第33話 春風双葉は先取りたい!

 週末、ここ最近はほとんど外出している気がする。

 来週には終業式を迎えて冬休みに入る。もう授業も終わり、あとはクラスマッチくらいしか残されていない。

 ただ、まだクリスマスではないのだ。

「せんぱーい、お待たせしました!」

 予定の九時少し前、駅前で待っていた俺の前に双葉が姿を現した。

 まだ予定していた九時よりも少し早いため、待たされても文句は言えない。そもそも文句を言うつもりはないが。

「待ってないよ」

「……乙女的には正解なんだと思いますけど、私的には複雑です」

「なんで!?」

「ワクワクしすぎて早めに来すぎたとかじゃないんだなぁと」

 訳のわからない理由に俺は困惑する。

「それって、どっちにしても『待ってない』が正解じゃないか? 三十分とか一時間待たされたならまだしも、五分くらいだから待ったうちに入らないぞ?」

「……それもそうですね!」

 仲良くなりたてや仲良くなろうとしている相手なら一時間くらいなら待てるし、文句を言うともないだろうが、それ以上となると文句以前に何らかの事情がない限りは待てないだろう。来ない可能性だってあるのだから。

 双葉であればそもそも遅刻をしないが、連絡され取れていればどれだけでも待つだろう。事情がなく遅れるような人ではないという信頼があるからだ。もし単なる遅刻であれば小言の一つを言うくらいのものだ。

「とりあえず行くぞ」

「はーい」

 俺たちは駅の方へと向かっていった。


 今日行くのは水族館だ。

 いつも駅前に集合しても駅周りで遊ぶことが多いが、今日は珍しく電車に乗っての長旅だ。……とは言っても一時間半くらいだが。

 そして普通の休日だが、双葉の『クリスマスは大会なので、先取りして遊びたいです!』という一言で予定された。

 ただ、水族館と言えば夏のイメージが強い。クリスマスというのであれば他の場所がいいのではないかと思ったが、『逆にですよ! 冬の水族館ってあんまり行かないので、それはそれで楽しそうです!』と双葉が強く押したため決定した。

「先輩は『水族館と言えば』なにを想像します?」

「『水族館と言えば』、か……。リア充の巣窟?」

「そういうことじゃないんですけど」

 冗談を言ったつもりだったがつまらなかったようで、双葉に冷たい視線を向けられる。

「ペンギンかな? 中学生の頃に学校行事で行った時、ペンギンのコーナーがめちゃくちゃ印象的だったんだよなぁ」

 広い水槽とはいえ、数百匹はいるのではないかと思うくらいの数のペンギンがいた。直立不動の子もいれば自由に泳いでいる子もいて、様々なペンギンを可愛いと思った。また、外にもペンギンコーナーがあり、暑い中霧吹きを被っているのが印象的で、お土産コーナーのペンギンのキーホルダーを買ったほどの可愛さだ。

「ペンギンも良いですよねぇ。私はやっぱりイルカですかね? ショーもありますし」

 イルカやアシカのショー、シャチのトレーニングなどがあり、その中でもイルカショーは今日行く水族館の名物でもあった。双葉も「イルカショー見たいです!」と楽しみにしている様子だ。

「一日あるし、ゆっくり見て回るか」

「そうですね! 端から端までコンプリートしちゃいましょう!」

 そう言って双葉は目を輝かせる。

 大会直前の貴重な時間。日々の練習のリフレッシュにでもなれば、そんなことを考えながら俺は電車に揺られていた。


「とうちゃーく!」

 一時間半電車に揺られてから徒歩十分程。十時半過ぎには水族館に到着する。

 長い時間ではあるが、苦ではなかった。それは双葉が積極的に話しかけてくれるからだ。とは言っても気を遣っているわけではなく、ただ話したいからだろう。例えるなら犬のように、次々と話題が出てきた。

「さて、まずはチケット売り場だな」

 今回は、前回の反省を活かして無闇に奢るつもりはない。下手に奢りすぎて気を遣わせてしまっては双葉のリフレッシュにならない。ただ、大会前の双葉を労いたい気持ちもあるため、そこはおいおい考えておこう。

 チケットを買った俺たちは水族館に入っていく。いきなりイルカの水槽がいくつかあり、数匹ずつイルカがその中で泳いでいる。

 見に行きたいところではあるが、最初に館内のパンフレットを手に取る。

「イルカとアシカのショーは抑えておきたいよなぁ……」

 ショーをする場所は同じ場所だ。一つ目のショーであれば流れに沿ってそのまま見に行けるが、他のショーを見る場合は始まるまで待っているわけにもいかず、別の場所を見て回りたい。そうなると何往復もしなければならない。

「とりあえず今から行けばイルカショーに間に合うので、道中をゆっくり見ながら行きませんか? もうすぐお昼ですから、その時に考えてもいいですし。お昼を食べたあとに時間を合わせてアシカショーを見るか、いっそのこと一通り見てから最後に見てもいいかもしれないですね」

 見て回る時間次第だが、ざっくりとした予定であれば双葉の考えが一番良いのかもしれない。

「よく咄嗟に思いつくなぁ……」

「これでもPGポイントガードですから!」

「それ、関係なくね?」

 PGはバスケの試合中、指示を出す役割だ。得点までの道順を決める役とも言えるため、言いたいことはわからなくもないがまったくもって関係のない話だ。

「まあ、実は元々ある程度考えてあったんですよね。満喫するためには下準備が必要ですし」

「……双葉のくせによく考えてるな」

「馬鹿にしてますよね?」

 冗談はさておき、それだけ双葉は楽しみにしてくれていたのだろう。

 そう思うと無性に可愛く思え、頭を撫でたくなる。

 しかし、女の子の頭を撫でると『セットした髪が崩れる!』と怒られるのは妹の凪沙で周知済みだ。

 俺は上げかけた手をそっと下ろした。

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