第32話 青木颯太は回避する

「よっしゃ! やったぞ!」

 先生に手渡された一枚のプリントを手にした俺は、で初めてガッツポーズをした。

「まさか、お前……」

 虎徹が驚きの表情を浮かべており、俺は自信満々でそのプリントを虎徹に見せる。

「初めてだな。おめでとう」

「初めてじゃないけどな?」

 これで二回目だ。

 ……俺が全教科赤点を回避したのは。


「テストお疲れ様あーんど颯太の赤点回避を祝して……かんぱーい!」

 若葉の音頭によって始まったテストの打ち上げ。テスト直後はそれぞれバイトだったり部活があったりと忙しいものの、テスト返却後で若葉の部活後であれば四人は集まることができた。

 場所は焼肉。臭いが気になるものの、部活後の疲れた体をお肉で癒したいという若葉の意見によって決定された。

 あと一週間もすれば冬休みに突入することもあり、授業は各クラスの進度を調節するための授業となるため午前中のみ。部活終わりの若葉はバレー部のジャージだが、俺、虎徹、花音は一度帰宅して私服で集まっていた。

「それにしても颯太が赤点回避かぁ……。私が知り合ってからは初めてだね」

「それを言うなら俺もつるむようになってからは初めてだぞ」

 若葉と仲良くなったのは、一年生の一学期の期末直前に虎徹繋がりでテスト勉強をするようになったことがきっかけだ。虎徹はその少し前の中間の後あたりだ。

「それなら、元会長さんに初めから勉強見てもらってたらよかったんじゃない?」

 花音のふと思いついたような言葉に、俺は納得しながらも体の震えが止まらなかった。

「……もう嫌だ。美咲先輩に勉強見てもらうくらいなら自分で赤点回避頑張る……」

 納得しながらも体が拒絶反応を起こしている。

 美咲先輩の教え方は的確だった。勉強が苦手な俺でもわかりやすく、わからないところも丁寧に解説してくれた。

 そもそも勉強をしたくないということを除けば、不満のないはずの時間だった。

 しかし、俺が拒絶している理由はその『量』にある。テスト前の土日は喫茶店で教えてもらったのだが、文字通りと勉強した。適度な休憩があるとはいえ、勉強中は止まることなく教えられた。具体的には、土日の二日間で高校一年生から現時点までの全教科を網羅するほどに。

 美咲先輩との勉強の時間を思い出した俺の目は死んでいた。それを察してか、虎徹は「ど、ドンマイ」と憐れみの目で俺を見ていた。

「そ、そういえばさ、クリスマスどうする?」

 いつもとは逆で、勉強の話題を遮ったのは若葉だ。

「颯太から時計回りで!」

 いきなりのクリスマスの予定を振られた俺は、必死に考えた。

 珍しく勉強のことばかり考えていたため、クリスマスのことは全く頭になかった。

「えぇと……、チキンとケーキ食べるくらいしか思いつかないな」

「別にそんなに難しく考えなくてもいいよ? 中学生の頃にしていたこととかさ……」

「それがチキンとケーキ食べること。小学生まではプレゼントもらってたけど、中学生になってからは現金を渡されて親とチキンとケーキ食べるくらいで誰かと遊んだこととかないし、家族以外と過ごしたのが去年の虎徹と若葉と遊んだ時だけ」

 これが俺にとってのクリスマス。むしろ今年が充実しているだけだ。

 寂しくないと言えば嘘にはあるが、友達と遊ばないクリスマスが普通となっているため、落ち込むほどのことでもない。

 しかし、若葉は可哀想な子を見る目をし、視線を逸らした。

「かのんちゃんはどう?」

「え? 私?」

 まだ俺の話が終わっていないにも関わらず話を振られたため、花音は驚いている。

 少し考えた後、花音は答えた。

「中学生の一、二年生の時は友達と遊んだけど、普段と変わらなかったしなぁ……。去年と一昨年は一人で家にいたかな? せっかくのクリスマスだから欲しいもの買ってケーキは食べたけど」

 花音の回答は俺よりも酷いものだ。

 それもそのはず、中学三年生の夏に友達を失った花音は、ここ二年は特別に仲の良い人はいなかっただろう。当然男子からは誘われていただろうが、それは断っているとしても、女子からも誘われていないというのは不自然だ。ただ、『可愛いかのんちゃんのことだから、気になる男子や彼氏と過ごす』と思われている可能性は高かった。

「……二人連続で地雷は俺でも想像つかないぞ。ドンマイ」

 何故か落ち込む若葉を、虎徹は慰めている。地雷というほどの回答だっただろうか。

「……私は買い物行ったり、イルミネーション見たいなぁ」

 花音の順番が終わり、次は若葉の番だ。普段でもできることをしながらも、イルミネーションという特別感を持たせている。

 クリスマスとはそういうものだ。普段とあまり変わらないかもしれないが、イルミネーションを見るだけでも『クリスマスを充実した』感覚に陥る。

 しかし、虎徹はそれに反論した。

「俺は家でゆっくりとゲームでもしたい。四人で買い物とか、それぞれ見たいもの違うんだから結局は別行動か誰かしらが待ちぼうけをくらう。四人で楽しむ方がいいだろ」

 ただめんどくさくて言っているかと思ったが、意外にもしっかりと考えた上での意見だ。そう思っていたが……、

「それに、クリスマスだから人が多すぎて嫌だ」

 この一言で、『あ、めんどくさいだけのやつだ』と理解する。

 それでも人混みを避けて四人ともが楽しめることをするというのは悪くない意見だ。

 若葉も虎徹に反論する。

「ゲームっていつでもできるじゃん? 四人で遊ぶのって初めてだし、せっかくのクリスマスなんだから外に遊びに行きたい」

「それなら外に行くのだって、クリスマスじゃなくても別の日でもできるだろ? 家でゲームなら人混みも避けられるし、パーティゲームとかならクリスマスっぽいだろ」

 二人は家で遊ぶか外で遊ぶのか、口論が激しくなる。

 横から茶々を入れれば巻き込まれるのは目に見えている。こうなった二人は触らないのが一番だ。

 俺はグラスに残っているジュースを一気に飲み干す。

「かのんちゃん、ドリンクバー取りに行かない?」

 この場を抜け出すための口実だ。花音のグラスに残っているジュースも少ない。

「えぇっと……」

 直接は言わないものの、口論している二人に花音は視線を向けている。

「大丈夫大丈夫」

 付き合いは約一年半とはいえ、ほとんどの時間を共有してきた虎徹と若葉のことはだいたい理解しているつもりだ。

 花音は「じゃあ……」と言って残りのジュースを飲み干した。


「……二人っていつもあんな感じなの?」

 グラスにジュースを注ぎながら、花音は尋ねてくる。

「譲れない時はそうかな? 特に虎徹の方は」

 大体は若葉が主導となって、俺と虎徹は「はいはい」とついていくことが多い。

 ただ、口論となる時は決まって虎徹が反論した時だ。つまり今回の場合、よほど外に出たくないのだろう。

 俺もジュースを注ぎ、席に戻る。

 二人はまだ話し続けている。しかし、口論ではなく普通の会話となっていた。

「じゃあ昼過ぎまではゲームして、夕方くらいからケーキを買いに行くついでに買い物行って、イルミネーションを見てから帰って、夜はご飯とかケーキを食べながらゲームでいい?」

「そうだな。あとはプレゼント交換があってもいいかもな。ゲームは飽きないように色々試してみようか。パーティゲームも長いと一、二時間はかかるから、やるなら時間を見てしないとな」

 すでに二人は予定を詰めている。

「大丈夫だったでしょ?」

 俺がそう言うと、花音はコクリと頷いた。

 あとは二人が俺と花音に予定を話し、そのまま進めるか案があれば追加するくらいだ。

 虎徹と若葉は仲が良い。仲が良い故にお互い遠慮がなく、喧嘩をすることも少なくはない。ただ、それでもすぐに喧嘩は終わり、元通りとなる。

 そんな二人の仲が悪くなるというのは、俺には想像がつかなかった。

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