第44話 青木颯太はしたくない!

「東京だー!」

 テンション高く新幹線を降りたのは、妹……凪沙だ。

 俺は凪沙の後に続いて降りる。

「人も多いし、まずは改札出るぞ」

「はーい」

 東京は当たり前のように人が多い。終点ともなる場所のため降りる人が多ければ、逆に始発ともなるためホームで目的の新幹線を待つ人も多い。

 人混みで見失わないように凪沙を先に行かせ、俺は後ろから着いて行った。

 改札から出ても人は多い。一度端に寄って人通りの邪魔にならないように行き先を確認しようとしたが、凪沙のテンションは高いままだ。

「東京だよ、東京。おにいはテンション上がらない?」

「……そりゃあ楽しみだけど、まだ何もしてないのにテンション上がってる凪沙といると冷静になれる自分がいる」

 何かがある直前であれば一緒にテンションも上がるだろうが、今日は少し観光をするくらいだ。楽しみではないと言えば嘘になるが、一番の目的は明日の試合を見ることで、今日はどちらかと言えば明日のためにそこそこのテンションでいたかった。

「てか凪沙。修学旅行で来たばかりじゃないか?」

「そんなの半年も前じゃん。それに前は夢の国とかは楽しかったけど行動範囲とか限られてたし、今回は自由に回れるからまた違うの!」

「自由って言っても、ちょっと見たら勉強だし明日はバスケ見るだけだけどな」

「バスケ見れるのが良いんじゃん!」

 凪沙はバスケ中毒だ。俺も好きなのは好きだが、遊びかバスケなら悩んでしまう。しかし、凪沙は迷わずにバスケを取るだろう。

 なんせ、尊敬するのが双葉なのだから。

 俺は「はいはい、そうだな」と流し、次の目的地に向かう準備をする。

「まずはホテル行ってから荷物預けて観光だな。行きたいところは決まってるんだよな?」

「もちろん! 雷門行きたい!」

 女子中学生としては渋いチョイスだが、俺としても嬉しいところだ。何もわからないのに服を買うために連れ回されるよりは断然良い。むしろ、まだ行ったことがないため行ってみたいとも思っていた。

「じゃあ、雷門は……ちょっと遠いし、急いで行くか」

 明るいうちに行っておきたい。五時にはもう暗くなるため、その頃には中の店も閉まり始めるだろう。

 それに、見知らぬ土地で中学生の凪沙を夜まで連れ回したくなかった。

「ちょっと早いかもしれないけど、帰りに夜ご飯食べて適当にお菓子でも買ってホテルに戻る……って感じでいいか?」

「異議ナーシ!」

 同意を得られたところで電車の時刻表を調べる。

 ホテルは会場が近い渋谷で取っているため、東京から二十分前後。そこから雷門の最寄りの浅草まで四、五十分だ。徒歩やチェックインを考えると、二時間近くかかる。

 荷物をコインロッカーに預れば三十分もかからないが、帰りに取りに寄るのは億劫だ。

 すでに時刻は一時過ぎ。昼食は駅弁を買って、行きの新幹線の中で済ませておいて良かったと心の底から思った。


 気がつけば辺りは真っ暗だ。

 適当に海鮮丼が美味しい店を探しておいたため、夕食はそこで済ませる。

 普段でも食べようと思えば食べられるものだが、高くて手が出ない。旅行という非日常だからこそできることだ。

「おにい、これ美味しい!」

「おう、良かったな」

 凪沙が注文したのは『鮭の親子丼』と名付けられており、これでもかというくらいのサーモンが乗っていて、真ん中には更にイクラが乗っている。

 俺は『海鮮四色丼』で、外からマグロ、サーモン、ネギトロ、イクラとグラデーションが彩られていた。

 あっという間に完食すると、すぐに電車に乗ってホテルに向かう。ホテルの最寄りのコンビニでお菓子を大量に買い込み、ホテルに到着して一息ついた。

「今日は満足できたか?」

「楽しかった! 色々買えたしね!」

 そう言って凪沙は、雷門周りの出店で買ったものを出していく。大体はお菓子類だが、受験生らしく学力のお守りを買っていた。

 あとはハンドクリームが有名な店もあるということを凪沙は調べており、そこで何個か買っていた。――バスケ馬鹿だと思っていたが、一応は女の子らしいところもあるのは兄として安心していいのかどうやら……。

 また、『常香炉』で炊かれている煙を浴びると頭が良くなるという話もあるため、凪沙は必死に煙を頭に浴びていた。そのためか今でもほんのりと煙の匂いがした。

「まあ、短い時間だけどな。二時間くらいか?」

「それくらいかな? でも回るのには十分な時間だったし」

 もっと見て回ろうと思えば回れただろうが、初めて行ったにしては情報量が多すぎるほど見て回れた。

 とにかく、凪沙が満足できたのなら一安心だ。

「おにい、今日はありがとうね」

 そう言って抱きついてくる凪沙を、「はいはい」と言って引き剥がす。

「ちなみにそうやって媚び売っても勉強からは逃げられないからな?」

「うっ……」

 案の定というのか、甘えることで『しょうがないなぁ』と俺が見逃すことを期待していたのだろう。兄妹だからわかる、俺も逆の立場なら似たようなことをしていたはずだ。

「そのためのお菓子だろ?」

「ううっ……」

 勉強して頭を使うことを見越し、糖分摂取のためのお菓子だ。決して少し甘やかしたい気持ちがあるから買ったわけではない。

「俺も凪沙に付き合って勉強するんだ。大人しく観念しろよ」

「……なんでおにいの方が辛そうな顔してるのさ」

 勉強はしたくない。それでも凪沙がしている前でダラダラするわけにも行かず、俺も勉強をすることとなっている。親に『ついでに颯太も勉強しろ』と言われたわけではない。

 仮にも旅行に行けて旅費まで出してもらえている中で、親に逆らえるはずもない。

 俺たち兄妹は、風呂の時間以外は就寝するまで、そのほとんどの時間を勉強時間に使っていた。

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