第34話 春風双葉を楽しませたい
「見てください! イルカですよ! イルカ!」
興奮気味にそう言う双葉を「はいはい」とあしらいながら、俺は腰を下ろした。
イルカショーの会場にはまだ人はまばらにしか入っておらず、簡単に席に座ることができた。
双葉が興奮しながら熱烈な視線を送っているイルカは、ショーの前ということもあり飼育員とコミュニケーションを取ったり、悠々自適に水中を泳いでいた。
「良い席取れて良かったですね〜」
「そうだな」
十二時に始まるショーの十分前に会場に来たため、まだあまり人はいない。近くでも見て回っているのだろう、周りには人が集まっていた。
「とりあえず、これ見終わったらご飯だな」
「ですね〜。中に入ってるところにするか、一回外に出るかっていうところは悩みますが」
水族館の中にもレストランはあるが、出てすぐにある施設にもフードコートがある。再入場可能なため、どちらでも選択することができた。
どちらも良し悪しがあり、悩むところではあるため、「どっちがいいとかある?」と双葉に尋ねた。
「うぅん……。一回出た方が良いですかね? ……その、お金が……」
双葉の言いたいことはわかった。水族館の中にあるレストランであれば、水族館に
対して外に出ればあるのはチェーン店ばかりだが、中のレストランと比べると安めだった。
メインは水族館を見て回ることのため、食事代で使いすぎたくないところだ。しかし、せっかくだから高くても、水族館ならではのメニューを食べたいところではある。
「……半分くらい出そうか?」
全額と言えないのが悲しいところだ。二人分の食事代を出せば、チケット代や交通費、お土産コーナーで何か買うだけで一万円を余裕で超えるだろう。バイトをしているとはいえ、いくらなんでも財布が厳しい。
「いえ、誘ったのは私ですし、こだわりがあるわけでもないんで、大丈夫です!」
こういう時は律儀というかなんというか。後輩だからといって立場に甘えることもないのが双葉の魅力かもしれない。
ただ、生意気なところもあるが、言葉遣いなどは礼儀正しいため、それが後輩として可愛く思える理由だろう。
「それよりも先輩! そろそろ始まりますよ!」
そう言って双葉はイルカのプールの上にはある、巨大なモニターを指差す。
壮大な演出でショーは始まる。その音で徐々に人が集まってきた。
壮大な音楽と共にイルカは水中を縦横無尽に泳ぎ始め、プールの四方で飛び上がる。
客席近くにあるステージに飛び上がり、回転しながら再びプールに戻り、観客を賑わせる。
逆立ちのような要領で尻尾だけを水面に出すと、尻尾を振って水飛沫をあげ、前の方にいる観客に水がかかる。
また、水面からジャンプするのも真っ直ぐだけではなく、回転を加えたジャンプも披露すると、曲調が変わった。
プール上方にあるワイヤーを伝って、まるでUFOのような装置が間隔を空けて三つ、プールの真上に並んだ。装置からはボールが落下し、紐で繋がれており空中で止まる。そして飼育員の合図で、イルカは奥にあるステージから水中に潜ると、泳いでいる様子がモニターに映し出される。一気に下に潜り海底まで到達したと思ったら、そこから一気に上昇する。すると、水面から一気にジャンプし、高さが何メートルだろうか、ボールに鼻先が触れて着水した。その様子に観客は「おぉっ!」と歓声を上げ、拍手を送る。
しかしまだ終わらない。今度は三匹のイルカが水中に潜ると、三匹とも同タイミングでジャンプする。三匹ともがボールに鼻先を触れさせて着水に成功すると、さらに歓声と拍手は大きくなる。
「すごいです! すごいです!」
双葉は無邪気に拍手をしながら興奮している。
そして三匹ともが飼育員の元に戻ると、音楽が小さくなり司会の飼育員が「ようこそ!」と観客たちを歓迎した。
そこからはイルカの解説が始まり、種類や見た目の違いによってどの子が
一通りの説明が終わると、水族館で行っているイベントや、お土産として人気のイルカやペンギンなどの写真が売っているという宣伝が入る。
最後に再びイルカたちは水中を泳ぎ回り、二匹が尻尾だけを水面に出しながら客席手前で水飛沫をあげてファンサービスをしてショーを締めくくった。
「あー、良かったですねー!」
双葉は満足そうな表情を浮かべている。
「まだまだ見て回るところはいっぱいあるけどな」
来てからはイルカショーに合わせて回っていたため、一時間以上あったにも関わらずほんの一部しか見れていない。本当ならもっと見れただろうが、ショーの時間を考えると、どこを回っても中途半端になってしまうため会場の近くをじっくりと見ていた。
「さっき通ったところだけど、水中のイルカも見れるから、時間があったらまた見ても良いかもな」
ちょうどプールの真下には、水中で泳ぐ姿が見れるようになっている。会場から見るのがメインではあるが、水中の様子を見てみるのも楽しい。小さめのモニターも設置されているため、生では見れなくてもジャンプする姿は見ることもできた。
「行きたいです!」
「とりあえずご飯な。後のことはその時に決めよう」
「はーい」
ショーは二十分ほど行われていたため、もうすぐ十二時半とご飯にはちょうど良い時間だ。俺たちは再入場のためのブルーライトで光るスタンプを手の甲に押し、一度水族館を出た。
まだ半分も見れていない序盤。しかし目を輝かせて水族館を楽しむ双葉の姿を見て、無意識のうちに俺は頬を緩めていた。
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