
「はい!」
そう言って双葉は自陣に戻ろうとするが、一度足を止めて振り向いた。
「私の良いところ、見てってくださいね」
普段は見られないポニーテールを靡かせ、額の汗を拭った双葉はそう言って自陣に戻っていく。
いつもの可愛らしい様子とは違い、カッコいい姿のギャップに見惚れてしまう。
「……双葉ちゃん
「そうだけど、なんか含みないか? 喧嘩売るなら買おうじゃないか」
若葉の茶々によって意識は逸れたが、内心俺は安堵していた。
このままでは危うく惚れてしまいそうなほど、今の双葉は輝いている。
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